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短すぎる移行期間、バラバラすぎるシステム、コスト増、文字コードなど問題山積

「全国的に大変な状況になっています」 盛岡のSIerが見た自治体システム標準化のリアル

2025年12月18日 09時00分更新

文● 大谷イビサ 編集●ASCII

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 「部下は今日も作業中。なにかあれば電話来ます(笑)」と語るのは、自治体システムの標準化に取り組む盛岡のインテグレーターであるアイシーエスの齊藤徹氏。ユーザーコミュニティイベント「東北IT物産展」に登壇した齊藤氏は、そんな自治体システム標準化、ガバメントクラウドの課題と現状について赤裸々に語ってくれた。

アイシーエス 公共開発製造グループ、自治体DX推進プロジェクトチーム 齊藤徹氏

自治体のシステム標準化は今日も作業中 「なにかあれば電話かかってくる」

 「東北IT物産展」は、東北発ITをアピールするユーザーコミュニティイベントで、今年は岩手県の盛岡市で開催された。今回登壇したアイシーエスは岩手県盛岡市に本社を置くいわゆる地場のシステムインテグレーター。今回登壇した齊藤徹氏は、公共開発製造グループと自治体DX推進プロジェクトチームに所属し、ガバメントクラウドの構築を支援している。まずは日本中で大変なことになっているシステム標準化とガバメントクラウドについて概説する。

 一言でガバメントクラウドと言っても、いくつかの要件がある。おおざっぱに言うと「全国の自治体基幹システムの標準化する」までが法定義務で、「標準化したシステムをガバメントクラウドで稼働させる」まで努力義務。さらに、2025年度末までの5年間でやりきらなければならない。「こうして私が講演している間も、部下はとある自治体で移行作業を進めています。なにかあれば、電話きます(笑)」とのことで、とにかく時間がないのが問題だという。

システムの標準化とガバメントクラウドへの移行を2025年度末までに

 一言で「自治体」といっても、地方自治法では都道府県・市町村を含む「普通地方公共団体」と特別区(東京23区)と地方公共団体の組合や財産区など「特別地方公共団体」に分けられる。今回は普通地方公共団体を自治体と称しており、東北で言うと「指定都市(政令市)」が仙台市、「中核市」が県庁所在地といわき市、郡山市、八戸市でその他が一般市町村になる。

 ご存じの通り、こうした自治体は住民生活に密接に関わる重要な業務を担っている。たとえば、住民票・戸籍事務、国民健康保険、介護保険、生活保護、児童手当、乳幼児の医療助成、後期高齢者の医療制度関連手続き、埋葬や火葬の許可など、まさにゆりかごから墓場までの「住民生活」が挙げられる。

 また、道路や上下水道、橋梁などの建設管理、ゴミ処理、公園・緑地の整備などを含む「都市・インフラ」、図書館や小中学校の運営などの「教育・文化」、消防・救急活動、消防関連組織の設置と管理などを行なう「防災・防犯・消防」、産業振興や地域振興、その他選挙事務や地方税の徴収まで業務は多岐に及ぶ。問題なのは、これらの業務のために自治体ではそれぞれ独自のシステムが存在していたことだ。

幅広い自治体の業務にそれぞれのシステムが存在する

 そして、これらのシステムのうち絶対止められないのが、いわゆる基幹システムになる。自治体における基幹システムは自治体自体を運営するためのシステムと住民サービス業務をカバーするシステムの大きく2つに大別され、前者が人事・給与システム、予算編成・執行のための財務会計システム、後者が住民基本台帳システム、税務システム、福祉関連システムなどになる。今回のテーマは後者の住民サービス業務のシステムが該当する。

「国家規模のシステム引っ越し作業」を5年間で

 さて、冒頭に述べた基幹システムの標準化とは、この住民サービス業務のシステムを、「国が定めた統一的な基準に合わせる取り組み」を指す。標準化は「地方公共団体情報システムの標準化に関する法律(標準化法)」に基づいた法令義務となっている。狙いとしては、自治体間でバラバラだったデータ連携、個別でのシステム開発・保守を解消し、自治体職員の人手不足で苦労しているシステム調達や運用を楽にすることが挙げられる。また、災害時のバックアップやデータ復旧を高度化するのも、災害大国の日本では大きなテーマだという。

 標準化の対象となるのは自治体での共通性と統一的な業務の適合性が高く、住民の利便性や効率化が進むとみられる20の業務。住民基本台帳関連、税関連、保険・福祉関連、児童・子育て関連、戸籍関連のほか、印鑑登録や生活ほど、健康管理、就学なども20業務に含まれるという。

自治体システム標準化の目的

対象は共通性の高い20業務

 ここまでの内容をかいつまんで考えると、自治体システム標準化とは、全国で約1800ある都道府県、市区町村、事務組合などにある約3万5000のシステムを、全国のベンダーが5年間で移行するという「国家規模の引っ越し作業」と言える。ただ、「1業務=1システム」は全体で見れば少数派で、アイシーエスのように複数の業務をまとめたパッケージを利用するのが一般的。自治体側も、情シスにあたる電算部門が一括でシステムを調達するパターンと、各業務部門(現課)が独自の予算を持ってシステムを調達するパターンがある。

 「いろんな組み合わせがあり、全国1800の団体で同じパターンはほぼないと思います。それぞれで調整しながら、全国でシステム標準化をがんばっています」と齊藤氏は語る。ちなみにアイシーエスのパッケージも、20業務すべては網羅していないため、他社から必要なパッケージを購入し、導入している。もちろん、複数の業者がシステムを構築していることも多いため、こちらも団体ごとでバラバラというのが現状だという。

全国1800団体、3万5000のシステムを引っ越す作業

 コンピューティング環境に関しては、従来は庁舎でのオンプレミスがほとんどで、汎用機という自治体もあった。ただ、ベンダーのデータセンターにあるクラウドやサーバーにハウジングするパターンも増えており、東日本大震災があった東北地方は災害対策のためにハウジング環境の利用が進んでいるとのこと。実際、アイシーエスの顧客の自治体はほとんどこのパターンで、内陸部にあるデータセンターにサーバーをホストしているという。

ガバメントクラウドは外資偏重 9割はAWS採用

 さて、システム標準化についての説明の次は、ガバメントクラウドについてだ。ガバメントクラウドとは、政府共通のクラウド利用環境を指しており、各自治体はデジタル庁がセキュリティや機能面での要件を満たすと認定したクラウド事業者(CSP:Cloud Service Provider)を採用することになる。

 現在は、日本にデータセンターがあるとか、国内の法律に従うといった複数の要件を満たしたAWSやGoogle Cloud、Microsoft Azure、Oracle Cloud InfrastructureなどがCSPとして認定されている。また、条件付きで日本のさくらインターネットが唯一の国内事業者として採用されている。デジタル庁が目指すマネージドサービスをフル活用したSaaSのために必要な機能がIaaS前提のさくらインターネットには欠けているため、現在は機能追加を進めているところだ。

 ただ、現状ガバメントクラウドで採用されているのは9割がAWSで、事実上の標準インフラとなっている。「パブリッククラウドの代名詞でノウハウが蓄積されており、エンジニアのレベルも高いのでサポートもよい」とのことで、アイシーエスもAWSを用いたガバメントクラウドの構築を行なっているという。

ガバメントクラウドのCSPはすべて外資系事業者で、さくらインターネットのみ条件付きで採用

 既存のパブリッククラウドとガバメントクラウドはまず調達形態が異なる。CSPとの契約の主体はデジタル庁で、各自治体はデジタル庁からアカウントが払い出される。また、各自治体向けには必須テンプレートが用意されており、デジタル庁によるガバナンスが効くようになっているという。

 ガバメントクラウドでは利用できるデータセンターは国内のみ(AWSの場合、東京リージョンと大阪リージョン)で、ネットワークも国内に閉じた閉域ネットワークが必須。地方公共団体を相互接続するLGWAN(総合行政ネットワーク)を経由して、ガバメントクラウドに接続するサービスも利用できるようになっている。

 以前から自治体向けのサービスを展開していたアイシーエスだが、従来はシステムをパブリッククラウド上で動かすという発想自体がなかった。しかし、盛岡市とともにデジタル庁の先行事業に応募し、さまざまな検証を行ない、パブリッククラウドの知見を深めた結果、東北で唯一ガバメントクラウドの構築が可能な事業者として認定された。「国の予算でクラウドを仕事として学ぶことができた」と齊藤氏は語る。

デジタル庁の先行事業でクラウドの知見を得る

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