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学校では教えてくれないIT業界 第1回

若手ITエンジニア採用現場での求職者と採用企業の溝とレイヤ構造

2014年05月27日 16時00分更新

文● 久松 剛(株式会社ネットマーケティング )

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本連載では、ビジネスと学術の狭間に注目した技術・人事採用に関するコラムを展開していきたいと思います。

第1回は人事採用の観点から、デジタルネイティブ時代におけるIT業界の構造と求職者・採用企業間のギャップについて取り上げたいと思います。近年の傾向として、新卒入社1年未満で方向性の不一致を理由とした転職活動を行う存在がいます。肌感覚として、若手中途採用の書類選考をする際の3分の1程度はこうした方々である印象です。入社前と入社後のギャップが大きいことはよくあることですし、転職を否定するつもりもないのですが、会社都合ではない1年未満の転職というのは職務履歴書のノイズと見えてしまうことは否めません。こうした入社前後のギャップはどの辺りにあるのでしょうか。

視点を新卒採用に移しましょう。学生と採用担当者を引き合わせる某イベントでは、20名中の半数に希望職種の混在がありました。「デザイナー」「コーダー」「プログラマ」「インフラ」「データ分析」の複数に○が付いているのです。ある求職者の方の自己紹介を例に見てみましょう。

 1) デザインが好きです
 2) 特にロゴデザインが好きです
 3) WEBデザインもやります
 4) 大学ではあるWEBシステムをLAMP環境で作りました
 5) 使いやすいと周りからもとても好評でした
 6) 現在はPCブラウザのみなのですが、将来的にはスマホブラウザ対応もしたいです
 7) こうしたこともあって将来はプログラマになりたいです

PHPやMySQLも触ることができるものの、WEBデザイナーかコーダー志望なのだろうというのが私の第一印象でした。よくよく掘り下げて質問をして行くと、5分が経過した頃にどうやらWEBプログラマになりたいらしいということが確認できました。以前の私のコラムでは大学卒プログラマの減少について取り上げたこともありますが(参考記事)、

『プログラマという枠で新卒を募集しているのに、書類を見るとデザイナー志望ばかり』

という現象が方々で起きているのです。機械的に応募書類を分けていくと、プログラマ志望者が極端に少なくなってしまいます。このような求職者・採用企業共に得のないミスマッチはどこで産まれるのかを、レイヤ構造をベースに割り当てた結果が下の図です。なお図中の「Layer8」というのは俗語であり、インターネットを利用するユーザーやユーザーを取り巻く環境を指します。図中では伝統的プログラマ・伝統的WEBプログラマ・デジタルネイティブと3つのタイプにプログラマを大別しました。

求職者・採用企業の溝とレイヤ構造

求職者・採用企業の溝とレイヤ構造

【伝統的プログラマ】
WEB2.0が叫ばれる2004年以前にIT業界を志した人たちが多く属します。インターネット以前のプログラマというのも存在しますが、話を簡潔にするためにここにまとめます。私の母校でもある慶應SFCにおけるプログラミング初級の授業では、当時C言語が入り口として据えられていました。

【伝統的WEBプログラマ】
PHP、Java、Ruby、Python、C#などWEB開発から初めた人たちです。慶應SFCでも、C言語から徐々にオブジェクト指向が叫ばれるようになり、プログラミング入門言語がC言語からJavaへと変遷した頃合いです。ソケット通信やTCP/IP、UNIX知識がやや弱い傾向が見られますが、JavaScriptやCSSに対するアレルギーは少ない人が多いのも特徴です。

特にSNSバブル以前、過激な伝統的プログラマは伝統的WEBプログラマに対し「C言語が書ければ何でも書ける」「PHPはスクリプト言語だろ? そんなのは後回しだ」と啖呵を切ったり、「30歳以下Windows禁止、BSDを使え」などと揶揄したりするシーンもありました。伝統的プログラマにWEBページを作成させるとtableタグが跳梁跋扈したり、そもそもテキストファイルで代替する男気すら散見されたりしましたが、SNSバブル以後はWEBプログラマに転籍したりインフラエンジニアになったりと何となく共存できているように思えます。


その一方で今回の話の中心である【デジタルネイティブタイプ】は、常時接続は当たり前、3G以降の高速携帯通信網があり、SNSがあり、世の中のアプリはだいたいhttp上で動作し、YouTubeやUSTREAM、ニコニコ動画といったリッチかつ安価な動画の送受信サービスがあり、スマートフォンがある程度出揃うなど、現在のIT業界を彩る主要なサービスや技術要素が登場した後のインターネットユーザーなのです。グラフィカルな環境が当たり前なので、プログラミング事始めの「Hello, World」に感動できない傾向にあります。慶應SFCのプログラミング入門授業では近年JavaScriptを採用しているそうです。また、インフラについてはクラウドや仮想環境が当たり前なので、オンプレミス環境用語は通じないこともあります。

冒頭に挙げたギャップは、プログラミングに関わっている途中からWEB2.0が叫ばれ始めた人たち(伝統的プログラマ)と、WEB2.0以降のインタラクティブなWEB開発から始めたところHTML5が登場した人たち(伝統的WEBプログラマ)に対し、既に一通りのフロントサイド技術やBtoCサービスが出揃っていた人たち(デジタルネイティブ)という違いなのです。

WEB開発の過渡期を目の当たりにすることで知識をレイヤ構造の下から積み上げることができたのか(伝統的プログラマ・伝統的WEBプログラマ)、1エンドユーザーとしてレイヤ構造を上から掘り下げて行く必要があるか(デジタルネイティブ)とも言い換えられるでしょう。最初から話がかみ合わないのはどちらが悪いというわけではなく自然の事象なのです。例えるならば電気・ガス・上下水道が具体的にどうやって家庭に届いているか想像しにくいのと同じように、アプリケーションやサービスを当たり前に使っているのだけど、実際にどう動いているのかは想像しにくいのです。

これを解決して円満な就職活動・転職活動・人事採用活動を行うには互いに歩み寄るしかありません。

採用する側の場合では、応募者が自社の求める方向性に合致するかどうかを機械的に切り分け、選考するという従来のやり方では若手プログラマを採用できない可能性が多分にあります。いっそ採用活動を異文化コミュニケーションだと捉え直し、書類ベースだけではなく、実際に会ってある程度の時間話をして方向性を突き合わせ、更には机を並べて数日間働く時間を分かち合い、お互いに適性を見る必要があると感じます。

応募する側であれば、世の中にあふれているWEBシステムの構成要素を理解してからエントリーするのが理想的です。残念ながら一般的な大学の授業や研究で体験できる事象と、会社で起きている事象は時間軸やクォリティなどの観点から大幅に開きがあるので、机上ではなく実際に会社を体験してみる機会をつくることを強くおすすめします(参考記事)。できる限り授業での座学ではなく、アルバイトなどで実際の開発現場を体験しておくと望ましいです。実際の開発の流れを知ることで求人票に書かれている職種に対するイメージの理解を進めたり、本当になりたいのはプログラマなのかデザイナーなのかを見極めたり、実際に丸一日かつ複数日作業をしてみてIT業界が実際に肌に合うかどうかを判断しておきましょう。

世代を超えた互いの思いやりとコミュニケーション時の工夫こそが、円滑なデジタルネイティブ時代の採用活動ではないでしょうか。そう遠くない将来、物心ついた頃にはスマホ・タブレットといったタッチデバイスがあった世代がやってきます。彼らが就職活動をする頃には、また興味深いやりとりが生まれることになるのでしょう。


筆者紹介──久松 剛


著者近影

株式会社ネットマーケティング システム開発本部 サービス開発部 Omiaiチームマネージャ。慶應義塾大学政策メディア研究科博士。2000年より村井 純環境情報学部教授に師事。在学時の専門は次世代インターネット、リアルタイムストリーミングなど。IT革命・事業仕分経験後に2012年6月より現職。AWSを用いたインフラエンジニアを中心にリスクマネジメント、BCP、エンジニア採用などを担当。



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