大企業の「リソース」とスタートアップ企業の「アイデア」が組み合わされば、日本発の面白い新規事業が生まれるかもしれない。そんなオープンイノベーションを支援する「コトの共創ラボ」が2015年4月に設立された。
規模と成長速度を両立させた事業創造を実現するため、大企業とスタートアップ企業の文化の差をいかに吸収するか。そんな課題に挑戦するコトの共創ラボ。その取り組みについて、運営事務局を担うゼロワンブースターに話を聞いた。
日本発のオープンイノベーション加速へ
ゼロワンブースターは「事業創造アクセラレーター」として、日本におけるオープンイノベーションを支援している。起業家に教育プログラムや出資も含め支援する「シードアクセラレーター」と、大企業とスタートアップ企業による共同事業開発を支援する「コーポレートアクセラレーター」が主な事業だ。
設立は2012年。代表取締役の鈴木規文氏はカルチュア・コンビニエンス・クラブ(CCC)を経てベンチャー立ち上げを経験。共同代表の合田ジョージ氏も東芝、村田製作所を経てベンチャーを立ち上げ、大企業とベンチャーの「双方の思いが理解できる」(鈴木氏)ところを立脚点としている。
特にコーポレートアクセラレーターは「日本ではまだ珍しい取り組み」(同氏)とのことで、同社が支援した「学研アクセラレーター」や「森永アクセラレーター」はそんな数少ない事例だ。
学研アクセラレーターでは、学研グループとベンチャー企業が足りないリソースを相互補完し、「教育」をキーワードに世界を見据えた革新的なビジネスを共創した。
アイデアはあっても早期実現力に欠ける起業家が、ビジネスプランを持ち寄り、2015年1月にピッチコンテストを開催。111件のアイデア応募があり、最終的に5件を選定され、選抜チームには学研やゼロワンブースターからメンタリングや経営資源・オフィス提供、投資などの支援が行われた。
教育市場では「信頼」が重要だ。その点、高いブランド力を持つ学研と起業家が手を組むことで、事業の成長スピードは加速。「学研グループの協力体制、トップのコミットメント、同じオフィスでのコミュニティ効果など、学研の積極的な姿勢もあり、大きな成果となった」と鈴木氏は語る。
NTT西日本×森永という異色のコラボも!
コトの共創ラボもこうした取り組みの延長線として、理念に共感した博報堂、NTT西日本、スカパーJSAT、ニフティによって発足された(新たに数社が参画検討中とのこと)。
コンセプトは「ビッグビジネスを最短距離で創出するためのプラットフォーム」と紹介されており、基本的な活動内容は「オープンイノベーションフェスティバル」。幹事企業が年1回のペースでさまざまなテーマを提示し、社内や社外からアイデアを集めるもので、その支援を行う。また、起業家の窓口業務を担当し、大企業と起業家の橋渡しも担当。シリアルアントレプレナー(いくつものベンチャー事業を次々と立ち上げる起業家)がキーワードで、そういう人から知見を学ぶセミナーなども開催しているという。
実績としては、NTT西日本主催のフェスティバルや、ニフティのストラテジアソン(StrategyとMarathonを合わせた造語。外部の人も交えてニフティの事業戦略を練った)を実施。また8月には、大阪にてNTT西日本×森永製菓という異色の組み合わせで合同ワークショップも開催した。
合同ワークショップは、NTT西日本研修センターを舞台に、NTT西日本の「IT・ネットワーク」と森永製菓の「お菓子」の組み合わせに、起業家の「アイデア」を融合して化学反応を狙ったもので、プロテインや小児薬の味の改善をはじめ、インバウンド(訪日外国人向け)や介護に関連するサービスなど、単にIT×お菓子という枠を超えたアイデアも飛び出したという。
こうした日本発のオープンイノベーションが幕開けしつつあるのだ。
大企業とベンチャーが共創するコツは?
一方で、大企業とスタートアップ企業の文化の差を吸収するのは、そう容易いことではないのも事実。そこがコトの共創ラボとしてのチャレンジとなる。
合田氏は「コーポレートアクセラレーターは言葉で言うほど簡単ではなく、大企業とベンチャーをうまく掛け合わせるには、まず大企業が変わる必要がある」と指摘。「オープンイノベーションに挑む大企業はもちろん、ベンチャーの事情なども考慮しながら取り組んでいる。ただ、日々の業務の進め方、社内の理解不足、あるいは保障の手厚い会社員という安泰さが、身1つでしのぎを削る企業家との間に、次第に齟齬(そご)を生むことも。その辺りの意識の違いは変えていく必要がある」と話す。
では、どのようにして変わるべきなのか。「明確な答えはなく、コトの競争ラボでも1件1件フルカスタマイズで企業を支援している」とのことだが、それでもいくつか重要なポイントがあるという。
まず重要となるのが、大企業の社内にあって社外との「触媒」となるべき人材――「カタリスト」の存在だ。「大企業内にいるイントレプレナー(社内起業家)が市場を創る」ためには、欠かせない存在という。
その条件は「外部リソースの活用によるオープンイノベーションができること」「体系的なイノベーションと、意思決定の簡素化」「失敗に寛容」などとされているが、日本の大企業は文化的に逆行している感も否めない。
ただ、学研や森永の例のように、どこにも「名もなき企業内のスーパースター」はいるもので、そうした人材を発掘・育成するのが、コトの共創ラボの1つのミッションになるという。
加えて「大企業同士のナレッジ共有」が求められる。合田氏によれば「イノベーションに関して日本の大企業が抱える悩みは案外似ている。共有すべきことは多いのに、横連携が進んでいないのが課題」という。社内で革新的な企画が立ち上がっても、まずリスクを考え、現状維持が選択されてしまう。企業勤めしている人なら誰もが、多かれ少なかれ思い当たるのではないだろうか。
ただ、そんな場合も、外部の意見はすんなり受け入れられることが多いという。「例えば、ニフティさんが外部の人も交えて事業戦略を練ったという話を聞けば、ウチも何かできるのではないかというマインドになりやすい」(同氏)。こうやって他社の取り組みが情報として共有できるようになれば、大企業によるオープンイノベーションも盛り上がっていくと考えられるわけだ。
コトの共創ラボは、そんな情報共有の場になろうとしている。「4社が参画したのには、自社で新しいことを始めたいという思いのほかに、こうした取り組みをそれぞれの業界に広めたいという狙いがあると思う。こうした取り組みは1社でがんばっても難しくて、業界全体で盛り上げる必要がある。博報堂、NTT西日本、スカパーJSAT、ニフティは業界でも大きな企業。その人脈を通じて、賛同企業を増やすための普及啓発を始めている」。
「コトの共創ラボは、そういった大企業にアドバイスをしたり、大企業と橋渡しする起業家の窓口を担いつつ、オープンイノベーションを進めたい企業が気軽に寄れる出島になりたい」(鈴木氏)。
日本もかつては革新を起こし続ける国だった。ところが1991年のバブル崩壊とその後の“失われた20年”のうちに、チャレンジ精神は冷え込んでしまった。日本公庫総研の『中小企業による「新事業戦略」の展開~実態と課題~』では、「中小企業の56.9%が10年間新規事業に取り組んでいない」とも報告されている。
ただ、確実に潮目は変わりつつある。「オープンイノベーションに取り組もうという大企業は増えていて、意識もかなり変わってきている。始めているところはもう始めている」と合田氏。また、かつてのように“Made in Japan”が世界を席巻する日はやってくるだろうか――。