丸の内LOVEWalker総編集長の玉置泰紀が、丸の内エリアのキーパーソンに丸の内という地への思い、今そこで実現しようとしていること、それらを通じて得た貴重なエピソードなどを聞いていく本連載。第12回は、今年7月3日に発行される新1万円札の顔となる渋沢栄一にちなんで、渋沢翁が146年前に創立した「東京商工会議所」の小林治彦常務理事に、渋沢翁のスピリッツや、それを広めるプロジェクトとイベントなどについて聞いた。
創立者・渋沢栄一翁の精神を受け継ぐ
東京商工会議所とは?
――初めに、東京商工会議所について
小林「東京商工会議所は、東京23区に事業所を持つ約8万4,000の会員で構成される地域総合経済団体です。日本資本主義の父と呼ばれ、次期新1万円札の肖像に採用された渋沢栄一翁によって、1878(明治11)年に創立されました。
渋沢翁は、『民の繁栄が、国の繁栄につながる』という信念のもと、商工業者の世論を形成するためにこの東京商工会議所を創立し、初代会頭に就任。企業が自律的に力を発揮することで、社会を変革していこうとしたんです。東京商工会議所は、その渋沢翁の精神を受け継いで、商工業の発展、日本の発展のため、経営支援・政策要望・地域振興の3つを柱として活動しています」
――新札発行に向けた機運醸成の取り組みとプロジェクト発足について
小林「この丸の内二重橋ビルが完成して迎えた東商創立140周年を機に、会員一丸となって行動していくことを示す『140(意志を)つなぐ 東商ビジョン』を策定しました。根本にあるのは渋沢翁の精神という原点に立ち返りましょう、ということなんですね。
渋沢翁が新札の肖像に決定した19年4月には、その功績と思想を広く伝え、新札発行を盛り上げることを目的に『渋沢記念事業推進プロジェクトチーム』を立ち上げました。以来、新札発行記念事業をいろいろと展開しています。
19年8月には『渋沢栄一翁の顕彰に関する包括連携協定』を、渋沢翁にゆかりの深い自治体、団体6者(公益財団法人渋沢栄一記念財団、東京都北区、東京商工会議所、埼玉県深谷市、深谷商工会議所、ふかや市商工会)で締結し、24年7月の発行日に向けて共に活動を進めております。
現在では、連携協定は12者(上記6者と、東京都板橋区、江東区、千代田区、中央区、北海道清水町、岡山県井原市)まで増えています。
当時の東商・三村明夫会頭(日本製鉄名誉会長・現 東商名誉会頭)が渋沢翁にかなり造詣が深いこともあり、渋沢翁の精神を広めるセミナーを開催するほか、東京商工会議所6階に『東商渋沢ミュージアム』も開館しました。
館内には東商所蔵の貴重な渋沢翁自筆の書や絵巻などを展示しており、渋沢翁の思想や活動など、91年にわたる生涯を知ることができます。また21年のNHK放送の大河ドラマ『青天を衝け』出演者の直筆サインなども展示しています。入場無料なので、ぜひお気軽にいらしてほしいですね」
――このミュージアムは見応えありますね。渋沢翁グッズもなかなか楽しい
小林「ミュージアムで販売しているピンバッジ、マスク、お札メモ帳やハンドタオルなど、渋沢翁のグッズも大変好評をいただいております」
――渋沢翁のピンバッジは、小林さんや東商の皆さんも着けています
小林「バッジにある『逆境の時こそ、力を尽くす』というメッセージは渋沢翁の基本精神。コロナ禍という、前代未聞の世界的逆境を乗り越えていこうじゃないか、と作ったんですよ」
小林「渋沢翁は、民の力を国に反映していくことをずっとやってきましたので、当所からもコロナ対策に対する意見書を出したほか、5階の渋沢ホールで中小企業者向けにワクチン接種を7万回ほど行いました。
そうして渋沢精神で頑張ってきたところ、意外にも会員数が純増したんです。コロナ禍ではどこも経費削減が進む中、当然会員は減っていくと思ったのですが、20年だけは少し減少したものの、それ以降は各種助成金や補助金の案内など、相談員が丁寧に説明していったおかげで会員数が増えまして、現在は約8万4000会員となっています」
――まさに逆境の時に力を尽くした成果。渋沢翁は信じられない数の会社を起業するなど、さまざまな活動をしていた。その精神が今も生きている
小林「当所調べになりますが、渋沢翁は481社もの企業、約600もの団体の設立に関わったと言われており、186社がまだ現存しています。こうした渋沢翁ゆかりの企業や団体、自治体とのフォーラムやイベントを開催し、連携も強化しています。
その中で20年2月に帝国ホテルで開催した『渋沢ネットワークフォーラム』では、渋沢翁関連の現存企業から、約160名もの皆様にお集まりいただきました。」
――時代を超えて渋沢翁の関わった現存する企業が集結する! すばらしいですね
「渋沢記念事業推進プロジェクト」で
新札発行と渋沢翁を盛り上げる
――渋沢記念事業推進プロジェクトではどんなイベントを?
小林「渋沢翁関係のイベントは『学ぶ』『集まる』『作る』『読む』『訪ねる』という5つのテーマでやっており、『学ぶ』はセミナー、『集まる』は物産展やイベント、『作る』はグッズ製作、『読む』はSNS等での記事掲載、『訪ねる』は視察会等です。
セミナーでは最近で言うと、23年9月にWBC元日本代表監督の栗山英樹氏をお招きし、渋沢翁の著書『論語と算盤』をテーマに講演いただきました。ミュージアム内には、栗山氏のサインボールなども展示しておりますので、ぜひご覧いただければと思います。
視察会では、渋沢翁ゆかりの地を訪ねています。渋沢翁を感じられるところは、全国に結構あるんですよ。これまで、渋沢翁が開墾した北海道十勝の清水町をはじめ、四国や九州にも行きました。
今年は”令和の渡米実業団”をやろうよ、という企画もあります。渋沢翁は渡米実業団を組織して、約3か月かけてアメリカ各地を回りました。当時は明治時代で時間がかかりましたが、今は令和。飛行機の時代なので1週間ぐらいで、実際に渋沢翁の足跡をたどってみようと。
また当ビル1階の多目的スペースで、『渋沢ゆかりの地物産展』や『新札発行PRパネル展示』なども実施し、各方面から渋沢翁ならびに新札発行を広くPRしております」
――新札のクイズは面白いですね。物産展にはどんな物があり、いつ開催を?
小林「物産展では埼玉県の深谷市、北海道清水町、東京都北区、板橋区、江東区、農兵を集めた岡山県の井原市など、渋沢翁ゆかりの地の特産物を販売します。23年は7月と12月の2回開催しました。
このビルでは1万人ぐらいの方が働いているので、ランチタイムにはレストランやコンビニに来る人たちが立ち寄ってくれて、にぎわいましたね。深谷ネギやトウモロコシは非常に美味しいので売れますよ。そして、やっぱり北海道産は強い! 北海道十勝清水町の乳製品も大人気です」
このスペースでは、ほかにもいろいろな物産展を行っているのですが、もともとは丸ビル1階の『マルキューブ』を参考にして、その小型版をやろうと始めたんです。東日本大震災の時に一度、被災地各地の物産展も開催させていただきました。渋沢翁ゆかりの物産展はもちろん、被災地応援や地域活性化など、社会貢献にもどんどん活用していきたいと思います」
――ライトアップはどこで行われますか?
小林「21年から、渋沢翁の命日である11月11日に、東京タワーを渋沢翁ゆかりの藍色にライトアップするイベントを開催しています。これは約100年前の関東大震災の際に、復興の先頭に立ち、罹災者支援や義捐金の募集など、多様な支援活動に尽力した渋沢翁の『逆境の時こそ、力を尽くす』精神を受け継ぎ、逆境に負けずに戦う、すべての人々に応援の気持ちを込めて実施するものです。
さらに22年度からは渋沢翁が関わった企業・団体等と連携して、同期間に各地でライトアップを行うことで、共に逆境を乗り越えるというメッセージを発信しています。
今年7月3日には、いよいよ新札が発行されます。今後も渋沢翁ゆかりの企業や団体と連携し、イベントやセミナー、講演会、物産展など多彩な記念事業を推進していきますので、ぜひ注目していただけましたら幸いです」
21年の大河「青天を衝け」秘話
期せずして叶ったドラマ化発表
――渋沢栄一といえば、NHK大河ドラマ「青天を衝け」が記憶に新しい
小林「その舞台裏には、奇跡みたいなこともあったんです。19年4月7日に渋沢栄一が新1万円札の顔になることが決まって、8月に渋沢翁ゆかりの地域・団体と6者連携協定を結びました。そこで渋沢翁を大河ドラマの主人公にしてもらえないか? という目的で、当時の三村会頭(現・東商名誉会頭)と9月27日にNHKの会長にアポを取り付けました。
そしたらなんと、その前の9月7日に『21年の大河ドラマ主人公は、渋沢栄一』と発表されたんです」
――これはタイムリーな!
小林「本当に偶然ですけど、良かったなと。訪問する前に目的を達成できましたが、お礼の挨拶ということでお伺いしました。
21年12月の『青天を衝け』の最終回放送日には、NHK BSプレミアムの放送に合わせて当ビル5階の渋沢ホールで、パブリックビューイングとトークショーを開催しました。主演の吉沢亮さんプロデューサーの黒崎博さんが来て下さり、観覧の応募もかなりあったので、やって良かったです」
――深谷市さんも、大変盛り上がったようですね
小林「連携協定を結んでいて本当に良かったと思います。今年は2月19日に首長会議を行いました。渋沢連携協定12者の首長の皆様に集まっていただいて、7月3日の新札発行に向けて私たちの区、私たちの市はこういう事業で盛り上げていきますよ、と報告し合いました。
23年11月には東京都千代田区、中央区、北海道清水町、岡山県井原市も入ってくれたので、今よりもっとたくさんの人が来てくれたり、活性化するんじゃないかな。非常に良い取り組みになると思っています」
皇居前に居を構えて125年、東商が入る
「丸の内二重橋ビル」は最先端機能充実
現在、東京商工会議所がある「丸の内二重橋ビル」は18年10月に竣工。旧「富士ビル」「東京商工会議所ビル」「東京會舘ビル」の3棟一体建て替えという一大プロジェクトだった。
――複合ビルになったことと、1899年の赤れんがビルなど、丸の内で日本の金融、東京の経済界を支えてきた意味について教えて下さい
小林「東京商工会議所が丸の内の現在地に所在するようになったのは、2代目の東京商業会議所ビル(現在の東京商工会議所ビル)(1899〜)からなんです。当時流行していたルネサンス式赤煉瓦造りで、通称『赤れんがビル』と呼ばれていました。この地に東京商工会議所の建物を建設するために、渋沢翁が尽力したと言われています。
1899(明治22)年、渋沢翁らが働きかけ、明治初期のビジネス中心地だった日本橋兜町から、当時の官営地・丸の内にビジネスの中心を移すことになりました。だからこそ我々東京商工会議所は、商工業者の活躍、そして東京・日本の発展につながる事業を展開できるよう、渋沢翁の精神をしっかり受け継いでいきたいと思っています」
――丸の内二重橋ビルの建て替えについては?
小林「丸の内二重橋ビルは、皇居外苑を正面に望むオフィスや丸の内仲通りに面した店舗に加え、MICE受け入れ施設の整備や防災機能・環境性能を向上させる丸の内仲通り下の洞道整備等、にぎわいや景観だけではなく、公共性ある機能が充実しています」
――もともと同時通訳や国際会議ができるシステムがあり、東京會舘さんとも全部組み合わせてMICE的な機能も備えて、時流に沿っていますね
小林「そのMICE機能や防災拠点であることを打ち出すことによって、特区制度を利用できました。東京都の定めた容積率を緩和することで、大きくできたんですね。渋沢ホールも同時通訳に対応しています」
――丸の内二重橋ビルで、ひとつのエコシステム的になっている
小林「大丸有という形で、三菱地所さんが街づくりを進めまして、大手町地区から整備を始め、丸の内、有楽町のビルを建て替え、お洒落な店舗を誘致してお客さんを増やして下さいました。この丸の内二重橋ビルも、東京會舘ビル、富士ビルヂングと3つの建物を一体化した共同建て替えで造られましたけど、こういう形にしていただいて非常に良かったと思っています。
この場所は丸の内3丁目ですが、実は有楽町地区なんですね。もう5年が経ちましたが、大丸有の開発では有楽町地区の最初のプロジェクトです。有楽町という名も『織田有楽斎』から来ていますから、長い歴史があるわけです。
2代目の赤れんがビルの時に、渋沢翁が草原だったこの丸の内に引っ越してきてくれたから、今の東商がある。そういう意味では、渋沢翁に先見の明があって、財産も残してくれたのだと感謝しています」
――草原だった丸の内が、今や国際都市・東京の顔ですからね
小林「また、東京・有楽町・日比谷・二重橋・大手町と、結節点に位置していることで、会員の皆様にもアクセスの良さを感じていただけています。
そして、やはり皇居の目の前にあることが一番大きな力ですね。5階に会議室があり、一部の部屋からは皇居の緑を一望できるので、会議室を利用されたお客さんはリピーターになっていただけるんです。
先ほどもお話ししましたが、1階の多目的スペースは他企業・団体、ビル来訪者とのつながりが生まれる非常に魅力的な場所です。これまでも『ふくしま応援!特産品物産展』『やまなみ・しまなみ観光物産展』『福井観光土産物産展』など数多くの物産展、催事を実施してきました。東京にいながら各地の特産品を買うことができるので、丸の内の皆様を始め、多くの方々にぜひ足をお運びいただきたいですね。
5階の渋沢ホールには500人収容可能な大ホールもあり、国際会議だけでなく会議や懇親会、説明会、発表会など、多様な用途でご利用いただけますので、ご活用下さいましたら幸いです」
小林さんから見た丸の内の魅力、楽しみ方とは?
――丸の内勤続38年の小林さんにとって、丸の内とはどんな街ですか? その魅力や楽しみ方を
小林「昔の丸の内には、月曜から金曜のウィークデーには人がいたけれど、土日は人が全然いなかったんです。でも、今では土日にたくさんの人が訪れています。今の丸の内には、最新でお洒落なお店が多く、お客様をおもてなしするにも困りません。各ビルには隠れた名店がありますし、個人的にお気に入りの食事処もあり、何年も通っていますよ。
また丸の内は、昼はビジネスマンで活気ある街、夜は摩天楼のネオンサインが輝く街と、昼夜で見せる顔が変わります。各ビルからは、さまざまな美しい景色が見えますが、何といってもこの丸の内二重橋ビルから見える皇居のお堀や豊かな緑には、一番心を癒されています。
7月3日にいよいよ新札が発行される今年は、勝負の年。盛大な記念式典を始め、今後も渋沢翁ゆかりの企業や団体と連携し、イベントやセミナー、講演会、物産展など多彩な記念事業を推進していきます。
東京商工会議所の役割は中小企業を元気にしていくこと。これからも地域の皆様と共に丸の内のにぎわい、そして社会貢献もしていきたいと思っておりますので、どうぞよろしくお願いいたします」
商工会議所と聞くと、何だか古くさく、お堅いイメージがあるかもしれない。しかし東京商工会議所では、中小企業の味方であり近代日本資本主義の父・渋沢栄一の精神をしっかりと受け継ぎ、令和時代に奮闘する中小企業に寄り添うべく、いろいろな活動に尽力している。今年7月の新札発行に向けて、ミュージアムのほか、物産展やシンポジウムなど一般に親しめる記念事業イベントも行っているので、ぜひ一度訪れてみてはいかがだろうか。
小林治彦(こばやし・はるひこ)●1963年生まれ。東京商工会議所常務理事。1987年入所。総務統括部長、理事・産業政策第二部長兼東商ビル建替え準備室部長、理事・事務局長を経て、21年4月より現職
聞き手=玉置泰紀(たまき・やすのり)●1961年生まれ、大阪府出身。株式会社角川アスキー総合研究所・戦略推進室。丸の内LOVEWalker総編集長。国際大学GLOCOM客員研究員。一般社団法人メタ観光推進機構理事。京都市埋蔵文化財研究所理事。大阪府日本万国博覧会記念公園運営審議会会長代行。産経新聞〜福武書店〜角川4誌編集長
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