産総研の最先端研究施設「MPIプラットフォーム」に潜入
世界にわずか数台!! 原子1つまでハッキリ見える透過型電子顕微鏡ほか、産総研先端設備を一挙紹介
2025年03月13日 13時00分更新
国立研究開発法人 産業技術総合研究所(以下、産総研)が展開する若手研究人材育成事業「覚醒プロジェクト」は、その研究参加者を対象とした取り組みの一環として、産総研が全国3カ所に設置している研究施設「MPIプラットフォーム」のうち、広島県東広島市にある中国センターの見学会を開催した。
覚醒プロジェクトは、産総研による若手ディープテック研究人材を支援する取り組みである。2024年度はAI、生命工学、材料工学、量子の4分野から24名の研究実施者を選出。それぞれの研究テーマに基づいて、約1年間、研究開発を進める。これを支援するために、各分野で実績/経験豊富な研究者がプロジェクトマネージャーとして伴走するほか、300万円の研究費の支給、そしてABCIやこのMPIプラットフォームといった産総研のさまざまな設備が利用できる。
今回の見学会は、覚醒プロジェクトの研究実施者に、産総研の設備についての理解を深めてもらうことを目的として実施した。
材料をデータ化して「共通の言語」を生み出す
国立の研究機関である産総研は、科学技術を基盤としたイノベーションによる、社会課題の解決と産業競争力の強化をミッションに掲げている。このミッションを達成するために、産官学を巻き込んだオープンイノベーションによるエコシステムの構築を目指している。
そういった産総研の材料開発に関する拠点として、全国3カ所に設置されたのが、「マテリアル・プロセスイノベーション(MPI)プラットフォーム」だ。今回訪れた中国センターは有機・バイオ材料の研究拠点であり、つくばセンターは先進触媒、中部センターはセラミックス・合金の研究拠点と、マテリアルごとに拠点が分かれている。
中国センターのMPIプラットフォームの中核をなす技術が「材料診断技術」である。産総研中国センター所長(機能化学研究部門長 兼務) 佐藤浩昭氏によると、材料診断技術はいわば「材料のお医者さん」だという。医療における診断は、診察やさまざまな検査で身体の不具合を把握し、その回復を目指すのに対して、材料における診断は、企業が抱える材料に関する課題を、技術相談や分析・評価を経て把握して、プロセスの改善や品質向上等を目指すものだ。
自動車部材のサプライチェーンを例に挙げると、素材メーカーと中間部材メーカー、セットメーカーは、それぞれが化学特性、材料物性、製品特性についての評価を行う。扱う特性と評価が異なるために議論が噛み合わないことがあり、情報も共有しにくいことから、その擦り合わせに無理や無駄が生じやすいという課題がある。このため、産総研では所有する豊富な装置群によって材料を“データ化”することで「共通の言語」を生み出し、課題解決を図っている。「分からなかったことが分かるようになることで、材料に新しい価値を生み出す」(佐藤氏)のが、産総研の役割となる。
製造から特性評価まで一気通貫で実施可能な装置群
MPIプラットフォーム・中国センターの、高度な材料診断を可能にする装置を見ていこう。中国センターは製造プロセス装置群を10種、分析・解析装置を120種以上保有している。材料の製造から特性評価までを一気通貫で実施できるのが特徴で、短いスパンで試行錯誤して、より良い材料開発ができる環境が整えられている。
ただし、単に設備を並べているだけではない。研究グループ長 渡邊宏臣氏によると、「装置は導入するだけではなく使いこなすことが重要。装置があれば誰でも測れるわけではなく、装置の分析・解析技術の高度化も行っている」という。
保有する製造プロセス装置群のうち、4軸混練押出機「WDR15QD-30MG-NH」(テクノベル)は、各種ナノフィラー(粒子状充填剤)と樹脂との複合材料の試作ができる装置だ。高温に耐える近赤外プローブ(探針)が設置されており、材料がどのような状態にあるかをモニタリングしながら混練が可能だ。得られたデータをAIや機械学習で解析することによって、今までは人間の経験と勘に頼っていた混練作業を最適化することも目指しているという。
ゴム関連の製造プロセス装置も、複数設置されている。ゴム製品は、原料となるゴムに10種類以上の添加剤・配合剤を混ぜ込んで製品となるが、加圧型ニーダー「WDS2.5-20MWB-E」(日本スピンドル製造)は原料ゴムに各種配合剤を混練する装置で、オープン2本ロール「φ8×L20 両無段ロール+MKブレーキ」(関西ロール)は架橋剤(化学反応によってゴムの分子鎖間を橋かけする物質)のような高温を嫌う配合剤を混合する装置だ。作られたゴムは、振動式加硫発泡試験機「RLR-4」(東洋精機製作所)によって、最適な成形条件を評価した後、熱プレス成形することでゴムの強度を上げる。中国センターには、このように製造から評価までを一気通貫で実施できる装置群がそろっている。
適材適所で使われる分析・解析装置
分析・解析装置で特に目を引くのは、原子分解能分析電子顕微鏡「JEM-ARM200F」(日本電子)だ。ゴムや樹脂材料などのソフトマテリアルの観察・分析に特化した透過型電子顕微鏡(TEM)で、電子線ダメージの少ない低加速電圧でも、ナノスケールの構造観察ができる。世界でも数台しかない装置構成になっていて、原子1つ1つが非常にクリアに見えるほどの分解能の高さに、見学者からは驚きの声が上がっていた。そして、TEM本体の存在感はもちろん、外乱の影響をキャンセルするように専用設計された部屋自体にも驚嘆の声が聞かれた。
ナノスケール赤外顕微鏡「nanoIR3」(Bruker)は、原子間力顕微鏡(AFM)と赤外レーザー(IR)を組み合わせた統合ナノ解析装置。リサイクル材など異物が混ざった材料にIRを照射して、熱で膨張する部分をナノスケールの針で観察することができる。そして中国センターでは、観察に使う針をさらに細くすることで分解能を高める研究を進めている。
薄膜切削解析装置「SAICAS EN」(ダイプラ・ウィンテス)はひと言でいうと超高性能な鉋(かんな)だ。分析したい材料の界面の「面だし」あるいは「薄片の切り出し」をミクロン単位で行う装置で、例えばスナック菓子の袋を斜めに切り出すと複数の層で構成されていることが確認できるという。
そして、切り出しなどの前処理が不要で、接着面などの埋もれた界面の情報を非接触・非破壊で取得できるのが和周波分光/顕微鏡システム「EKSPLA SFG分光システム」(東京インスツルメンツ)だ。界面に波長の違う光を照射して発生する和周波(SFG)光を分析することで、各層がきちんと接着されているかなどがわかるという。ほかにもX線照射による測定を行うX線光電子分光装置「PHI Quantera II」(アルバック・ファイ)や顕微ラマン分光/ブリルアン散乱測定装置「Nanofinder 30A」(東京インスルメンツ)もある。
材料の新たな未来を生み出す産総研中国センター
産総研中国センターにはこのほかにも数多くの装置が存在する。中には役割が重複しそうな装置もありそうだが、渡邊氏は「層状になっているもの、タイヤのように様々な材料が混合、分散しているものなど、材料によって適した測定装置を使うことで多角的な分析が行える」と語る。
各研究員の方々の解説には、これらの装置を使いこなして、さらに精度の高い材料診断を実現するという心意気が込められていた。「覚醒プロジェクト」の研究実施者も見学会を通して積極的に質問を行い、自身の研究内容に資する情報を得られただろう。2024年度の覚醒プロジェクトの研究実施者は、現在、個々の研究テーマについて研究開発中で、その成果は2025年3月に発表される予定だ。
覚醒プロジェクト 2025年度研究テーマ募集中!
産総研が実施する若手ディープテック人材育成事業「覚醒プロジェクト」の、2025年度の募集を、3月31日(月)12時まで受け付けている。
覚醒プロジェクトはAI、生命工学、材料・化学、量子の4つの研究領域について、若手研究者による独創的かつ斬新な研究開発テーマを募集し、採択されたテーマの研究開発を支援する。主な支援内容は以下となる。
- 1研究テーマあたり300万円程度の事業費(給与+研究費)を支援
- AI橋渡しクラウド(AI Bridging Cloud Infrastructure:ABCI)やマテリアル・プロセスイノベーション プラットフォーム(Materials Process Innovation:MPIプラットフォーム)などの産総研保有の最先端研究施設の無償利用
- トップレベルの研究者であるプロジェクトマネージャー(PM)による指導・助言
- 事業終了後もPMや参加者による情報交換の場(アラムナイネットワーク)への参加
応募対象となる研究者は、大学院生、社会人(大学や研究機関、企業等に所属していること)。2025年4月1日時点で、学士取得後15年以内が条件となる。
応募は公式サイトから、3月31日(月)12時まで受け付ける。
