JPNE辻中伸生氏に聞く、IPv6インターネットの変化に対応するネットワークサービスの未来像

IPv6/v4接続サービス「v6プラス」はどう生まれ、どう進化していくのか

文●大塚昭彦/TECH.ASCII.jp 写真● 曽根田元

  • この記事をはてなブックマークに追加
  • 本文印刷

 2010年に発足した日本ネットワークイネイブラー(JPNE)は、国内のインターネットサービスプロバイダー(ISP)向けにIPv4/v6のインターネット接続サービス「v6プラス」を提供する通信事業者(VNE:仮想ネットワーク提供者)である。

 「動画配信サービス、オンラインゲーム、IoTデバイスなどが一般にも普及し始めたことで、IPv6インターネットの利用状況にはふたたび大きな変化が訪れています」。JPNEで経営企画部長を務める辻中伸生氏はこうコメントしたうえで、その状況変化に対応してサービスをさらに進化させていくと語る。

 今回は、IPv6インターネットを取り巻く現在の状況、v6プラスサービスが生まれた背景、さらにJPNEが考えるIPv6インターネット接続サービスの将来像などを聞いた。

日本ネットワークイネイブラー(JPNE) 取締役 経営企画部長の辻中伸生氏

30~40%はIPv6アクセス、IPv6インターネットの現状

 v6プラスは、NTT東日本/西日本の次世代ネットワーク(NGN、いわゆる「フレッツ網」)を利用してインターネット接続サービスを提供するISP向けのサービスだ。つまり、JPNEにとって直接の顧客はISPである。

 ISP各社は、JPNEから卸売を受けたv6プラスを、一般家庭や企業などのエンドユーザー向けに再販するかたちで、IPv4とIPv6が併存する現在のインターネットへのシームレスな接続サービスを提供している(v6プラスの名称をそのまま使っているケースもあれば、ISPの独自ブランドで提供しているケースもある)。

JPNEのIPv6/IPv4インターネット接続サービス「v6プラス」の概要。IPv6トラフィックはそのまま、IPv4トラフィックはトンネルを通じて(IPv4 over IPv6)やり取りされる

 ISPそしてエンドユーザーがv6プラスサービスを必要とする理由は、上述したとおり、現在のインターネットが「IPv4とIPv6が併存する」環境だからだ。

 IPv4のグローバルアドレスは2011年に中央在庫がなくなり、数少ない各地域保有在庫からしか、新規割り振りができなくなった(いわゆる「IPv4アドレス枯渇問題」)。この問題の根本的な解決策として、以前からIPv4よりもはるかに巨大なアドレス空間(膨大な数のアドレス)を持つIPv6への移行が進められてきた。

 ただし、現在動いているIPv4インターネットをいきなり止めて、IPv6インターネットに全面移行するようなことは現実には不可能だ。IPv4とIPv6のインターネットを並行運用する期間が必要であり、それが現在の状況である。

 IPv6への移行は、現状でどの程度進んでいるのだろうか。辻中氏はまず、Googleが提供するIPv6利用状況のサイトを紹介した。このサイトでは、IPv6を使ってGoogleにアクセスしているユーザーの割合を継続的に測定、公開している。

 「2020年3月時点で、グローバル全体では25~30%がIPv6を使っていることがわかります。国別に見るとドイツ(49%)、米国(40%)、インド(39%)、ブラジル(33%)などでIPv6の利用率が高いです。日本も33%と、比較的IPv6が普及している部類に入りますね」

Googleの統計サイトによると、グローバルのIPv6利用率は現在25~30%ほどだ(画像出典:Google)

 続いて辻中氏は、各国WebサイトのIPv6対応状況を調査するサイトを示した。たとえば米国を見ると、トップ10サイトのうち8サイトがIPv6アクセスに対応している。一方で日本では、トップ10サイトのうちIPv6対応しているのは2サイトだけだ。

 こうした状況について辻中氏は、「日本はもともとIPv4アドレスが比較的潤沢に割り当てられていたという経緯もあり、日本国内をターゲットとするサービス(Webサイト)であれば、現状ではまだIPv4でアクセスできれば困らないとも言えます」と説明する。しかし、グローバルに見るとその状況は異なる。

 「たとえばインドやブラジルのような新興国では、もともと割り当てられたIPv4アドレスが少ないところにインターネットユーザーが増加しており、『IPv6でしかアクセスできない』ユーザーが出てくると思われます。そして、GoogleやYouTube、Facebook、Wikipediaといった米国の上位サイトはグローバルに使われるサービスですから、IPv6アクセスにも対応しなければならないわけです」

 もちろん、日本国内でもIPv6トラフィックは増加し続けている。特に近年では、携帯通信キャリアがスマートフォンにIPv6アドレスの割り当てを開始し、IPv6の利用率が一気に高まった。今後、IoTデバイスなどのインターネット接続するデバイスがさらに増えることで、利用率は確実に高まるだろう。

ISPにとってのv6プラスのメリットは「低コスト」「速い」「簡単」

 こうしたIPv4/v6インターネットの併存状況において、どちらのアドレスでもアクセスできるようにするのがv6プラスである。辻中氏は、そもそもv6プラスというサービス名は「IPv6アクセスに、IPv4アクセスもプラスして提供する」という意味だと説明する。

 ISPにとってのv6プラスのメリットを、辻中氏は「低コスト」「速い」「簡単」の3つだとまとめた。

 まず「低コスト」は、ISP側のインフラ投資なしでIPv6インターネット接続サービスを提供できることを指している。v6プラスのネットワークインフラは、VNEであるJPNEが全国規模で構築/運用しているものを共同利用するかたちだ。スマートフォン普及などを背景にエンドユーザーのトラフィックは増大傾向にあるが、それに伴うネットワークの増速(帯域幅の拡張)もJPNEが計画的に実施しているので、ISP側で大きな追加投資が生じることもない。

 さらに前述したとおり、ISPはまだIPv4インターネットへのアクセス手段も提供する必要がある。通常ならば「IPv4とIPv6のインフラに二重投資が発生してしまう」(辻中氏)ところだが、v6プラスでは、IPv4トラフィックをIPv6ネットワーク上でやり取りする技術(MAP-E、IPv4 over IPv6トンネル)を利用して、同じネットワークでIPv4アクセスも可能にしている。これもISPにとっては「低コスト」の理由である。

 次は「速い」だ。現在のv6プラスはIPv6とIPv4の両方で、上り/下り最大1Gbpsのインターネット接続サービスを提供している。NTTフレッツ網とJPNEとの接続インタフェースは100Gbpsであり、ボトルネックもないため(詳しくは次項で説明)、エンドユーザーは常に快適なインターネットを利用できる。

 最後の「簡単」は、エンドユーザー側で複雑な接続設定をする必要がないことを指している。v6プラスでは、旧来のPPPoEではなく「IPoE(IP over Ethernet)」という接続方式を採用しており(詳しくは次項で説明)、エンドユーザーがブロードバンドルーターにID/パスワードなどを設定する必要がなく、単純に「(機器を)つなげばつながる仕組み」(辻中氏)だ。当然、ISPにとってもユーザーサポートの省力化につながる。

 「つまりv6プラスを採用することで、ISP自ら設備投資をすることなく、常に快適なインターネット接続サービスをエンドユーザーに提供できるわけです。ユーザーからサポート窓口への問い合わせやクレームも減るでしょう。そうした点が、ISPのお客様から高くご評価いただいています」

効率の良い「IPoE方式」採用、高速通信にもゆとりある対応

 さてここで、前述した「PPPoE方式」と「IPoE方式」の違いについて説明しておきたい。v6プラスが採用しているのはIPoE方式であり、IPv6ネットワークを前提としていることから「(IPv6)ネイティブ方式」とも呼ばれる。

 PPPoE方式は、NTT東西のフレッツ網経由でISPネットワーク(=インターネット)に接続/認証するために「フレッツ・ADSL」時代から用いられてきた方式だ。フレッツ網を介して、エンドユーザー側の“出口”に設置されたブロードバンドルーター(CPE:宅内装置)とISP側の“入口”にあるネットワーク終端装置の間でセッションを張り、そこにトラフィックが流れる。もともとIPv4アクセス向けに構築され、そののちにIPv6アクセスもできるよう機能追加されたため、IPv6アクセスも利用したい場合はエンドユーザー側に追加の装置(IPv6トンネルアダプタ)が、またISP側にもIPv4用とは別途、IPv6用のネットワーク終端装置が必要となる。

 一方、フレッツ網を使ったIPoE方式は「フレッツ 光ネクスト」時代に登場した。もともとIPv6ネットワークであるフレッツ網を用いてIPv6でルーティングを行い、エンドユーザー側のブロードバンドルーターとVNE(=インターネット)のルーター間でトラフィックが流れる。PPPoE方式のようなネットワーク終端装置は必要なく、エンドユーザー側のID/パスワード設定も必要ない。またIPv6専用のアダプタも不要だ。つまりIPoE方式は、PPPoE方式よりもネットワーク全体がシンプルに構成できる。

 さらに辻中氏は、フレッツ網とISP/VNEネットワークとの接続にも違いがあると説明する。「簡単にたとえるならば、PPPoE方式は鉄道の“在来線”、IPoE方式は“新幹線”というイメージです」(辻中氏)。

 “在来線”のPPPoEでは、かつての法的な制約を背景として、フレッツ網とISPとの相互接続点(POI、ネットワーク終端装置が設置される場所)が各都道府県単位で設けられる設計となっている。接続点は多いものの、接続帯域幅(インタフェース)は100Mbpsまたは1Gbps単位と狭い。つまり“駅が多く、スピードは遅い”イメージだ。

 一方で“新幹線”のIPoEは、そうした法的制約がなくなった後に設計されたため、最初から全国規模のフレッツ網(NGN:次世代ネットワーク)を前提としている。相互接続点こそ少ない(東日本/西日本単位または地域ブロック単位)ものの、接続帯域幅は10Gbpsまたは100Gbps単位と広帯域である。新幹線のたとえで言えば“駅は少ないが車両数は多く、またスピードも速い”わけだ。

 総務省の統計資料によると、個々人へのスマートフォンの普及拡大などを背景として、ブロードバンドサービスを通じた1人あたりのインターネットトラフィック量は2013年ごろから急増を続けている。こうした状況下では、IPoE方式のメリットがより大きくなると辻中氏は説明する。

 「エンドユーザーの利用するトラフィック量の増加に合わせて、フレッツ網との接続帯域幅の拡張も求められますが、PPPoE方式の場合はISPが個別にNTT東西と折衝する必要があります。一方でIPoE方式の場合は、われわれのようなVNEがそうした作業を計画的に行いますから、トラフィック量が増加しても対応は難しくありません」

 そのため現在では、IPv6インターネット接続サービスの提供においてIPoE方式を採用するISPが多い。フレッツ網経由のIPv6接続サービス利用者数(2019年12月時点の集計)は、国内総計でPPPoE方式が約320万、JPNEのv6プラスを含むIPoE方式が約1200万となっている。

 なおJPNEでは、2020年4月からNTT東西が提供開始した最大10Gbpsの光回線サービス「フレッツ 光クロス」にも、v6プラスサービスが対応することを発表している。

ゲーム、ストリーミング配信など新たなサービスに適したネットワークを

 それでは今後、v6プラスサービスはどのように進化していくのだろうか。その方向性を聞いてみた。

 辻中氏はまず、スマートフォンの普及が一巡したことで、1人あたりのインターネットトラフィック量の増大傾向は「少し落ち着きつつある」と説明する。その一方で、これまでとは特性の異なるインターネットアクセスが増えており、今後はそうしたニーズにどう対応していくのかを検討しなければならないと語る。

 たとえば「オンラインゲーム」のトラフィックだ。現在のオンラインゲームは高精細なグラフィックを特徴としたものが多く、インターネット経由で大容量データがダウンロードされることになる。それに加えて、特に対戦型ゲームやチームプレイ型のゲームでは、プレイ中の「反応速度」も重要な要素であり、より低いレイテンシ(低遅延)のインターネット接続サービスでなければゲームに勝てない、といったこともありうる。

 また「Netflix」や「Amazon Prime Video」といった、映画やドラマのオンデマンドストリーミング配信サービスも家庭に普及し始めている。高精細な動画であることに加え、1時間、2時間と継続して再生される(ダウンロードが続く)のが特徴だ。さらに、国内の各放送局がテレビ放送のインターネット同時配信を開始/計画しており、そのトラフィックも増えるはずだと語る。

 IoTデバイスのさらなる普及も、インターネットトラフィックに影響を与えるだろう。たとえば、センサーデバイスならば小容量のデータアップロードが持続的に続くなど「ほかとはまた違ったトラフィックパターンになるだろう」という。

 「今後は、こうした多様なタイプのトラフィックにどう対応していくかがポイントです。ISPの意見も聞きながら、一緒になってエンドユーザーに使いやすいネットワークサービスを開発していきたいと考えています」

(提供:日本ネットワークイネイブラー)

過去記事アーカイブ

2023年
01月
02月
03月
2022年
01月
02月
03月
04月
05月
06月
08月
09月
10月
11月
12月
2021年
01月
02月
03月
04月
05月
06月
07月
08月
09月
10月
11月
12月
2020年
03月
04月
05月
06月
07月
08月
09月
10月
11月
12月
2012年
02月
2011年
05月
07月
2010年
08月
09月