そもそも出版文化は情報漏えいの賜物だった!?
元来、“情報”は人から人へと伝播するものである。従って、情報の漏えい問題は何もインターネットが普及した現代に特有の現象ではない。
「徒労」の比喩として有名なギリシア神話のシーシュポスは、神=ゼウスの逆鱗に触れ、谷底から巨石を山の頂上まで押し上げ、その岩が谷底に転げ落ちるとまた同じ作業を繰り返すという罰を永遠に課されたわけだが、彼がゼウスの反感を買った罪のひとつは、ゼウスが愛人にした人間の娘の行方をその父親に告げ口した(つまりチクった)ことによる。つまり、ゼウスが秘匿しておきたかった情報をシーシュポスは漏えいさせたのである。
出版文化の歴史を紐解いても、情報の漏えいが書物の繁栄に多大なる貢献をしていたことがわかる。グーテンベルクが活版印刷を発明したのは1455年、それから半世紀以上の時を経て、水の都・ヴェネツィアが一躍、出版文化の世界的な中心地となる。船舶による交通・物流の要衝という地の利、そしてガラス細工をはじめとする多数の職工の存在という要素が複合した結果だ。イタリアの編集者であるラウラ・レプリの著書「書物の夢、印刷の旅 -ルネサンス期出版文化の富と虚栄-」は、16世紀のヴェネツィアに興った出版という情報産業がいかに情報の漏えいに支えられた文化だったかを教えてくれる。
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出版産業が勃興した16世紀のヴェネツィアを舞台に、カスティリオーネの「宮廷人」が出版されまでの紆余曲折を描くノンフィクション。当時の書物を取り巻く状況をあたかも小説のように読める |
“おそらくはその殺人的なリズムのために――あるいは充分な収入を確保する困難に押しつぶされて職場が閉鎖されたために――、印刷機の職人たちは、つぎからつぎに入れ替わっていった。彼らはできれば他の印刷所に働き口を探し、見捨てられた印刷所で作業中だった情報をしばしば進んで流していた。
さらに、復讐心に動かされたりわずかな報酬を当てにして、仕上がったばかりの印刷物を一部かすめ取り、競争相手に渡すという事件もしばしばあった。”
つまり、競合乱立する印刷所の過当競争が職工たちによる情報の盗用や流出を引き起こし、結果として出版という新興産業をますます発展させたのである。
かくいうわれわれも、日常生活において誰かの不名誉な話や後ろ暗い話にそれなりの同情を示しつつ、ふとした拍子に「これ、絶対に誰にも言っちゃダメだよ」などと言い合ってあちこちに情報を漏えいさせている。
そもそも言葉は情報伝達のためのメディアであり、人から人へと情報がコピーされていくのは当然の成り行きなわけだから、原理的に考えても、情報をどこかに密閉管理しておくことはどだい無理な相談なのである。
(次ページでは、「情報の拡散と漏えいは紙一重」)
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