“本能的に欲しくなる”――そんなメッセージが込められた“W-ZERO3”シリーズの最新モデル『W-ZERO3 [es]』がいよいよ発売される。編集部では、W-ZERO3 [es]の開発に携わった(株)ウィルコムとシャープ(株)の担当者から、こだわりのキーボードに込められた思いなどを聞く機会を得た。
お話をうかがったウィルコム営業開発部企画マーケティンググループの須永康弘氏(左)とシャープ情報通信事業本部新携帯端末事業部の廣瀬泰治氏(左) |
“親指の届く範囲”がサイズ選択の決め手に
今回お話をうかがったウィルコムの須永氏とシャープの廣瀬氏はともに、初代W-ZERO3の商品企画を担当。PDAファン、PHSファン双方から熱烈な支持を集め、空前のヒット商品となったW-ZERO3シリーズを世に送り出したキーパーソンである。
W-ZERO3 [es]。ホワイトとブラックの2色が用意されている |
ウィルコムでは、W-ZERO3 [es]を“京ぽん”(WX310K)のようなフルブラウザー搭載音声端末と、W-ZERO3の間を埋める製品と位置づけている。特徴は、ストレートタイプの音声端末に近い“一目で電話機と分かるデザイン”だ。W-ZERO3の主要フィーチャーは、ほぼ丸ごと残しつつ、片手で扱えるテンキーの搭載も行なった。本体の質感も一新。布地を思わせる細かいモールドで表面を覆い、マット塗装によるソフトな手触り感も実現した。
従来機と新機種を比較しながら説明する廣瀬氏(W-ZERO3も上位機として併売される) |
サイズはW-ZERO3より横幅が14mm、厚さが5mm削減されている。これなら背広の胸ポケットにも気軽に滑り込ませられだろう。このサイズに決めた理由として廣瀬氏は下記のように語る。
ただし、幅56×奥行き21×高さ135mmというサイズは、一般的なストレート端末と比較するとかなり大型である。液晶パネルはW-ZERO3の3.7インチから2.8インチへと小型化しているが、Windows Mobile搭載として、これより小さなサイズのパネルは選択しにくい面があった。
サイズ(特に薄さ)を重視するのであれば、テンキーの部分に幅の狭いQWERTYキーボードを搭載するという選択もあったのではないか。海外のスマートフォンでは、『Blackberry』や『Treo』などの例があり、シャープも過去のザウルス(MI-E1など)でこのタイプのキーボードに取り組んでいる。しかし、今回の製品ではまず最初にテンキーを意識し、それにW-ZERO3のアイデンティティーであるQWERTYキーボードも搭載するというアプローチが採用された。
そう廣瀬氏は話す。
シャープのノウハウが凝縮されたキーボード
ケータイ的なテンキーとタッチパネルの相性は実に良かった |
実機に触れてまず感じたのは、十字キーとアプリケーションボタン、タッチパネルを中心とした操作の快適さだ。Windows Mobileでは、GUIの性格上、どうしても画面タップが必要になるが、例えばWindowsキーからメニューを呼び出し、アプリケーションや各種設定アイコンを親指でタップするといった一連の流れを端末の持ち替えなしにスムーズに行なえるのは、従来機にはない魅力だろう。
もちろんキーの打ち心地に関しても細心の注意が払われている。テンキーのサイドには広めの余白が設けられているが、これはキートップが広すぎると逆に打ちにくくなってしまうためだという。
また、テンキーを斜めから見ると、キートップの中心がなだらかに隆起し、全体として波のような曲線が描かれていることに気付く。これは小さなサイズで、効率良く文字を入力するための工夫だ。キーのストローク自体はやや浅めだが、タッチは軽く、心地よいフィーリングである。
小さなサイズでも打ちやすくするため、テンキーのキートップは波状とした(左)。背面から見ると独特の質感があり、布製の小物のようにも見える(右) |
本体の幅(横向きに構えた際の奥行き)が狭まったため、スライド型のQWERTYキーボードも新規に設計されている。もちろんその打ち心地にもこだわった。
横出しのフルキーボードも健在だ |
W-ZERO3 [es]とW-ZERO3を比較すると、キーの高さは若干低くなった。キートップの質感もマットで滑りにくくなっており、指先になじむ。こういった細かい配慮も注目したい。キートップと液晶部分が擦れないように、スライドキーボードは完全に平行ではなく、若干斜めにスライドする。この機構に関しても、磁石を利用してかっちりと止める仕組みを採用するなど、ノウハウがある部分だという。
推測変換に対応した『ATOK』をプレインストールするため、テキストも少ない打鍵数で効率よく入力できる。動作も遅延がなく、高速だ。W-ZERO3 [es]はCPUにXScale PXA270-416MHzを採用するなど、基本仕様はW-ZERO3と同等だが、体感的なレスポンスが向上している印象がある。これは従来個別に提供されていたフラッシュメモリーとDRAMを1チップに積層したためだという。
文字入力を快適にするもうひとつの立役者『ATOK』 |
欲しくさせる本能とは?
――と話すのは、ウィルコムの須永氏だ。
新しさを直感的に感じ取って欲しいと須永氏 |
W-ZERO3 [es]の、“es”(エス)とはドイツの心理学者ジークムント・フロイトが使った心理学用語だ。フロイトは人間の心を3つに分け、そのうちの「~したい」という欲求の源泉を“Es”(それ)と呼んだ。W-ZERO3 [es]のネーミングも、もちろんそれを踏まえている。筆者はこの製品名を聞いた当初、少々スノッブな響きを感じて、あまり好きになれなかったのだが、現在では名は体を現すというか、製品の特徴をうまく示したネーミングではないかと考え直している。
W-ZERO3 [es]で喚起したいのは、もちろん“こういうものが欲しかった”あるいはもっと直接的な“物欲”なのだろう。しかし、実機に触れ、開発者の説明を聞いた筆者は、多くのマニアがW-ZERO3に抱いたのとは違う感情をこの製品に抱くのではないかと考えている。つまり、初代W-ZERO3のようなマニアの心をぐっと掴んで離さない“物欲直結型プロダクト”というよりは、もっと深くてさりげない意味での気持ち良さ──親指一本で気軽に操作できる快適さや、手になじむ質感の心地よさなど──を提供する製品ではないだろうか。そしてその快適さが集約されているのが、細かな配慮が行き届いたテンキーであり、ATOKなどを通じて提供される日本語入力環境だと思うのだ。
これだけの機能を搭載した製品でありながら、3万円を切るというのも魅力のひとつだ。その意味では、名前こそ“Es”だが、それをコントロールする心の中の理性的で合理的な部分(フロイトの言葉で言えば“Ego”)で判断しても、欲しくなる製品と言えるだろう。いずれにしても、W-ZERO3 [es]の魅力は使ってみたときの快適さ、心地よさにあるのは確かだ。デジタル機器を通じて、ある種の開放や心地よさを得たいと考えている人は、まずは店頭で、その感覚を体験してほしい。