「水を推進剤とした宇宙推進機」で小型衛星が抱える環境と持続可能性の課題を解決し、宇宙開発の新世界の実現を目指す東大発スタートアップ。
技術革新により高性能化・低コスト化を達成した超小型人工衛星(1キロ〜100キログラム)の市場が拡大している。しかし、現在の小型衛星のほとんどは推進機を搭載していないため、能動的に軌道や姿勢を維持して運用寿命を長引かせたり、軌道を離脱させたりすることができない。とりわけ、後者に起因する宇宙ゴミ(デブリ)増大は深刻な問題になっている。
小型衛星に推進機を搭載すれば、こうした問題を解決できる。だが、大型衛星に現在搭載されている推進機は、体積・重量・コストの観点から小型衛星に適用することは難しいうえ、高圧ガスや有毒物を推進剤として使うため、環境への配慮や持続可能性の点でも問題がある。
そこで注目されているのが、浅川 純が代表取締役を務める東京大学発のスタートアップ企業ペールブルー(Pale Blue)が開発する、水を推進剤とした小型推進機だ。従来の高圧・有毒な推進剤から脱却し、低圧貯蔵可能、安全無毒で取扱い性と入手性の良い水を推進剤として利用することで、前述の課題を解決すると同時に、圧倒的な小型化と低コスト化を実現した。
水を用いた人工衛星向けの小型推進機は、同社以外でも研究されてきた。だが、その多くは、流路中で気液二層流を加熱して気体と液体を分離する仕組みであり、分離が十分でなく、軌道上で作動しないことがあった。加えて、水の潜熱(気化する際に要する熱量)が大きいため、電力制限の厳しい小型衛星に搭載するのは難しかった。
浅川は東京大学の大学院博士課程在籍時に「気化室」と呼ばれる気液分離空間を用いた水蒸気供給機構により、上記の問題を解決した水レジストジェット推進機を開発した。気化室は低圧・常温下で作動し、衛星内部の高発熱体の排熱を水の潜熱の一部に利用することで水蒸気を供給する。2019年には、10センチ四方にまで小型化した同推進機を搭載した実証衛星「AQT-D」を、世界で初めて、十分な軌道遷移能力のある推進機を搭載した超小型衛星として、国際宇宙ステーションからの放出を成功させた。
さらに2020年4月には研究を社会実装すべく、同大学の研究室メンバーらとペールブルーを創業。民間企業との共同実証実験や宇宙航空研究開発機構(JAXA)の宇宙実証プログラムを通じて事業と研究の両方を進めている。同社が開発する「水を推進剤とした超小型統合推進システム」は、JAXAが2022年度打ち上げ予定の「革新的衛星技術実証3号機」の実証テーマに選定されている。同推進システムは、大規模な軌道変更を得意とする水イオン推進機と、多軸方向への推進及び短時間小規模な軌道変更を得意とする水レジストジェット推進機を、1つのコンポーネントに統合したものだ。「小型衛星実用化のボトルネックとなっている小型推進機にイノベーションを起こすことで、小型衛星群によるビジネスや深宇宙探査を実現し、科学技術による人類の幸福の最大化や文明レベルの向上を目指しています」と浅川は語る。
(中條将典)