(※本記事は、2019年1月18日に、Mogura VR Newsにて掲載された記事を、許可を得て転載したものです)
台湾のHTCは、ラスベガスで開催されたエレクトロニクス展示会CES2019にて、新たなVRヘッドセット2機種を含む発表を行ないました。プロフェッショナル向けのVIVE Proに視線追跡を搭載したVIVE Pro Eye、そしてPC向けの次世代VRヘッドセットVIVE Cosmosです。
今回、Mogura VRはラスベガスの会場にてHTCのGeneral Manager of Asia and VP of VR Product and Strategyを務めるレイモンド・パオ(鮑永哲)氏にインタビュー。これらの新デバイスや、VR市場の今後について尋ねました。
2018年は「VRの活用が始まった、という実感が出てきた年」だった
──パオさんから見て、2018年のVR市場はどうでしたか。
レイモンド・パオ氏(以下、パオ氏):2016年にVIVEを発売してから、毎年異なるトレンドを目にしてきました。現在、VRは基本的に2つの大きなセグメントに分かれています。VRはゲーム産業から始まり、2018年も成長を続けています。ゲーム産業を上回る勢いで成長しているのがエンタープライズ向け市場で、VRの採用が始まっています。わたしたちはエンタープライズ市場にも注力しており、これはVIVE Proに視線追跡を搭載した「VIVE Pro Eye」を発表したことにも繋がっています。(VIVEの発売から)3年近くかかりましたが、エンタープライズ市場は「VRが生産性の向上に寄与する」ということを理解し始めています。コンシューマー分野では未だにゲームが大きなセグメントを占めていますが、一方でソーシャルVRの「VRChat」や、日本ではVTuber(バーチャルYouTuber)など幅広い用途が生まれており、2016年頃と比較してもさらに多くのコンシューマーを魅了しています。そして、私たちはさらに多くのコンシューマーにリーチしたいと考えて「VIVE Cosmos」を発表したのです。Cosmosは「マスマーケットの、より一般層のユーザーに、VRの魅力を届ける」という使命を負ったヘッドセットです。素晴らしいことに、今や多くの人が「VRだから」という理由ではVRを体験しません。新しい技術が登場したときに起こりがちなことですが、新しいというだけで理由を考えずに使うことがあります。スマホを使うのは、それがスマホだからではないですよね。何かをするために使うのです。いまや、VRは何かをするのに役立つという理由で使われるようになりました。
──コンシューマーとエンタープライズ、双方でVRが活用され始めている実感がある、ということですね。
パオ氏:コンシューマー向けには、まだ明確な活用の道筋が見出されていない部分もありますが、例えば「Beat Saber」を見てください。このVRゲームはとても人気になりました。ゲームはVRにとって非常に重要ですが、VRゲームはモバイルやPCと異なり、より身体を動かすエクササイズになるということも分かってきました。エンタープライズでは、より明らかですね。VRは生産性向上やより没入感のあるマーケティングを行なうことに役立ちはじめています。企業は様々な活用法を見出していますよ。
視線追跡のエコシステムを作る
──続いて新製品に関する質問に移りたいと思います。「VIVE Pro Eye」のアイトラッキング技術はどこの企業のものを使っているのでしょうか?
パオ氏:Tobiiと提携しています。ひとつお伝えしておきたいことは、私たちが独自でデザインしている部分も多くあるということです。私たちはTobiiと提携しましたが、開発者に提供するSDKはVIVEの独自のものです。アイトラッキングによってベストなVR体験を提供できるように保証することが、非常に重要だと思っています。例えば「バーチャルキャスト」のように、アイトラッキングを使ったコンテンツの開発者と連携し、フィードバックをもらいながらSDKを作りました。
──アイトラッキング用のSDKは新たに提供されるのでしょうか。
パオ氏:新たなSDKとして提供されます。それから開発者プログラムの立ち上げも同時に発表することになります。パートナー様とともにアイトラッキングの活用を進めて、ショーケースを増やしていきたいと考えています。
──発表によると、VIVE Pro Eyeはエンタープライズ向けということですね。
パオ氏:ええ、“まずは”エンタープライズ向けからですね。Steamのプラットフォームには今や2000以上のVRコンテンツがあります。これらのコンテンツすべてにアイトラッキングの機能を追加していくことは難しいですし、ときにゲームプレーそのものも変えなければなりません。一方でエンタープライズ向けは、各企業が特定の目的のために独自のコンテンツを作っています。アイトラッキングの機能を明確に使う目的があるケースも多いですから、エコシステムを作りやすいと考えています。まずは、エンタープライズ向けにエコシステムを構築してからコンシューマーへのリーチを始めます。コンシューマーレベルでアイトラッキングを使った場合、今の時点では価格に見合うだけの利点があるかどうか実感できないかもしれません。そういった意味で、コンシューマー向けでの利用はまだ早いと考えています。
──日本だと「バーチャルキャスト」が対応したことについて、歓迎の声が出てます。そもそも、VIVE Proにアイトラッキングを搭載するというアイデアはどのように始まったのでしょうか。ユーザーからの要望があったのでしょうか、それともHTC側の考えだったのでしょうか?
パオ氏:双方です。VIVE Proを発売してから、私たちは常に多くのフィードバックをいただいてきました。そして、今だけでなくアイトラッキングは長い目で見てVRにとって重要な要素です。次の3~5年でその重要性が高まるでしょう。いつが最善で、どういったデバイスを投入するか、コンシューマー向けかエンタープライズ向けか… そういったことを考えた上で、まずはエンタープライズ向けから始めることにしました。
「バーチャルキャスト」上でVIVE Pro Eyeを使用しているデモ。まばたきや視線が3Dアバターに反映されている |
──VIVE Pro Eyeが発売された後、VIVE Proのラインナップはどうなるのでしょうか。
パオ氏:セグメントごとに製品を提供していきます。ベースステーション2.0とのフルセットやPro Eyeはエンタープライズ向けに提供します。そして、より価格を下げたベースステーション1.0とのスターターセットをコンシューマー向けに提供していく予定です。
──VIVE Pro Eyeの価格はまだ発表されていませんが、VIVE Proよりも高くなることは間違いないですよね。
パオ氏:はい。コンシューマー向けにはこれ以上価格を上げたくありません。したがって、エンタープライズ向けだからこその価格ということになります。私たちは、エンタープライズ向けには価格が高くてもニーズがあると把握しています。
謎多き新デバイスCosmos
──続いて「VIVE Cosmos」について伺いたいと思います。そもそも、VIVE Cosmosの位置づけはどういうものなのでしょうか?
パオ氏:VIVEは、高価すぎることのない価格帯でプレミアムなVR体験を提供しています。その中で、Cosmosはコンシューマー市場をターゲットにしたデバイスです。Cosmosで想定しているユーザーはゲーマーに留まりません。グローバルにおけるVIVEのメインユーザーは「技術に詳しくてPCを自作するようなゲーマー」ですが、私たちはCosmosでコンシューマー市場をさらに開拓したいと考えています。
──CosmosはPC向けのVRヘッドセットということで良いのでしょうか。
パオ氏:はい、PC接続型のVRヘッドセットです。
──しかし、何らかの方法でモバイルにもなる、と?
パオ氏:そうです。ですが、その方法はまだ秘密です。CESでは2つの製品を発表しました。VIVE Pro Eyeは(皆さんに体験できる形で)お見せしましたが、Cosmosは異なるスケジュールで動いています。より多くの情報は今月(1月)か来月(2月)にでもお伝えすることになるでしょう。
──PC接続型ということは、SteamVRには引き続き対応するのでしょうか。
パオ氏:CosmosはSteamVRに対応します。私たちは長いことValveとパートナーシップを続けてきました。2000以上のVRコンテンツを有するSteamVRのプラットフォームは、非常に重要だと考えています。
──スケジュールもまだ明かされていませんが、開発者版の出荷はいつ頃になるのでしょうか。
パオ氏:こちらも今後お伝えすることになります。今は多くを話せず、すいません。
──下のフロアに展示されていたものは、どの段階のデバイスでしょうか?
パオ氏:エンジニアリング・サンプルですね。
──いまCosmosの完成度はどれくらいでしょうか。
パオ氏:一概にどの程度とは言えません。すでに多くの部分が最終段階に入っていますが、細かく詰めなければいけない箇所も多くあります。
──公式サイトには、発表会で明らかにならなかった情報がいくつか記載されています。「リアルRGB」というのはディスプレーがペンタイル配列ではなくなるということでしょうか?
パオ氏:はい、ペンタイル配列ではなく、フルRGBのパネルを使用します。
(※フルRGBとペンタイル配列:VRヘッドセット向けディスプレーに使われている多くの有機ELパネルは「ペンタイル方式(配列)」というRGBサブピクセルの配列が採用されている。通常、RGBのサブピクセルは均等な数で配置されるが、ペンタイル配列ではRとBの数がGの3分の2となる。フルRGBではこれらの数が等しくなる)──「VIVEトラッキングシステム」とあるのですが、こちらはどういうトラッキング方法になるのでしょうか。
パオ氏:VIVEトラッキングシステムは、フロントにある2基のカメラを使ったインサイドアウトのポジショントラッキングの名称です。各社独自の名前をつけていますよね。
──コントローラーが独特の形状ですね。LEDのデザインも特徴的です。
パオ氏:技術的にも考慮されたものですが、現時点で1つ言えるのは、ブランディングのためにコントローラーの上部がVIVEのロゴの形を意識した三角形の形状になっていることです。
──コントローラーに加えて、公式サイトには「ジェスチャーコントロール」とあります。ハンドトラッキングも実装されるのでしょうか。
パオ氏:私たちは様々な理由でジェスチャーのSDKに取り組んでいますが、現時点ではまだジェスチャー認識は開発中です。個人差の多い手の形状を認識しなければなりません。ジェスチャーは直感的な操作方法で、マスマーケットに広げていくには重要なものだと思っています。コントローラーは、慣れ親しんでいないユーザーにとっては直感的ではありません。ジェスチャーはコントローラーよりも簡単に扱うことができますからね。
──これまでVIVE Pro向けには、フロントにある2つのカメラを使ってビデオシースルーのARを可能にするSR Works SDKを出されていましたね。Cosmosでも同じことができるようになるのでしょうか。
パオ氏:確かに、私たちはVIVE Proのデュアルカメラを使ったSR Works SDKを提供しています。しかし、CosmosではFocusと同様にカメラをポジショントラッキングに使用しています。カメラをポジショントラッキングとSR Worksと同時に使えるようにしなければなりません。
──公式サイトには、「モジュールカスタマイゼーション」という記載がありました。
パオ氏:それはCosmosの非常に面白い特長です。来月詳細をお伝えできるのではないかと思います。
──VIVEラインアップの中でCosmosは新しいラインアップということでしょうか。それともVIVEの後継機種のような位置づけになるのでしょうか。
パオ氏:はい、名前をCosmosと新たにつけているように、新しいVIVEファミリーのラインアップです。VIVE Proはプロフェッショナル向けです。Cosmosはコンシューマー向けの製品となりますし、トラッキングシステムもSteamVRトラッキングシステムとは異なります。ターゲットもシステムも異なるので新しい名前をつけたのです。コンテンツはリユース(流用)できるといいですけどね(笑)
──Cosmosで想定している用途はゲームだけではないということですね。どういう用途が中心になると考えていますか。
パオ氏:より多くのユースケースを揃えることはユーザー増につながるため、エコシステムにとっての鍵だと思っています。Cosmos向けのコンテンツに関しては今後明らかになりますが、VIVEPORTでは、ゲーム以外にもアートやエクスペリエンスといったコンテンツを揃えています。ソーシャルもひとつのいいユースケースですね。
──Cosmosと一緒に紹介されたVIVE Reality Systemはどういうものでしょうか。OSのようなものですか?
パオ氏:OSというよりはユーザーインターフェースです。OSに近いものはSteamVRがその役割を果たしています。私たちはよりよいユーザーインターフェースが作れるのではないかと思い、Cosmos向けに新たに作ることにしました。
──Cosmosは、ゲーマー以外のコンシューマーも狙っているとのことですが、このタイミングが適していると判断されたのでしょうか。
パオ氏:私たちもいつがベストなタイミングなのかはわかりません。VRに関わっている全ての企業が分かっているように、ここ2~3年でVRは上下を繰り返してきました。ベストなタイミングというのはありませんが、やってみなければ分かりません。そして、やってみることにしたのです。
VTuberにも寄せる期待
──PCとVRヘッドセットの接続を平易にするVitualLinkにも参画されていますね。VIVEはどういった形で対応するのでしょうか。
パオ氏:我々のアーキテクチャーは難しいものではありません。VirtualLinkでは要件が定められています。VIVEにはリンクボックスがあり、これをVirtualLinkに対応させることを考えています。現行のHDMIとUSBのものをUSB Type-Cのものに交換するだけです。今はまだVirtualLinkに対応したGPU搭載PCの数が少ない状況です。今後、交換が進んで数が増えてきた際に対応を考えています。
──最後に、日本のVR市場についてはどう見ていらっしゃいますか。
パオ氏:面白いことが起きています。エンタープライズ向けは他の国ほど急速に成長しているとは言えません。日本に対しては、VRが効果的であるというよりも、多くのソリューションの事例を見せることでVRの価値が伝わっていくのではないでしょうか。コンシューマーサイドでは、引き続きコミュニティと関係性を築きながら取り組んでいきたいと考えています。欧米とは異なる非常に多くのクリエイティブなコンテンツが生まれています。VRChatが日本でとても人気なことにも驚きました。そして、VTuberは非常にユニークな活用法です。VTuberは今後中国や台湾などアジアの国でも、新たなコンテンツのカテゴリーとなっていくでしょう。
──ありがとうございました。