幅広い産官学の協力体制を敷き、量子テクノロジー研究と社会導入研究、ビジネス創出に取り組む
東京大学が「量子イノベーションイニシアティブ協議会」設立
2020年08月03日 07時00分更新
東京大学は2020年7月30日、産官学協力のもとで国内における量子コンピューティングの技術研究と社会導入研究に取り組む「量子イノベーションイニシアティブ協議会(QII協議会)」を設立したと発表した。設立時点では慶應義塾大学、東芝、日立製作所、みずほフィナンシャルグループ、三菱UFJフィナンシャル・グループ、JSR、DIC、トヨタ自動車、三菱ケミカル、日本IBMが参加。会長にはみずほフィナンシャルグループの佐藤康博取締役会長が、またプロジェクトリーダーには東京大学の相原博昭副学長が就任する。事務局は東京大学に置く。
QII協議会では、2021年に東大の本郷キャンパスに設置される予定のIBMの量子コンピュータ「IBM Q System One」や、米国に設置されている量子コンピュータを利用。量子コンピューティングを実現する科学技術イノベーションを、日本国内において独自の形で集結させ、量子コンピューティングのためのエコシステムを構築するとともに、戦略的に重要な研究開発活動を強化し、産官学の協力のもとに、日本全体のレベルアップを加速し、広く産業に貢献することを目的とする。
具体的な活動内容としては、「量子計算ソフトウェア/アプリケーションに関する情報交換」「量子コンピュータの飛躍的性能向上を図るための量子ハードウェアに関する情報交換」「次世代量子コンピュータの開発に結びつく基礎科学技術に関する情報交換」を挙げており、会員相互の連携と協力を促進することで、量子コンピューティング技術の研究成果を広く浸透させるとともに、広く産業に貢献するとしている。
東京大学とIBMでは、2019年12月に「Japan-IBM Quantum Partnership」を設立すると発表。「産業界と共に進める量子アプリケーションの開発」「量子コンピュータシステム技術の開発」「量子科学の推進と教育」の33の観点から活動を行い、他大学や公的研究機関、産業界が幅広く参加できるパートナーシップとして展開してきた経緯がある。今回のQII協議会は、この取り組みの延長線上で発足したものといえる。
なお、QII協議会への参加は、東京大学および慶應義塾大学と、共同研究契約を結ぶ必要がある。同協議会では参加メンバーを広く募集しており、「量子技術に関するすべての要素、システムの開発、次世代人材育成に関心が大学、研究機関、企業の参加を募りたい」としている。
「日本がデジタル社会に転換するうえで、量子技術で遅れを取ることは許されない」
東京大学 総長の五神真氏は、「Society 5.0」を実現する鍵は「リアルタイムに、リアルなデータを効果的に活用すること」であり、「量子技術、そして、量子技術に裏打ちされた量子コンピュータは、そのために不可欠な技術である」と述べる。QII協議会は、その社会実装を日本が世界に先駆け先導するための、産学官の連携を図る取り組みだという。
「QII協議会は、産業界とアカデミアから相互の知恵を出し合い、情報共有を密に進めるなかで、量子技術の研究だけに留まらず、それを社会に導入するための研究を進め、両者を連動させて、加速し、量子コンピュータを含む量子技術をSociety5.0にしっかり実装していくことを、世界に先駆けて進めていくことになる」(五神氏)
さらに五神氏は、協議会の活動を進めるためには多様なセクターとの連携を深めることが必要であり、「東京大学は関連企業や研究機関、大学との共同研究の受け皿としての役割を果たしたい」と述べた。
次世代の人材育成にも取り組むという。東京大学では、若手研究者が共同研究に参加して、量子教育プログラムを充実させることにより人材育成を進め、日本全体のレベルアップと実現の加速化を図る計画。2020年度には、東京大学の未来社会協創推進本部学知創出分科会に「量子イニシアティブ」を設置しており、量子関連研究領域に関するプロジェクトの可視化に向けて、7月10日には量子イニシアティブのWebサイトを開設した。
QII協議会の会長に就任する、みずほフィナンシャルグループ 取締役会長の佐藤康博氏は、「DXの進展は各国共通の大きな課題だが、日本はその社会実装に大きく出遅れている」と述べ、量子技術はデジタル社会構築に必須となる技術のひとつであり、「日本がデジタル社会に転換するうえで、量子技術で遅れを取ることは許されないという認識を持っている」と強調したうえで、同協議会を通じて、量子技術分野で「キャッチアップし、凌駕していくことに期待している」と語った。
みずほフィナンシャルグループでは、2018年から量子技術の研究に取り組んでいるという。たとえば金融業界においては、量子アルゴリズムを使った新たなトレーディング業務やポートフォリオの最適化、リスクマネジメント分野での応用といった適用領域が考えられる。佐藤氏は「量子技術の開発や実装が、あらゆる産業の構造基盤を大きく変えていくことになるだろう」としたうえで、産官学の協力によって量子技術の研究加速と社会実装を「世界に先駆けて実現したい」と期待を語る。
米国ニューヨークからオンライン参加したIBM Research ディレクターのダリオ・ギル氏は、たとえば感染症ワクチン開発や気候変動対策といった量子コンピューティングの社会実装を進めるためには「量子技術に関するパートナーシップが重要である」と説明。今回のQII協議会を通じて産官学が結集し、量子コンピューティングのポテンシャルを引き出す取り組みを進めることへの期待を述べた。また、米国外では2つめ、アジアでは初めての設置となる東京大学のIBM Q System Oneを活用して、実用的な量子コンピューティングアプリケーションの開発加速と、人材育成への貢献を果たしたいと語った。
2018年にアジア初となる「IBM Qネットワークハブ」を開設した慶應義塾大学の教授、伊藤公平氏は、これまではニューヨークに設置されたIBMの量子コンピュータにクラウドでアクセスしながらアルゴリズム、ソフトウェアを開発してきたが、今後、日本に量子コンピュータが設置されることで計算資源が大幅に増え、海外に出せないデータも扱えるようになると語る。「QII協議会の発足は、東京大学と慶應義塾大学の一致団結の象徴。日本の量子コンピュータの産業応用を推し進める拠点ができる、大きなマイルストーンになる」と述べた。
日本IBMの山口明夫社長は、日本の企業や大学の卓越した技術とチームワークによって、IBM社内では慶應義塾大学のIBM Qネットワークハブが「世界で最も優秀であるという評価を得ている」と紹介。今後、量子コンピュータの実機を東京大学に設置することで、「日本で量子コンピュータを使いこなし、社会に役に立つ研究開発を実施したいという思いを持ってきたが、その夢がかなった」と述べ、社会課題の解決に向けて日本の企業や大学とともに歩みたいと抱負を語った。
プロジェクトリーダーを務める東京大学 副学長の相原博昭氏は、「量子コンピュータにはいくかの方式があるが、IBMは、ート型コンピュータとして最新鋭のものを提供している。まずはIBMとともに研究を進め、産業界への応用を進めたい。産学が一緒になって開発を行い、世界に先駆けてこれを応用することができる。産学連携で、このような体制ができたのは初めてのことである。科学と産業界が近くなって開発や実装が加速する。産業界のニーズと学術のニーズをシェアしながら、我々も産業界や社会に飛び出して、そのポテンシャルを社会に生かしたい。10年先には、目的を実現したい」と述べた。
さらに、参加企業を代表して会見に出席したJSR 会長の小柴満信氏は、「量子コンピュータはいままでできなかったことができ、サイエンスとエンジニアリングの間を縮めることができる。産学連携、国を超えたパートナーの連携が実現され、社会実装されることが、新たな付加価値を生むことに期待したい」とコメントした。
そのほか、記者会見ではビデオメッセージとして、協議会参加各社(DIC、東芝、日立製作所、三菱ケミカル、三菱UFJフィナンシャル・グループ)トップのコメントも紹介された。また、同じくビデオメッセージを寄せた文部科学大臣の萩生田光一氏は、政府として2020年1月に、量子技術に関する初の国家戦略として「量子技術イノベーション戦略」をとりまとめたことを紹介。「量子技術イノベーションを実現するには、産業界の積極的な参画、投資が重要であり、東大やIBM、国内有力企業の参画を得て、QII協議会が発足したことを心強く思う」とコメントしている。