新しいシステム開発手法として急速に注目を集めているノーコード開発。マイクロソフトのPowerAppsやAWSのHoneyCodeなどグローバル大手もサービス提供を始めている。このノーコード開発の世界を先取りしてきたのが、2011年にサービススタートしているサイボウズのkintoneだ。現場でアプリを作れる画期的なサービスである一方、SIerにとっては脅威にもなりかねない。果たしてノーコードは敵か? 味方か?
コードが書ける人にとっても書けない人にとっても、ノーコードツールは味方
Cybozu Days 2020で開催されたパネルディスカッション「敵か?味方か?仁義なきノーコード談義」では、ノーコード開発をどのように活かしていくべきかという議論が交わされた。参加したのはTECH.ASCII.jp 大谷 イビサと、アールスリーインスティテュートの取締役、金春 利幸氏。TECH.ASCII.jpには「kintone三昧」というkintoneに特化したコーナーがあり、100本近いkintone関連の記事が公開されている。またアールスリーインスティテュートはkintoneをノーコードでカスタマイズする「gusuku Customine」を提供するほか、kintoneを使ったシステム開発も手がける。このふたりがローコードとの対比や他のノーコードプラットフォームとの比較を通して、ノーコードの可能性やkintoneの独自性に迫った。
オオタニ:ノーコードが急速に広まっていますが、どういった人に受け入れられているのでしょうか?
金春:利用者には2タイプいますね。コードを書けない人と、コードを書けるけど、めんどうくさいという人です。
オオタニ:ノーコードと混同されがちなものにローコードがあります。この2つの区分けはどうなっているんですか?
金春:ノーコードとローコードはまったくの別物です。よく言われる違いとして、「現場で開発できる」のがノーコード、「開発者が楽できる」のがローコードという区分けがあります。
オオタニ:サイボウズさんはほとんどアピールしていませんでしたけど、kintoneもノーコード、ローコードプラットフォームですよね。この流れにもっと乗っていった方がいいと思うのですが。実際kintoneはノーコードでも使えるし、ローコードで拡張もできます。
金春:そうですね。今のkintoneはかなりのところまでノーコードでいけますが、プラグインがなかったリリース当初はJavaScriptを書かなければカスタマイズできなかったので、正直ノーコードとは言い切れない状況でした。
オオタニ:現場や情シスから見ればノーコード、SIerから見たらローコード。そういった状況も含めて、kintoneの立場ってユニークですよね。他にローコードのサービスとしてはマイクロソフトのPowerAppsやセールスフォース・ドットコムのLightning Platformなどがありますが、金春さんが使ってみたことがあるものは?
金春:Amazon HoneyCodeは使ってみましたが、ベータなのでまだ荒削りだなとは思いました。Airtableも使ってみましたが、表をベースにしたよくできたサービスだと感じました。データを管理するという意味では、表をベースにするのはありですね。
オオタニ:kintoneはUIからアプリを作っていきますけど、海外では表をベースにするものが多い印象があります。
金春:Airtableもテーブルから作りますし、海外製品はデータ構造ありきでアプリを作るものが多いです。kintoneはいきなりUIを作っていくので、かなりユニークな存在だと思います。
オオタニ:でもそのユニークさが、とっつきやすい雰囲気をつくっているところはありますよね。こういうフォームを作りたい、っていう要望を実現しやすい気がします。
金春:確かに、現場の人にはわかりやすいですよね。
オオタニ:業界マップを見てみると、大手ベンダーがローコードに参入してきていることがわかりますね。
金春:クルマも、専門の運転手から誰でも乗れるものに変わってきました。ITやシステムもその道をたどって、玄人向けのものから民主化していくのではないかと思います。
オオタニ:民主化というのは、よく言われることですね。
業務を一番わかっている現場のアプリ開発を情シスがハンドリングすべき
大谷:ちょっと視点を変えて、IaaS、SaaS、PaaSという階層で分けてみると、PaaSの部分が広がって開発ツールやアプリケーションになっているのではないかと感じています。それを踏まえて、ノーコードやローコードは一体誰にとってうれしいものなのでしょうか?
金春:うれしくないのは、コードを書くのが好きでしかたない人と、コードを書くことが仕事という人だけですね。コードを書けない人はシステムを作れるようになってうれしいし、コードを書ける人も書かなくて済めばそれに越したことはないと思うはず。ポチポチとクリックすればアプリができあがって、動くとうれしいですよ。
オオタニ:私もやってみましたが、クリックしたりドラッグ&ドロップしたりするだけでも、アプリができると達成感あるんですよね。コードを書かなくてもアプリを作れた、目的を達成できたってなるので、みんなうれしいと思います。そう考えると、「敵か?味方か?」って言っている時点でお題が間違っていたかもしれません。積極的にこうしたノーコードを取り入れていくべき理由ってあるのでしょうか?
金春:ノーコードでできるなら、ノーコードでやった方が引き継ぎなどが楽になります。コードは人に伝わりにくいんですよ。他人のコードを読むのは難しいって経験は、開発者なら誰でもあると思います。
オオタニ:ノーコードの信頼性という点はどうなのでしょうか。ツールが自分の代わりにコードを作ってくれるわけですが、何を理由にそのコードを信頼できると判断すればいいのでしょうか。
金春:たとえばアールスリーのgusuku Customineは数百社の環境で、何千人、何万人が利用しています。そういう環境で揉まれているので、一社だけで動けばいいコードとは求められる精度が違います。そういう意味では、ノーコードで作られるアプリは従来のシステムより信用できるとも言えるのではないでしょうか。
オオタニ:なるほど。品質については問題ないと。では社内のITを統制する立場である情シスから見て、現場がkintoneでどんどんアプリを作ることをどう考えるべきでしょうか?
金春:業務を一番わかっているのは現場の方なので、現場の人がアプリを作れればそれが一番いいと思います。しかしおっしゃる通り統制は必要だし、ノーコードといっても勉強は必要です。情シスがうまくハンドリングしてあげながら、現場で開発してもらうのがいいのではないでしょうか。
オオタニ:どちらがやるのかということではなく、うまく役割分担すべきということですね。
クラウド×ノーコードの力を使えば、Sierは新たな価値を提供できる
オオタニ:ところでSIerはこれまでカスタマイズなどコードを書くことを仕事にしていたので、ノーコードは強敵に感じるのではないかと思うのですが。
金春:確かにgusuku Customineをリリースした直後に、エンジニアさんたちから「僕らの仕事がなくなる」と言われたことはありますね。従来のSIerは工数ビジネスだったので、かかった時間と人手で報酬が決まっていました。しかし、長く時間をかけるより早く提供した方が価値は高いはずなんです。ノーコードの普及により、システム構築で提供できる真の価値を考え直す時期にきていると思います。
オオタニ:コードを書くのが目的ではなく、システム構築でクライアントに価値を提供することが目的ですからね。コードを書かずに済んで短期間で価値を提供できれば、それでいいと。
金春:とはいえ、工数ビジネスは根強く残っていて、「1ヵ月かけて作っていたものが3日でできたら3日分しかお金をもらえないじゃないか」という話はあります。これは思考を切り替えて、「1ヵ月で100万円もらっていたものを、3日で作って50万円もらう」ようにすればいいのです。単価は確かに下がりますが、1ヵ月かかっていたものが3日で実現できればクライアントはうれしいし、3日で50万円の案件を何件もやれば、1ヵ月の売上も増えてSIerもメリットがあります。
オオタニ:早く提供することに価値を見出していくべきであって、そのためのツールはノーコードでもローコードでもなんでもいいでしょう、ということですか?
金春:そう考えています。
オオタニ:開発を支えるツールとしては、昔から高速開発ツールやRADツールなどがありましたが、いまノーコード、ローコードがもてはやされているのはなぜなのでしょうか。
金春:クラウドの存在が大きいですね。RADツールはコードを生成してくれますが、生成されたコードを動かす環境は自分で作る必要がありました。サーバーにOSやミドルウェアをインストールして、環境構築しなければならなかった。しかし今はプラットフォームがクラウドに移行したので、ノーコード、ローコードで作ったらそのまますぐに動きます。
オオタニ:アプリケーションがノーコードになっただけではなく、インフラとセットでクラウドサービスとして提供されている意義が大きいのですね。海外でもノーコード、ローコードは流行っているのでしょうか。
金春:それが、アメリカの中小企業では全然そんな波は来ていないみたいです。日本の中小企業の方が勤勉で、現場の人がよく勉強しているようですね。
オオタニ:元々Excelマクロとかで現場業務を改善してきた人には、kintoneを含むノーコード、ローコード開発は相性がいいのかもしれませんね。
金春:そうです。ですから、日本の中小企業でkintoneアプリを作ったりしている人たちは、世界最先端にいるということです。日本ではとかく「アメリカの企業のITはすごい」という風潮がありますが、中小企業においてはそうでもありません。みなさんが最先端です。