●「自分たちの製品が規制を変える」
創業者は芝浦工大出身の佐藤国亮さん。2015年にインタビューを申し込んでいましたが、5年ごしでようやく話を聞けました。
なぜこんなにも開発に時間がかかったのかたずねると、開発当初はコンセプトが違っていたからだと話していました。当初は空港などで敷地移動に使うため、いわゆる「アシストカー」方向に開発していましたが、開発を進めるうち「性能的には外でもイケるね」ということに。それならばとスピードを出す「スポーツカー」方向にシフトチェンジ。そこから設計を見直し、現在のWALKCARを開発することになったということ。おかげで操舵性には相当な自信があり、もし競合が出てきたとしても「レースをしたら勝てると思います」(佐藤さん)。
もともと佐藤さんがWALKCARを作ろうと思ったのは、東京などの都市を動きやすい移動手段を作りたいと思ったから。都市部では電車やバスなどの公共交通インフラが移動の基本手段となり、住宅なども駅やバス停からの距離で価値が決まってしまいます。しかしバッグに入るサイズの「クルマ」を1人1台持てるようになれば、都市の世界は激変します。バイクや自転車に比べても、リュックに入れてそのまま電車に乗れてしまうという自由さはまさに圧倒的。WALKCARを第2の足にすることで「『徒歩10分』のエリアを拡大したいんですよ」(佐藤さん)ということでした。私自身、似たようなことを考えて自転車を足にしていたので気持ちはとてもよくわかります。
ただし現在、WALKCARで公道を走行することは原則的にできません。日本交通管理技術協会によれば、歩行補助車として扱えるのは最高時速6km以内に限られます。WALKCARなら「歩行アシストモード」限定です。したがっていまWALKCARを買ったとしても、国内で乗車できるのは原則的に、私有地や駐車場、あるいはサーキットや許可を得た公園などに限られることになります。
一方で、WALKCARと同様のモビリティとして電動キックボードがあります。電動キックボードは原動機付自転車扱いとなり、条件を満たせば法定時速30km以内で公道を走行できます。都内では電動キックボードのシェアサービスが始まり、自転車専用通行帯で電動キックボードを走行できるようにする実証実験が10月に始まるなど、普及のための整備もいま着々と進んでいます。公道で乗車する場合はナンバーを取得し、サイドミラーや前照灯、方向指示器などの保安部品をつけるなど諸々の条件がありますが、それでも公道を走行できるようになるというわけです。
しかし佐藤さんは、規制の枠にあわせて製品の形を変えたり、性能を落としたり、規制を変えるためのロビー活動をするつもりは一切ないようです。目指すのは、まだ公道で使えなくも圧倒的にいい製品を作ることで「自分たちの製品が規制を変える」(佐藤さん)こと。たとえば法規制が違う海外ではじめに普及させるとか、あるいは国内でもユーザーの声が集まって自然と規制を変えるようにうながされるといったように、あくまで市場を中心にして世界を変えようと考えているようでした。
これまでの市場を破壊するようなプロダクトを作り、新たな市場を作ってしまい、後づけで規制を変えようという意味で、すさまじくスタートアップらしい発想です。久々にこういうラディカルなカリフォルニア的思考に触れたなという感覚でした。ここ数年、日本のスタートアップはどこか上品というか、当局に話を通して、規制緩和のシナリオに沿って製品やサービスを作る、極めて普通の実業家というイメージがあったので、まだこういう人が日本にもいたのかと驚きました。
もしかしたら5年がけでWALKCARを開発してきたことで、国内のスタートアップが盛り上がっていた数年前とラグが生まれたのかもしれないですね。