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「宇宙」はまだ多くの企業にとって遠い存在だと思うかもしれない。だが、2019年2月にサービスが始まった「Tellus」は、人工衛星から集めた膨大なデータを使い、地球上の既存のビジネスに新しい価値をもたらすプラットフォームだ。
人工衛星のデータを活用することで、ビジネスはどう変わるのか? 11月29日に開催されたMITテクノロジーレビュー[日本版]主催のテクノロジー・カンファレンス「Future of Society Conference 2019」では、衛星データプラットフォーム「Tellus(テルース)」を開発・運営するさくらインターネットの山崎秀人氏と、MITテクノロジーレビュー[日本版]編集長・小林 久による対談が行なわれた。
山崎氏は、宇宙航空研究開発機構(JAXA)で20年近く宇宙開発に関わってきた。JAXAでは、はやぶさ初号機の帰還プロジェクトや、陸域観測技術衛星「だいち」(ALOS)の防災分野での利用事業などを担当し、2019年5月からさくらインターネットで、Tellusプロジェクト全体を統括している。
小林編集長は対談冒頭、「あらゆる企業にとって宇宙との重要な接点となるのが、衛星データの活用。衛星データを活用することで、これまで宇宙とは縁がなかった企業にも、新しいビジネスチャンスが生まれる」と切り出した。だが、長らく宇宙開発に携わってきた山崎氏によれば、衛星データの活用には多くの課題があったという。
「各国の政府機関や企業がさまざまな衛星データを持っています。これまでは、それを利用しようとするユーザーはそれぞれの場所に行ってデータを集めなければいけなかった。政府系のデータの多くは無償だが、企業が提供するデータの中には非常に高額なものもあり、一般の人は手が出しにくかった」。
そこで、散在する衛星データを1カ所に集約し、誰もが使いやすい環境を目指したのが、2019年2月にサービスが始まった「Tellus(テルース)」だ。Tellusを使うと、人工衛星から取得できる光学衛星データ、合成開口レーダー(SAR)衛星データ、標高データ、GSMaP降雨量、地表面温度のほか、宇宙ではなく地上で集められる地上データ、たとえばスマートフォンの位置情報による人流データや、気象データなどを扱うことができる。「ローンチから現在までに、すでに1万2000人がTellusにユーザー登録している」と山崎氏は明かす。
▼本セッション(約30分間)の映像を視聴できます。
以降、当日の2人のやり取りの一部を紹介しよう。なお、発言の意図を明確にするため、内容は編集している。
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小林 ネット企業であるさくらインターネットが、なぜTellusのような事業に取り組むようになったのですか。
山崎 衛星データは非常に重いんです。文字通りビッグデータですので、取り扱う上ではプロセッシングやネットワークといったコンピューティング環境がカギになります。さくらインターネットはITインフラ、クラウドベンダーですのでビッグデータと親和性が高い。衛星データを集約し、それを取り扱えるコンピューティング環境も一緒に提供できます。
衛星データ利用市場のポテンシャル
小林 現在、世界の宇宙ビジネスの市場規模は約40兆円規模があるといいます。日本に関しては、2017年の段階で1.2兆円規模、そのうち3500億円が宇宙機器産業。残りの8000億円は、人工衛星からのデータ活用などを含む宇宙利用産業と呼ばれる分野だと聞いています。
山崎 日本政府としては、2030年代半ばまでにこの宇宙産業全体の市場を2.3〜2.5兆円規模にまで倍増させるという目標を「宇宙産業ビジョン2030」で掲げています。Tellusも、経済産業省の施策の一環であり、現在Tellusに搭載されているデータの多くはJAXAから提供されている政府系データです。Tellusを通じて衛星データを一般向けに開放し、無料で利用できるようにすることで、新たなビジネスの創出、市場拡大に役立ててもらいたいとの思いがあります。
小林 衛星データというと、リアルタイムの情報を使えるものとイメージされる人が多いと思うのですが、実際どのようなデータを扱えるのでしょうか。
山崎 現状、Tellusではリアルタイムのデータは提供できていません。過去に蓄積したデータを参照して、ビジネスアイデアを考えたり、未来の予測に役立てるといった使い方が中心です。JAXAのデータは過去から長期間にわたって撮り貯めたものですので、そういったデータを、ユーザーの皆さんが触ってみることで、新たな衛星データの活用アイデアが生まれてくることを期待しています。
小林 Tellusの特徴の1つに、国内のさまざまな企業や団体が参加しているxData ALLIANCE(クロスデータアライアンス)の存在があると思います。これはどのような取り組みですか。
山崎 Tellusは、日本の衛星データをメインにしたプラットフォームですから、日本の産業界の方々に広く使っていただきたいとの思いから発足しました。大手からスタートアップまで幅広い企業、財団のような公共系の団体のほか、投資ファンドも参画されています。今はアライアンスのメンバーで議論を進めている段階ですが、新たなビジネスチャンスを見いだせた時には、そこへ投資をしたり、技術をシェアしたりして、Tellusのプラットフォーム上で広げていこうという試みです。
小林 Tellus は地上データも備えている点が、世界の衛星データプラットフォームの中でも特徴的だという指摘があります。海外のプラットフォームと比べてTellusはどのような部分が有力だと思われますか。
山崎 衛星のオーナー、つまりデータのサプライサイドが独自にプラットフォームを作っている例は多くあります。その中には、地上データを備えているものもないわけではありません。ただ、地上データは基本的にその地域に根付いているので、例えばヨーロッパのプラットフォームに日本の地上データが入っているということは考えにくいわけです。だから、日本の衛星データ、日本の地上データが備わっていることがTellusの「差別化ポイント」ではなく、「特徴である」とはいえると思います。そして、個人的には今後、世界各地のそれぞれに特徴を持った衛星データプラットフォームが、APIでつながっていくと思っています。
小林 そのとき、Tellusが日本のハブになれれば理想的というわけですね。
人工衛星をIoTネットワークのノードの1つと捉える
小林 「衛星データが使える」というと、衛星データそのものをどう活用するかという視点に固まってしまいがちですが、地上データや、各企業が持つデータと組み合わせることで、新しい価値が生み出せる部分がTellusの特徴として考えられるということですよね。
山崎 そうですね。私はもともと宇宙開発をやっていたので、常に気をつけようと思っているのが「サプライサイドの視点を取り除く」ということです。そうでないと、従来の宇宙産業「以外」の企業・団体と一緒にTellusに取り組む意味がありません。「衛星データで解決します」とサプライサイドから押しつけるのではなくて、皆さんがそれぞれのビジネスでデータ活用をされている中で、衛星データも一緒に使ってもらいたい、そのような考え方でTellusを開発しています。
小林 これから日本も5G・IoTの時代になっていきますが、そこで一番ポイントになるのはやはりデータの活用ですよね。その意味では、人工衛星も、地球のはるか彼方から、地球全体の情報を捉えるセンサー、IoTネットワークのノードの1つとして捉えるのも面白いと思いました。
山崎 おっしゃる通りです。米国のオービタル・インサイト(Orbital Insight)というスタートアップ企業はユーザーが必要とするデータを集めて、情報化してレポートしています。どの衛星のどのデータを引っ張ってきたかはユーザーには見えないんですね。ですから、データの種類がどうかということよりも、ユーザーが必要な時に、適切な情報を集約できる環境こそが、プラットフォームにとっての競争力の源泉になると思います。
小林 そう考えると、Tellusでさまざまな情報にアクセスできて、それをユーザーに分かりやすい形で表現してくれるパートナーとしてのユーザーが増えていくことが、今後のサービス自体にとって大事だということですね。
山崎 Tellusでは現時点で、衛星データをブラウザーで見られるツール「Tellus OS」と、Tellus上でデータ解析ができる環境を無料で提供しています。これに加えて、2019年度内に「マーケット」をローンチします。これは、Tellusのユーザーが保有する宇宙データや地上データ、開発したアルゴリズムやアプリケーションを無償・有償で取引できる場です。現在提供している政府系の衛星データ以外にもさまざまなデータやアルゴリズム、アプリケーションが「マーケット」で流通するようになれば、ビジネスへの活用がさらに加速するものと期待しています。
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