アップルを支えるM1とiPhone「数のビジネス」の強さ【西田 宗千佳】
2021年04月21日 17時00分更新
プロセッサー戦略を考えれば「iPad ProのM1移行」も必然
一方、ちょっと意外だったのはiPad Proの「M1移行」だ。
実際問題、現行のA14とM1の差は極端に大きなわけではなく、iPadのニーズであればA14のままでのいい、と思う人は多いだろう。
だがアップルとしては、ここから「使うプロセッサーの種類を減らしていく」必要がある。A14とは言っても、iPhoneに使っているものとiPad、iPad Proに使っているものではスペックが異なる。iPhoneとiPadは共通項が多いが、毎回iPad Proにはスペックアップした特別版である、型番の最後に「XかZがつくもの」を使っていた。だとすれば、もうそういう特別版プロセッサーを作るのはやめてMacと共通にし、コストメリットを追求した方がいい……。
アップルはそう考えたのではないだろうか。価格さえなんとかなるなら、スペックアップして困る人はいない。ストレージへのアクセス速度的にも搭載メモリー量的にも、Mac向けであるM1の方が有利であり、iPad Proへの採用は「M1の採用量を増やして生産性を上げる」という、アップルの原則には適合しているわけだ。
一方で尖った部分を追求したのが、12.9インチモデルでの「ミニLEDの搭載」だろう。こちらは、ディスプレイにおけるHDR性能向上という命題への対応である。「コントラスト向上だけなら有機ELでいいんじゃないの」という声が聞こえてきそうだが、13インチクラスの有機ELディスプレイ供給量は多くないし、さらに今後、ハイエンドのMacBook Proやデスクトップ版Macでの採用を考えると、単純にパネルを調達して導入するのはマイナス。自ら製造方法に手を入れて、「たくさん作るほどメリットが出る方」に舵を切った結果がミニLED採用ではないか……と予想できる。
まあ、ここはあくまで予想であり、ディスプレイパネルメーカーの動向によって大きく戦略が変わってきそうな部分ではある。一方で、アップルはその、ディスプレイメーカー自体の供給戦略を左右してしまうくらいの「量」を調達する側の企業なので、なんとも読みきれない部分があるのは事実だ。
iPhoneの数をえげつなく生かす「AirTag」
最後の「量」が、忘れ物防止タグの「AirTag」だ。同じようなものはすでに他社が出しており、「アップルがいつ参入するのか」が議論の的だった領域とも言える。
アップルが自ら行う利点は、エンド・トゥ・エンド暗号化を組み合わせ、「世の中で使われている全てのiPhoneやiPadをノードとして使える」ことにある。対応デバイスを持っている人、アプリを入れている人同士だけでなく、全世界の全てのiPhoneユーザーに協力させてしまうシステムであるところが、エグい。もともとはiPhoneなどの紛失対策システムだったわけだが、それが汎用機器に拡大していくわけだ。地道に対応を広げてきた他社としてはたまらない。だから事前に、「サードパーティーにシステム利用の門戸を開く」発表をしたのだろう。
実際にモノを試すまでは精度や機能への細かな評価は避ける。しかし、ここにきてアップルが久々に、「iPhoneの数をガッツリと生かす」製品を出してきたのは興味深い。こうした部分から攻めることで、iPhoneを使い続ける価値を訴求したいのだろう。
スマホの性能向上は、買い替えサイクルの長期化とハイエンド製品への逆風を生む。iPhoneにとってはプラスのトレンドとは言い難い。アプリは昔と違い、複数のプラットフォームで出るのが当たり前になってきた。その中で「iPhone経済圏」の強みを維持するには、アップルが自ら「数の強みを生かすプラットフォーム」をさらに作る必要があったのではないだろうか。
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