社内のコミュニケーション基盤としてチャットやメッセンジャーの類を使っている企業は多い。いろいろなコミュニケーションツールがあるが、中でもエンジニアにとって身近なのがslackではないだろうか。他サービスとの連携機能など便利な機能も魅力だが、エンジニアのクリエイティブなココロをくすぐるのは好きに作れる絵文字。2016年5月、slack絵文字ユーザ会を開催したのは、ドワンゴとサーバーワークスの有志の面々だ。
サーバーワークスでは3人の職人が半分以上の絵文字を生み出している
まずは登場したのは、サーバーワークスでAWSの設計、構築に携わっている紅林 輝氏。同社ではslackに481のチャンネルがあり、毎日3千メッセージが飛び交っている。絵文字ももちろん大量に使われており、なかでもメッセージへのレスポンスに使える一言絵文字が人気。1位は「ほほう」、2位は「それな」、3位は「あざます」だという。
「絵文字の流行もあります。最近流行っているのは『全裸待機』と『もう帰りたい♡』です。そして、これらのカスタム絵文字のうち50%が、3人の絵文字職人によって生み出されています」(紅林氏)
よく言われることだが、コンテンツの多くは一部の人間によって生み出されている。その法則はslackの絵文字についても当てはまるようだ。サーバーワークスでもっとも多くの絵文字を生み出しているのは、クリエイティブおじさんの異名を持つ松本 幸祐氏。これに運用系のトップエンジニアとスーパープログラマが加わり、約半数の絵文字を生み出しているのだという。現在サーバーワークスで使われているカスタム絵文字は537個(2016年5月27日現在)ということなので、3人で約270の絵文字を作ったということになる。
「この1ヶ月でカスタム絵文字の数は422個から537個へと一気に増えました。実はドワンゴさんでは1700以上もカスタム絵文字を使っていると聞いて、絵文字職人たちの対抗心に火がついてしまいまして」(紅林氏)
そう言って笑いを誘う紅林氏。slackで使う絵文字の数は勝ち負けで考えるものではないと思うのだが、自分が好きでやっている分野で負けたくないというのは、ものを作る人間の性というところだろうか。
よく使われている絵文字の計数にはSlack APIを使っているとのこと。Slack APIで slack上の発言を抽出し、その中から絵文字を取り出して、Botで使用回数の多い順に表示する。
「使用回数が多い絵文字は便利なものや面白いものが確かに多いのですが、使われているものを並べてみると、使用頻度は少ないけれど味のある絵文字というのもあります。これらの使用頻度を分析してさらにわかりやすく表示するために、バネモデルというグラフ描画アルゴリズムを取り入れてみました」(紅林氏)
バネモデルで浮き彫りにされた絵文字利用の実態
バネモデルとは力学系の考え方を取り入れ、それぞれのノードとの関係性を直感的に把握できるように工夫したグラフ描画の手法だ。絵文字をノードとして利用頻度に応じた大きさで表示し、一緒に使われた絵文字同士をリンクすることで絵文字の使われ方を分析したという。slackの絵文字だけにフィーチャーして勉強会を開催している時点でかなりニッチだと感じていたが、そこにかける情熱は半端ではないようだ。
「さらに、ユーザーと絵文字をノードとして分析すれば、誰がどの絵文字をよく使っているかわかって面白い。つまり、slack面白い。絵文字、面白い。サーバーワークスも面白い」(紅林氏)
紅林氏はそう述べて、発表を締めくくった。仕事中に使うslackと、そこで使う絵文字に対する情熱が込められた発表だった。
サーバーワークスなんか目じゃない! slack大好きなドワンゴの光と闇
続いて登壇したのは、ドワンゴ 生放送コア開発グループの木下やすひろ氏。企業規模の違いがあるとはいえ、チャンネル数は2006、千名近いアクティブユーザが620万ポストも投稿している。botも含めると投稿数は700万を超えるという。
「先ほどサーバーワークスさんが、ドワンゴのカスタム絵文字が1700以上あるとおっしゃっていましたが、その情報はもう古いです。今では2346のカスタム絵文字が使われています(2016年5月27日現在)」(木下氏)
2006ものチャネルをどのように運用しているということで、その管理方法などに関心が集まるところだと思うが、同社内ではslackのチャネルやグループは必要に応じて好きなように新設していいというルールになっているそうだ。ただし作るのは自由だが削除についてはadminのみに権限が委ねられているとのこと。またSlackでの発言を編集できるのは、発信から1分以内に限定している。Slackで業務に関連する会話が行なわれることを考えて、記録として残すことを考えてのことだろう。
業務にslackを使うために役立つ話をさらりと済ませて、本日の本題であるカスタム絵文字の話に進む木下氏。
「当社でも、もっとも使われている絵文字を調べてみました。一番多く使われている絵文字をはアニメキャラであるティッピー。並んで空白の絵文字も同じくらいに多く使われていました。ドワンゴ社内には絵文字を組み合わせて遊ぶ文化があり、そこで多用されているためと思われます」(木下氏)
サーバーワークス社と同様にリアクションに絵文字が使われることが多く、一番多く使われているのは「いいね!」の絵文字だ。2位は宇宙人、3位は神、4位はニコニコマークと続く。仕事の会話に限ると、「承認」「不承認」「確認」「拝承」などの使用回数が多いという。
また、名物絵文字職人もいるようだ。3人の従業員が3割から4割の絵文字を作っているとのこと。1番多く作っている方は314個もの絵文字を作っている。カスタム絵文字が少なめな組織なら、これだけで総数を超えそうな勢いだ。
業務で使われる絵文字の例
「slackの楽しい部分、いわば“光”の部分をまずは紹介しました。しかし、光があるところには闇があります。今日はドワンゴのslackの、“闇”もお見せしようと思います」(木下氏)
必要な絵文字を自分たちで作り出すことで、より深く、よりわかりあえるコミュニケーションツールとしてslackを使おうというのが、カスタム絵文字の役割だ。しかしドワンゴでは恐ろしい使われ方が生み出されているという。
「ドワンゴでは、名物社員を絵文字で再現するという遊びがあります。さらに、既存のカスタム絵文字が回転する派生バージョンを作るという伝統もあります。これらが組み合わさると、名物社員は絵文字にされ回転させられ、slackに貼り付けて遊ばれます。結果として、ある名物社員を表す絵文字だけで250個以上登録されていたりします。一部の人たちの間では、絵文字は完全におもちゃになっています」(木下氏)
もはやコミュニケーションの補助にも何にもならない絵文字の使い方である。しかしドワンゴのslackに潜む本当の闇はこの程度ではない。絵文字だけではなくbotも多く作られ、slackを遊び場にしてしまう従業員たちによって混沌とした世界が生み出されているという。
「よく使われているのは、定型文botです。たとえば『おみくじ』と発言するとおみくじを引くことができます。またドミネーターbotというものもあり、その時の色相がわかります」(木下氏)
ドミネーターとは、アニメ「サイコパス」に登場するアイテムのこと。向けた人が犯罪を犯す潜在的な可能性を分析し、犯罪計数や心理的な色相として示してくれる。ドワンゴのslackには、色相を気にしなければならないような人物が闊歩しているというのだろうか。
「他にも、過去にはさまざまな“ヤバいヤツら”がslackに存在しました。中でもひどかったのは、『蟻地獄』というbotです。こいつが生息するチャンネルに一度Joinすると完全に抜け出せなくなります。誰かがLeftすると自動で再inviteされますし、archiveしても自動でunarchiveされるという、まさに蟻地獄でした」(木下氏)
その他、JavaScriptのコードを登録すると勝手に動いてくれる「bot天国」という名前の恐ろしい環境や、「つらい」と発言すると勝手に他人のアイコンを騙って「甘えんなカス」と罵るbotなどがこれまでに生み出されてきたという。さらには面白い発言をする人事担当者の発言を真似るbotが作られて本人と戦いを始めるなど、ドワンゴのslackの闇は深い。
「しかしこうしたslack使い倒しの技術から、便利な使い方も生まれています。中でも便利なのが、こちらのTogelackです。Twitterの発言をまとめるTogetterと同じように、slackの発言をまとめることができます」(木下氏)
さらにslackの発言編集機能をうまく使い、slack上でゲームを作るツワモノまで現れた。「slack as a game platform」を掲げ、絵文字を組み合わせて作られたパズルゲームや倉庫番なども作られている。
「しかし先に述べた通り、1分間しか編集できないため、ゲーム時間は最大で1分間。この制限の中で切磋琢磨しあっているひとたちがいます。そこで生まれた工夫は、そのうちGitHubなどで公開するかもしれません」(木下氏)
木下氏の発表の後は参加者の中から希望者5名がLTを行ない、絵文字の使い方に関するそれぞれの工夫が公開された。最後は、会場後方に広げられたビールとピザで懇親会も開催され、和気あいあいとした雰囲気の中で会は幕を閉じた。