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今さら聞けない基礎の基礎からシニアエヴァンジェリストが解説

クラウドのメリット、AWSを選ぶ理由を改めて学び直そう

2020年12月08日 07時00分更新

文● 重森大 編集●大谷イビサ

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 2020年11月7日に開催されたクラウドお遍路2020のピックアップセッションレポート、1本目はAWSジャパンのシニアエヴァンジェリストである亀田 治伸さんの「AWSの基礎を改めて学ぶ」をお届けする。JAWS-UG on ASCIIの読者には今さらな話題かもしれないが、初心者には役立つヒントがあるだろう。できるだけ平易な説明に務めるので、これからクラウドを取り入れたいという人に出会ったらこの記事を紹介してもらいたい。

AWSジャパン シニアエヴァンジェリスト 亀田 治伸さん

クラウドを使うべき理由と、移行時に気をつけるポイント

 「クラウド」という言葉がバズワードでも特殊な用語でもなくなって、もうどれくらい経っただろうか。言葉としては浸透したが、まだ「自分には関係ないもの」と思っている人や企業は少なくないはずだ。実際に、クラウドへ移行するという話はいまだによく聞く。今でも、自前でシステムを抱え込んでいる企業が多いということだ。

 そもそも、なぜクラウドに移行すべきなのか。亀田さんはそこから語り始めた。従来のITは自社で購入し、固定資産償却するものだった。それをサービスとして、必要なときに必要な分だけ使えるようにしたのが、クラウドだ。固定資産型からサービス型へと移行することで、コスト削減の効果も見込める。しかし、コスト削減だけを目的にしたクラウド移行は危ういと亀田さんは指摘する。

「経営者がコスト削減効果を期待するのは、間違いではありません。しかし、現場のエンジニアに『コスト削減のためにクラウドを使え』と言うのは、良策ではありません。エンジニアや所属部署はコストとして削減される立場になるため、クラウド移行へのモチベーションが高まらないのです」(亀田さん)

 コスト削減自体を目的にするのではなく、既存システムのコストを削減することで何ができるようになるのかビジョンを描くことが必要だ。そのビジョンをエンジニアと共有することで、より積極的にクラウドを活用できる体制になるという。

 次にクラウドと並んで昨今よく耳にする、DX(デジタルトランスフォーメーション)というワードを亀田さんは取り上げた。何をどのようにトランスフォーメーションするのがDXなのか、それを説明するためにNCSA MosaicやNetscape Navigatorを作ったマーク・アンドリーセンの「Software is eating the world.」という言葉が引用された。

「ビジネス価値のほとんどをハードウェアに依存する領域においてさえ、これから必ずソフトウェアが大事になるというメッセージです。ありとあらゆるビジネスが物理的な制約から解き放たれ、ソフトウェアの力を駆使することで、ユーザーエンゲージメントをより高めます。つまり、ソフトウェア開発体制や、ソフトウェアエンジニアにいかに適切な権限を与えていくかが、これからのビジネスでは大切になります」(亀田さん)

 ハードウェアに依存するビジネスとソフトウェア中心のビジネスをわかりやすく比較するため、亀田さんは家や自動車を例に挙げた。どちらも、買った瞬間が体験のピークであり、あとは使い慣れて当たり前のものになり、やがて古びていく。しかしソフトウェア中心の製品は違う。ソフトウェアのアップデートにより機能が向上し、ユーザー体験を高めることができる。このような体験は、従来型のビジネスでは提供できなかったものだ。

ハードウェアによる差別化から、ソフトウェアによるユーザー体験の差別化へ

 ハードウェアに依存する従来型のビジネスから、ソフトウェアで価値を提供していくビジネスへ移行すべきというのは、なんとなくわかる。しかし、ソフトウェアの力を駆使してユーザーエンゲージメントを高めるとは、具体的にどういうことなのだろうか。亀田さんは事例をふたつ挙げた。ひとつは、Uberの台頭だ。日本では道路運送法に触れるので展開が遅れているが、欧米ではいまはタクシーよりUberを使うのが当たり前になっていると聞く。Uberのビジネスがそこまで拡大したのは、Uberが資産を持っておらず、手持ちのリソースをすべてアプリケーション開発に注いでいるためだ。

「Uberはデジタルを駆使していますが、IT資産をほとんど持っていません。AWSをフル活用し、エンジニアの能力をアプリケーションレイヤーに集中させています。ライドシェアを提供する側からも、利用する側からも使いやすいアプリケーションが評価されて急拡大しました。あまりにも急速に既存市場の勢力図を塗り替えたため、Uberization(ウーバライゼーション)という経済用語も生まれました」(亀田さん)

 日本ではライドシェアサービスを提供していないUberだが、主要都市ではUber Eatsのサービスが始まっている。日本には「出前館」という有名なデリバリーサイトがあるが、Uber Eatsに乗り換える飲食店が増えているという。ライドシェア同様、飲食店が使うアプリケーションのできがいいことが理由のひとつに挙げられる。Uberはまさに、ソフトウェアの力を駆使してユーザーエンゲージメントを高めている好例と言える。

 亀田さんはここで、もうひとつの事例を示すため、自分のスマートフォンを使ってあるデモンストレーションを行なった。LINEをインターフェイスとして、AWSの翻訳機能を呼び出すことで、入力した文章を自動的に翻訳するというものだ。ニュースサイトからコピーした英文を入力すると、LINEの返信として日本語に翻訳された文章が表示された。

「この機能を全て自前で用意しようと思ったら、機械学習の手法を学んだうえで、サーバー機器を購入して学習環境を構築し、学習用データを収集して翻訳ができるようになるまで学習させ、そのシステムの運用もしなければなりません。でも、LINEとAWSを使えば、使いやすいユーザーインターフェイスの作り込みに集中できます。アプリケーションとして使いやすければ、裏側で動いている仕組みが自前のシステムかAWSの機能かなんて、ユーザーは気にしません」(亀田さん)

AWS部分を自分たちで作ると膨大な手間と時間がかかりビジネスのタイミングを逃すことになる

 ビジネスで強みを生み出すためには、いかに既存のデジタル技術を組みあわせ使いこなすかが重要になっているというのが、亀田さんの意見だ。他サービスと差別化するために、ユーザー体験を最大化すること。つまり、ユーザーが触れるアプリケーション部分を作り込むことが大切なのだ。

 こうした変化に伴い、IT開発のモデルも変わってきている。クラウドが様々なものをサービスとして抽象化した結果、エンジニアはミドルウェアやアプリケーションという、高いレイヤーにフォーカスできるようになった。

経済産業省発表の資料によれば、2019年をピークにIT人材は減少するとされている

 クラウドを活用すべき理由の中には、日本固有の理由も存在すると、亀田さんは話題を切り替えた。経済産業省が示した「IT人材の最新動向と将来推計に関する調査結果」によると、2019年をピークに日本のIT人材は減少していくとみられている。特にIoT、AI、ビッグデータといった先端領域については、G7の中でもっとも深刻な人材不足に陥るという。少ないエンジニアリソースを活用してビジネスを生み出していくためにも、既存のものを活用する姿勢が求められる。

今すぐ利用しない人も、触れてみてイメージをつかんでおくべき

 セッションの最後に、ここまで語られたクラウドの特徴をおさらいした。まず、数クリックで必要なインフラが手に入るため、ビジネスに俊敏性をもたらすということ。これは、所有しないことでもたらされる恩恵だ。また、必要な機器を自前ですべて揃える必要がないので、コスト削減につながる。

「ここで勘違いしないでほしいのですが、たとえば仮想サーバーを数年間動かすコストを計算して、サーバー機器の価格と単純比較してはいけません。そこには電気代、保守費用、DDoS対策コストなどが含まれています。クラウドなら代替機も不要になるので、自前でサーバーを持っていると積み重なってくる隠れコストも削減できます」(亀田さん)

仮想サーバの価格とサーバ機器の価格を単純比較してはならない

 低コストで利用できることに加え、AWSでは自動的に値下げする仕組みも存在する。一物一価の前提があり値引き交渉などは一切受け付けない代わりに、使っているうちに勝手にコストダウンされるのだ。建前だけではない証拠に、AWSはこれまでに75回の値下げを実施してきた。

 また、耐障害性も高い。たとえばAWSの場合、単一リージョン内に複数のアベイラビリティゾーン(AZ)が設けられている。障害をゼロにすることはできないが、異なるアベイラビリティゾーンで冗長構成を取ることで、システムダウンを避けることができる。またこれらの機能がサービスに組み込まれているので、ITシステムのお守りに使っていたリソースを優先度の高い業務に充てることができるようになる。よりビジネスに直結する部分に効率的にリソースを投入できるようになることは、IT人材が減っていくこれからの社会を生き残るために有利と言えるだろう。

クラウドを使うことでこれから貴重になるIT人材を効率よく活用できる

「これらのことを記事で読んで知っているだけではなく、実際に触ってみることが重要です。1回でも使ってみた経験があれば、クラウドを利用するイメージを持つことができます。知識として知っているだけの状態とは雲泥の差なので、ぜひ一度触ってみてください」(亀田さん)
 

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