東京都知事選挙が荒れている。2024年6月20日に告示された都知事選には、過去最多の56人が立候補し、7月7日に投開票される。今回の都知事選で、とくに目立つのは選挙ポスターをめぐる騒動だ。
6月21日のNHKの報道によれば、ある立候補者はほぼ裸の女性のポスターを掲示場に張り出し、都の迷惑防止条例に違反する可能性があるとして、警視庁から警告を受けた。立候補者側は、自主的にこのポスターをはがしたという。
この他にも、ほぼ裸の男性の写真や、犬や猫の写真を張り出している写真を張り出した事例もあるようだ。こうした、選挙の勝ち負けとは直接関係がなさそうなポスターが続出している理由はおもに、政治団体「NHKから国民を守る党」が仕掛けた、「ポスター掲示場をジャックせよ」という動きによるものだ。
同党のウェブサイトによれば、同党に2万5千円を寄付すると、都内の選挙ポスターの掲示場のうち1ヵ所に、自分でつくったポスターを24枚貼ることができる。6月21日の東京新聞の記事によれば、1000~1500ヵ所の掲示場にポスターを貼る権利を「売却」したという。
これまで、日本のあらゆる選挙では、立候補者の顔写真と名前、政策やスローガンなどが掲載されたポスターが張り出されてきた。しかし、今回の「掲示場ジャック」は、こうした固定観念をくつがえす動きだ。林芳正官房長官は21日の記者会見で、ポスターの掲示場は「候補者以外が使用できるものではない」という政府の見解を明らかにしている。
都知事選には毎度、注目が集まる
東京都の人口は約1413万人(4月1日現在)、有権者数は約1153万人にのぼる。2024年度の東京都の一般会計当初予算は8兆円を超える。知事が持つ権限や予算規模は大きく、東京都の政策が国全体の与える影響力が高いことから、メディアの注目度も高い。これまでにも、とてもキャラの立った、多くの人が立候補する選挙として記憶されてきた。
選挙の勝ち負けそのものは、主要な国政政党が支援する立候補者や、知名度の高い立候補者数人に絞られるが、これだけ注目度の高い選挙において、自らの知名度を高めることを目的として、立候補する人はかなりの割合にのぼるだろう。
各政党も、当選の可能性がほとんどないとしても、「党勢拡大」を目指して立候補者を擁立することがある。政党や政治団体は、1人の立候補者を支援するのが合理的なはずだが、「NHKから国民を守る党」は24人の立候補者を擁立した。東京都選挙管理委員会が発行する選挙公報を確認すると、立候補者を紹介するスペースには立花孝志党首の名前が大きく書かれている。同党が24人を擁立した狙いは、冒頭で触れた「掲示場ジャック」が主な狙いだが、たとえ悪名であっても、24人擁立は党や党首の知名度を高めるうえでも効果がありそうだ。
PRツールとしての選挙
都知事選に立候補するには、少なくとも、300万円の供託金を用意する必要がある。立候補者の得票数が有効投票数の1割未満だった場合、供託金は没収される。今回、過去最多の56人が立候補しているため、選挙後に都が没収する供託金が1億円を超える可能性があると指摘する報道もある。
一方で、立候補すれば、都内全体で1万4000ヵ所を超える掲示場にポスターを張り出すことができる。もっとも1万4000枚を超えるポスターを用意し、すべての掲示場にポスターを張るには、それなりの組織力と資金力が必要になる。今回、ポスターが張られていない掲示場の区画が目につくが、資金力と組織力が十分でない立候補者が一定数いるということを示している。
さらに、NHK、NHKラジオ、MXテレビ、TBSラジオで放送される政見放送にも出演できる。政見放送で過激なパフォーマンスを繰り広げる立候補者が、たびたびネットニュースになるが、政見放送は立候補者の負担ではなく、東京都選挙管理委員会側の予算で放送される。
さらに、紙の選挙公報も、各有権者の自宅のポストに配布される。選挙公報も選管側の予算で制作され、配布されるものだ。立候補者の言動は、ポジティブかネガティブかを問わず、注目を集めれば、新聞やテレビ、ネットニュースに取り上げられることもある。
公職選挙法で、立候補者に手厚いPRの機会が用意されているのは、金のかからない選挙を実現するためだと理解されている。しかし、こうした公選法の理念をうまく利用し、あるいは逆手に取って、自分たちのPRに利用する立候補者や政党、政治団体が存在するのも事実だ。
YouTubeをはじめとしたSNSで注目が集まれば、動画配信による収益や視聴者からの投げ銭で、利益が得られる可能性もある。300万円の供託金で有権者1153万人にリーチできると考えた場合、その費用はむしろ、安いのかもしれない。
落ち着いて考えたい
都知事選のポスター掲示場をめぐるニュースを見ていると、完全にカオスだとしか思えない。しかし、ここは少し落ち着いて考えてみたい。
この連載の記事
- 第314回 SNSの“ウソ”選挙結果に影響か 公選法改正議論が本格化へ
- 第313回 アマゾンに公取委が“ガサ入れ” 調査の進め方に大きな変化
- 第312回 豪州で16歳未満のSNS禁止 ザル法かもしれないが…
- 第311回 政府、次世代電池に1778億円 「全固体」実現性には疑問も
- 第310回 先端半導体、政府がさらに10兆円。大博打の勝算は
- 第309回 トランプ2.0で、AIブームに拍車?
- 第308回 自動運転:トヨタとNTTが本格協業、日本はゆっくりした動き
- 第307回 総選挙で“ベンチャー政党”が躍進 ネット戦略奏功
- 第306回 IT大手の原発投資相次ぐ AIで電力需要が爆増
- 第305回 AndroidでMicrosoftストアが使えるように? “グーグル分割”の現実味
- この連載の一覧へ