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『新装版 計算機屋かく戦えり【電子版特別収録付き】』刊行記念インタビュー第2回

日本独自のコンピューター素子を生んだ男、後藤英一

2016年09月02日 18時00分更新

文● 遠藤諭(角川アスキー総合研究所)

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NEAC1101。58年に完成した日本電気の第1号コンピュータ。4800個のパラメトロンを使用していた。

 パラメトロン素子を使用したコンピュータとしては、日立製作所の「HIPAC103」、日本電気の「NEAC1101」などが作られた。ちなみに研究室では、PC−1を本格的な科学用計算機としてパワーアップさせたPC−2を61年に完成させている。

 PC−2は、パラメトロンを約1万3000個使用。文部省から資金援助を受け、製造は富士通が行なった。語長は48ビット。浮動小数点演算機能、索表命令、4進乗算などの機能を追加して、当時の一流のコンピュータと同等以上の機能を搭載していた。パラメトロンの励振周波数はPC−1の約3倍の6メガヘルツ、クロックは66キロヘルツとなったが、自然対数の底eを1000桁計算するのに約9秒かかったという。その後、日本のコンピュータは処理速度の速いトランジスタ時代へと移行していくことになる。

【6単位紙テープ】電信用の紙テープのこと。後年、コンピュータでは主に8単位テープが使われるようになった。
【マッカーシー(J.McCarthy:1927〜)】人工知能研究で知られる学者、60年にマサチューセッツ工科大学で、リスト処理用言語Lispを作り上げた。スタンフォード大教授で、米国人工知能学会会長でもある。
【HIPAC103】日立製作所の第1号コンピュータは「HIPAC MK−1(Hitachi Parametron Automatic Computer Mark)」で57年12月完成。MK−1の改良型が「HIPAC101」で、「HIPAC103」は61年8月完成した(102はトランジスタ式)。

現在のPC−2。1万3000個のパラメトロンは3枚の枠に実装されていた。(国立科学博物館所蔵庫)

PC−2の全面はパラメトロンを結合した線で覆いつくされている。「回路図を見ながら1本1本結線した」(和田英一氏談)

現在によみがえるパラメトロンの原理

 若くして科学技術研究の寵児となった後藤氏は、その後もさまざまな分野で活躍を続けた。

 60年代の終わりにはワイヤーメモリを発明(これは日立の大型計算機「HITAC8700」で使用された)。ほかに多項式を掛け合わせる際に1番速いアルゴリズムを発見するなど、数学処理の普及にも大きく貢献している。インタビュー中に、後藤氏に「ウルフラムってのはおそろしく頭のいいやつだな」などと切り出され、数式処理や『Mathematica』に話がおよぶこともあった。後藤氏自身は、『Reduce』を作ったハーンと知り合いで、Reduce派とのこと。

——理化学研究所でもご活躍なさっていますね。

「理研では、100くらい特許を書いたな。でもヒットしたのは、理研の主任になってからの〝可変断面積電子ビーム露光法〟(79年)ぐらいだ。ただ、理研の物理学部門では、特許収入は1番だよ」

——可変断面積電子ビーム露光法とはどういうものですか?

「いまでこそICのマスクは電子ビームで打って作るんだけど、それまでは点で打ってマスクを作っていたんだ。可変断面積電子ビーム露光法とは、縦と横から矩形の断面積の電子ビームをあてて打つという方法で、作業が断然速くなるんだよ。この方法はいまは日本電子なんかで使用されている。実用化されたってことで科学関係の賞とか紫綬褒章なんかをもらったんだ。紫綬褒章の賞状には、『永年にわたり半導体の製造技術に貢献され』なんて書いてあったな。半導体のために仕事をしてきたつもりはないんだけどさ(笑)」

 さらに86年、後藤氏はパラメトロン技術とジョセフソン素子の結合による超高速電算機用素子「磁束量子パラメトロン」の開発に成功した。

 ジョセフソン素子とは、ジョセフソンによって62年に論理的に予言され、63年にアメリカのベル研究所で実証されたジョセフソン効果を利用した素子である。前述したように、 シリコン素子に比べてかなりの処理速度の向上が望める素子だ。量子コンピュータ実現のためには欠かせない素子と注目されている。

 ジョセフソン素子の原理には、電子などの超微細な粒子が通常では通り抜けることのできない壁をある確率で通り抜けてしまう〟トンネル効果〟を利用している。具体的には薄い絶縁体を2つの超伝導体(鉄やニオブなど)でサンドイッチのようにはさみ、電流を流す。すると、トンネル効果により、一定値までは電圧を発生しない電子の流れが絶縁体を通り抜ける。そして、電流が一定値を超えた段階で、突然一定の電圧が発生する。この電圧状態が一気に切り替わる特性を0と1の状態に対応させて素子として使おうというのである。

磁束量子パラメトロン。後藤磁束量子情報プロジェクト(89〜91年)で試作されている

 磁束量子パラメトロンは、絶対零度(摂氏マイナス273度)近くの、電気抵抗がほとんどない超伝導状態で動作する12層の金属膜と絶縁体で構成されている。大雑把にいうと、パラメトロン素子ではフェライトコアを使用していた部分に、超伝導ループを持つ回路を使用したものである。スイッチ速度はシリコン半導体素子の10倍以上の10ピコ秒(ピコ=1000億分の1)、消費電力はシリコンの約100万分の1の約1ナノワット(ナノ=10億分の1)となる。この素子の利用で、マシンのクロックはテラヘルツにまで上昇するという。

「ジョセフソン素子についてはよく勉強したね。原理をとにかく勉強して、逆にコンピュータにどのように応用されているかはいっさい学ばなかった。先入観を持ってしまうと、オリジナルな発想は望めないだろ。原理がパラメトロンと似てるっていうのはさ、まあ、同じ人間が考えると同じようなものができるってことだろうね」

——現在のシリコンでは処理速度の限界が見えてきていますから、まさに未来のコンピュータというわけですね。

「たださ、原理的、技術的にうまくいくのはわかっていても、産業として実現できるかどうかは別だから。パラメトロンコンピュータは手で作っていたから、うまくいかなきゃハンダを溶かして付け替えりゃすんだけれど、いまは超LSI技術が必要でさ。これが非常に金がかかるし、1つでも間違えると直すのに3〜6カ月も待たなきゃならねぇんだ。とにかく試作に時間と金がかかるのが現状なんだな」

——現在のシリコンチップでも全部焼き直すとたいへんだから、できたシリコンチップに外科手術をほどこして直してしまうなんて話がありますね。

「ジョセフソン素子の外科手術の技術を開発するとしたらまた1〜2年かかるし、商売になりそうもないからなあ。とにかく世の中でジョセフソン素子がもっと使われるような道を拓くしかないね。そうすれば、その利用技術も進歩するし、コストも安くなる。ジョセフソン素子でなきやできないことはいっぱいあるんだ。たとえば脳波の微妙な磁気を計測するとかね。そうすれば、どの病院でも血圧を計るような感覚で脳波の微妙な磁気まで計れるようになるんだ。でも、いまジョセフソン素子を利用するために必要な液体ヘリウムを作る装置は、安くても1000万円するんだよ」

——液体ヘリウムを手軽に使えないと、ジョセフソン素子も手軽に利用できませんね。

「量子コンピュータを実現するには、ジョセフソン素子がスーパーコンピュータにしか使えないってんじゃだめなんだよ。それでいま凝ってるのが、液体ヘリウムの冷蔵庫の研究。熱機関の勉強をするとね、フロンの代わりに炭酸ガスを使おうが液体ヘリウムを使おうが、冷蔵庫は作れるんだ。ただ、商品化するとなると、安くて長持ち、メンテナンスフリーになるように作らなきやならない。『液体ヘリウム装置は、家庭用冷蔵庫のフロンをヘリウムに替えてちょっと改造しただけなのに、冷蔵庫の数百倍も値段が高いのはおかしい』って専門家にいったら、『あんたは素人だからそう思うんですよ』っていわれたんだけどね。難しいとは思うけど、これができたら冷蔵庫を改造してすぐに液体ヘリウム装置ができそうなんだよ」

——量子コンピュータへの道を切り拓くために冷蔵庫を作ってしまおうというその発想が、すごい。

「普通の冷蔵庫の2倍くらいの値段で液体ヘリウム冷蔵庫ができたら、もっと超伝導が大きく利用できる世の中になるよ。常温超伝導はいつ見つかるかわからないけど、液体ヘリウム冷蔵庫は現実に開発にとりかかれるんだよ。フロンを使わない冷蔵庫ができたら、環境問題にも役立つだろ。環境問題っていえば、熱機関の勉強をしていたらそういうことが気になってきたんで、ディーゼルエンジンの無公害化なんかも考えてるんだけどね」

 後藤氏の頭の中では、アイデアが次々と連鎖反応を繰り返しているようである。

【ウルフラム(Stephen Wolfram:1959〜)】イギリスの理論物理学博士。『Mathematica』は、数式および記号計算処理、、グラフィックス処理のソフト。柔軟なプログラム言語を内蔵するすぐれた統合システムとして注目されている
【REDUCE】ユタ大学で開発された汎用数式処理システム。65〜73年にハーン(A.C.Hearn)が開発した
【液体ヘリウム】液化したヘリウムは沸点がマイナス268・9度で、極低温をつくるための寒剤として用いられる

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