2歳児くんの保護者をしています盛田諒ですこんにちは。子がこのごろ「なんか食べたい」「どっか行きたい」と言うことがあります。何を提案しても違う違う。イチゴでもバナナでもない、公園でも児童館でもない。泣く子を抱っこしながらわかるわかると背中をたたきます。
そうなんだよ。人間ね、何を求めているかわからないのに、たまらなく何かが欲しくなることってあるんだよ。そういうときお父さんは何をどうしてたの?そうだね、東京で一人暮らしをしていたときはどっかへ飲みに出かけていたよ。飲みに?そうだよ。友だちも誘わずに?そうだよ。お父さん友だち少なかったからね。しかも「酒とつまみ」に出てくるような安くてうまい店ばっかりだったよ。自慢じゃないけど東京カレンダーに載ってる店はたぶん一軒も行ったことないよ。
お父さんどこに行ったの?お父さんね、まず「東京三大なんたら」ってところから始めたんだよ。西にうまい中華屋があると聞けば行って焼き豚で紹興酒を飲み、東にうまい煮込みを出す店があると聞けば行ってレモンサワーを飲み、雨にも負けずに飲み暮らしていたんだよ。カウンターのすみっこで「これうめえなあ、うちでも作れねえかなあ」とかぶつぶつ言いながら飲んだり、数少ない友だちだった岩手の飲んだくれと会社の上司の悪口言いながら「すいません、ホッピーの中、あとメンチカツ」って厨房の向こうに声かけたりしてたんだ。へえー。お父さん、ぼく北千住の大はしに行ってみたいなあ。本当?じゃあお父さん小銭かき集めてくるからね、キンミヤ焼酎飲みに行こうね。
かくして食道楽の妻と出会った後も方々のうまい店をめぐってきた私ですが、子が生まれてからは飲み歩きがやみました。大バコの大衆居酒屋でもあれば行きたいところですが、近所に子連れで入りやすい飲み屋はありません。駅前に民系のチェーンはありますがいまいち食指が伸びません。
しかし立場が代われば別の喜びが出てくるもので、飲み屋に行けなくなった代わりに、ファミレスやフードコートの面白みがわかってきました。
料理の支度がしんどくなったとき軽自動車を出して近所のジョナサンや夢庵に行くのですが、18〜19時台のファミレスには大体似たような年の親子がいるんです。テーブルに乗った子に「コラ下りなさい!」と言っている親、カレーまみれの子をあきらめ顔で見ている親、おじいちゃんに子をまかせてスマホタイムを堪能している親。それぞれの家から持ち寄った子育て事情がゆるいBGMに包まれているのは、酔客にまじわって酒を飲んでいるときとはまた違った居心地のよさがあります。
酒が飲みたいときには、サイゼリヤの看板が赤ちょうちんのように光輝いて見えるようになってきました。考えてみりゃワインを100円、つまみを300〜400円で頼めるサイゼリヤは立派な大衆居酒屋です。ポップコーンシュリンプ、エスカルゴのオーブン焼き、柔らか青豆の温サラダ、プチフォッカ、プロシュートのダブル、ミニフィセル、子ども用にマルゲリータピザとたっぷりコーンのピザ、グラスワインの白ふたつ。これだけ頼めば親はほろ酔いでいい気持ち、子は満腹でご満悦です。
子どもがいるということは、親の立場でこの社会を発見することでもあります。ベビーカーを押すようになってから、駅のエレベーター、多目的トイレ、電車とプラットフォームの隙間が目に入ってきたように、ファミレスやフードコートはそこにあっても見えてはいない世界でした。この世界には同じように私に見えていない世界が山ほどあり、その世界を知らないせいで自分の気持ちをうまく伝えられなかったり、目の前の誰かを傷つけたりすることがあるのかもしれません。そしてそのことを無意識に知っているからこそ私は「なんか食べたい」「どっか行きたい」と強く願うのかもしれないです。何を求めているかはわからないけど、たまらなく何かが欲しいというあの気持ち。外の世界を見たい、ここにはない素晴らしいものを知りたいというあの気持ちに動かされて。
ああお父さんまたどっか行きたくなってきたよ。どこ行くの?あのね、アメ横ガード下……。
書いた人──盛田 諒(Ryo Morita)
1983年生まれ。2歳児くんの保護者です。Facebookでおたより募集中。
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