大規模災害に備え、各自治体では家庭で食料を備蓄するよう呼びかけている。特にその必要があるのは、食物アレルギーを持つ子供がいる家庭だろう。災害の直接的被害から逃れられたとしても、食べ物が原因で命に関わるようなことがあっては元も子もない。
ただ、自衛にも限界がある。もし避難所生活になれば、自治体の配給に頼るしかない。しかし現状、3分の1以上の自治体で食物アレルギー対応の備蓄をしていない。していたとしても幼児向けのミルク、アルファ化米がほとんど。それに加えて食物アレルギーに対する認識不足も多く、避難所で配食されるものに好き嫌いを言うのは贅沢だと言われることもあるという(避難所の運営等に関する実態調査より)。
そしてアレルギーを持つ子供は増え続けている。東京都健康安全研究センターの調査では、3歳までに食物アレルギーの症状があり、かつ食物アレルギーと診断された児童は、平成26年度で16.7%。平成16年の8.5%から10年間で倍増している(アレルギー疾患に関する3歳児全都調査より)。
そんな状況を受けて、アレルギー対応の保存食開発に乗り出すメーカーもある。神戸の株式会社ジェイ・インターナショナルは、大阪府立大学の黒川通典講師を中心に開発した「アレルギー対応食缶詰シリーズ」を今年3月から販売を始めた。
特徴的なのは、獣害対策で駆除した野生の鹿肉を有効利用し、アレルギー特定原材料等27品目※を含まないこと。動物性蛋白質を含むアレルゲンフリーの備蓄食は貴重だ。そして缶詰のパッケージングには、東京都大田区の谷啓製作所が協力している。
気になるのは1缶あたり864円という価格。果たして自治体の反応はどうなのか。谷啓製作所で、ジェイ・インターナショナルの山本春雄さんに聞いた。
※ 食品衛生法で表示が義務付けられている、えび、かに、小麦、そば、卵、乳、落花生の7品目と、表示が奨励されている、あわび、いか、いくら、オレンジ、カシューナッツ、キウイフルーツ、牛肉、くるみ、ごま、さけ、さば、大豆、鶏肉、バナナ、豚肉、まつたけ、もも、やまいも、りんご、ゼラチンの20品目を合わせて「特定原材料等27品目」と呼ぶ。
自治体によって認識はバラバラ
―― 製品化までの経緯を教えてください。
山本 害獣として駆除した鹿肉の有効利用ということで、アレルギー対応に特化した食材の研究をされている、大阪府立大学の黒川先生と共同で開発をしてきました。害獣としての鹿は、全国各地にいて、まったく獲り切れていないんです。
―― 最近はジビエとしても人気ですが。
山本 鹿肉は高タンパク低脂肪で、栄養価の高さは認められつつあります。ただ、案外と一般に流通するものは少ない。捕獲したものをすぐに処理しなければならず、コストもかかる。利用できる部位も限られているので、ほとんど捨てられているのが現状です。
―― 鹿肉にアレルゲンが含まれない理由は?
山本 アレルギー品目に入っている牛や鶏や豚は家畜で、これらは飼料を食べて育ったもの。だから食物連鎖でアレルギーの原因になるんですが、鹿は天然の動物なのでアレルギーの原因になる飼料を食べていないんです。
―― 備蓄食として自治体の感触は?
山本 自治体によって認識はバラバラ。茨城の龍ケ崎市のように、備蓄食料をすべてアレルギー対応にすると言うところもあれば、やはり価格も高いですから「少数の市民のために税金を使うのか」という方もいらっしゃる。当事者は食物アレルギーの怖さをご存知ですけど、そうではない方との認識とのギャップが大きいんです。
―― では、やはり自治体では難しい?
山本 興味は持っていただいているし、評判にはなっています。この問題をよくご存知なのは教育委員会でしょう。学校での給食対応が厳しくなっている。誤食で子供さんが亡くなられるケースもありましたから。ただ行政としたら、まずは空腹を満たせるもの、それが最優先になるのは仕方がないと思います。
―― ではエンドユーザーの反応は?
山本 缶詰としては高いですが、せめて1日1食くらいは栄養価のあるものを与えたい。食物アレルギーのお子さんをお持ちのお母さんたちは、そこを評価してくださっています。全国に食物アレルギーの支援団体がたくさんあるので、そういう方々からもたくさん問い合わせをいただいています。
―― 価格は安くできませんか?
山本 まず食べ物としての安全性を再優先にしてほしいと、お母さんたちからは言われています。我々も手作りのような状態で作っているので、数を作って安くするのも無理なんです。だから流通も低コストでやっていただける支援団体さんや、エンドユーザーへの直販が主体。そうしたところから広げていきたいです。