取材対応実績1万件超の“伝説の広報”。発達特性のある家族の存在が後押しとなり、起業の道へ
株式会社Wo-one代表の犬飼奈津子さんは、ジェイアール名古屋タカシマヤで15年間広報を担当し、バレンタイン催事では30億円の売上に貢献。「伝説の広報」と呼ばれた実績を持つ。だが、人事異動をきっかけに立ち止まり、43歳で起業を選んだ。その決断の裏側には、広報という仕事への誇りと、発達特性のある息子を育てる母としての想いがあった。「安定」よりも「自分らしい生き方」を選んだ犬飼さんのライフシフトの軌跡とは。
バレンタイン催事「アムール・デュ・ショコラ」で30億円の売上に貢献
名古屋市出身の犬飼さんは、新卒でジェイアール名古屋タカシマヤへ5期生として入社。立ち上げ期の勢いある環境でランジェリー売場を担当し、「日本一を目指す」と奮闘した。
「売場担当者としてメディア出演も経験し、その後は催事担当になりました。仕事は楽しかった一方で、頑張りすぎてうつ病の診断を受け、休職。そこで働き方を見直すきっかけを得ました。会社が私のキャリアを長期的な視点で考えてくれ、広報の道へ。これが、天職との出合いでした」
広報の知識ゼロからのスタートだったが、「日本一露出する百貨店」を目指し、テレビ500件、新聞400件、ウェブメディア等を入れると年間2000件を超える露出を達成するまでになった。
広報として経験を重ねる中で、特に力を入れたのがバレンタイン催事「アムール・デュ・ショコラ」。バイヤーらとともに、メディアの呼び込みやSNSでの発信に挑戦。結果、30億円の売上に貢献し、日経新聞では「伝説の広報」と称された。 しかし、気づけば広報として15年が経過し、犬飼さんに異動の話が持ち上がる。
「アムール・デュ・ショコラにご参画いただいたシェフの方々から『メディアに取り上げられたことで見える景色が変わり、ステージが上がった』と感謝の言葉をいただいたことがありました。広報の仕事によって、人や企業のステージをここまで変えられるのかと実感したとき、会社からは管理職を目指して欲しいと期待されていることを理解してはいましたが、やはり広報を続けたいという気持ちがいっそう強くなりました」
43歳で起業。発達特性のある息子が気づかせてくれた「親としてのありたい姿」
独立への決意をさらに強めたのは、息子の存在だった。
「長女はあまり手がかからなかったのですが、現在6年生の息子は、幼少期に発達特性があることがわかり、集団生活に馴染むことが難しい時期がありました。私のせいなのではと自分を責めてしまった時期もありましたが、診断がついてからは特性のある子の子育てについて学びました。そんな時に出会ったのが『エジソンの母』のエピソードです。 学校から問題児扱いされていたエジソンの才能を信じ、彼にふさわしい環境を与えたことで天才発明家になった。その話を知ってからは、『みんなと同じでなくてもいい。自分の“好き”を見つけて、それを一生懸命にやりなさい』と息子に伝えるようになりました。そして母として息子の道しるべになろうと誓いました。その頃から自分自身の生き方を振り返るようになったんです」
3姉妹の長女として商売人の両親に頼られ、大人からの期待に応え続けてきた犬飼さん。気づけば「会社の期待に応えること」が自分の幸せだと信じ込んでいた。
「『周囲からの期待に応えるだけの人生で、息子に胸を張れるのか』という違和感が芽生えました。広報という“自分の好きな仕事”を通して社会に貢献することこそ、子どもに見せたい親としての姿なのではないかと思ったのです」
退職を考え始めてから5年。会社に引き止められ、一度は退職を諦めたこともあった。それでも自分と向き合う時間を重ね、自分にとっての幸せとは何かを問い続けた。
「息子を照らし導く太陽のような存在になる」。
そう決意した犬飼さんは、43歳で起業に踏み出した。
起業直後に精神困憊。救ってくれたのは息子の言葉
退職後は、個人事業主として焦らず仕事を進め、事業が軌道に乗ったら法人化をと考えていた犬飼さん。家族との時間を大切にしたいと考えていたが、現実は真逆だった。取引先へ退職の挨拶をすると、講座、研修、顧問契約など広報を軸とした仕事の依頼が次々と舞い込んだ。
「こんなにも早くお仕事をいただけるとは思っていませんでした。知人からのアドバイスを受け、法人化を決意。手続きやホームページ制作にも追われました。一方で、その頃息子は小学校中学年。放課後の居場所について、本人も私も悩んでいました」
退職後、一斉に案件が動き出したが、大企業にいた頃とは違い、パソコンのトラブルから事務作業まで、すべて自分で対応しなければならず、精神的に追い込まれることもあった。
「会社員時代から『ママが一番大切なのはあなたたち。仕事をやめてほしいと思ったらいつでも辞める』と子どもたちには伝えてきました。独立後はさらに忙しくなり、寂しい思いをさせていないか不安になったとき、息子がこう言ってくれました。『きっと今はそういう時期なんだよ。慣れてくればそのうち大丈夫になるよ』 仕事の代わりはいくらでもいるけれど、この子たちの母親は私以外誰もいない。そこは、ぶれてはいけない。ただ、そんな言葉をかけてくれる子どもたちが、働く私を応援し続けてくれていると思うと、どうにか踏ん張って乗り越えることができました」
2023年創業の株式会社Wo-one(ウーワン)の設立日は、娘の誕生日に決めた。話し合いを重ね、家族一丸となって作り上げた会社だと犬飼さんは語る。
幸せは年商では測れない。見るべきは他人ではなく、自分
起業から2年たった現在、株式会社Wo-oneでは企業の広報体制づくりや広報人材の育成を支援している。講演依頼も相次ぎ、直近3か月で15回の登壇を行った。
「起業時に事業計画書を作り、夫に『目標の売上になったら一緒に仕事をしよう』と話をしました。無事に達成できたので、夫は退職し、会社を手伝ってくれることになりました。それは、もし息子が社会に出て適応できなかった場合に、働ける場所を用意するためです。もちろん、実際に継がなくてもいい。将来の不安を少しでも取り除きたいという、親のエゴかもしれません。 ただ、息子の存在が今回の起業のきっかけであり、息子を授からなければ、私は今も安定した出世コースを歩むことが幸せだと思っていたかもしれません。息子の道しるべになりたいと願っていましたが、今となっては息子こそが私の道しるべです。 また夫の存在があるからこそ、新規事業にも挑戦できるかもしれない。そう思うと、子どもたちに残せるものを増やし、子どもたちの未来を形づくっていける会社にしていきたいと考えています」
起業を機に、自身と家族に向き合い続けてきた犬飼さん。ライフシフトに悩む読者へ伝えたいこととは。
「後悔しないキャリアを選ぶために、自分を知り、自分の譲れない価値観や心の声を信じて、自分の軸を持つことを大切にしていただきたいなと思っています。私自身、他人と比べて落ち込むこともありましたが、見るべきは他人ではなく、自分。自分にとっての大切な価値観を深掘りした時、幸せは年商では測れないと気づかされました。 『私はこういう人間です。だから、こういう生き方をします』という自分だけの軸を見つけられると、バカにされても、自分が納得できるように生きる軸を持てる。そして自分の人生の舵を切り、その結果、本当の意味で幸せになれると信じています。 私にそれを教えてくれたのは息子です。彼に心から感謝しています」
2025年8月に出版した『Passion Relations 真・広報PR術』(KADOKAWA)。広報という仕事の本質を捉える一冊として好評を得ている。
Profile:犬飼奈津子
いぬかい・なつこ/株式会社Wo-one 代表取締役/PRデザイナー ジェイアール名古屋タカシマヤで「日本一露出する百貨店」を目標に15年間広報を担当。バレンタイン催事「アムール・デュ・ショコラ」では多数のメディア露出を通じて30億円の売上に貢献。2023年6月に独立起業し株式会社Wo-oneを設立。企業の広報内製化や広報担当者の育成を支援している。2025年8月には『Passion Relations 真・広報PR術』(KADOKAWA)を出版。
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