業務用映像/音声(ProAV)システムの世界でAV over IPが一気に浸透し始めた理由
AV over IPとは? どんなメリットがある? 超基本から学ぶ
2023年12月21日 09時00分更新
企業会議室からホールやスタジアム、ライブ配信スタジオ、大規模ビデオウォールまで、幅広い業務用映像/音声(ProAV)システムの世界で「AV over IP」という言葉がよく聞かれるようになった。ProAV業界を長く見てきたネットギアジャパン ProAVビジネスディベロップメントマネージャーの山本明人氏は、「この2年くらいで、AV over IP市場は一気に広がりました」と説明する。
今回の記事は、AV over IPとは何か、AVシステム構築と運用にどのようなメリットをもたらすのか、課題は何かといった基礎を、山本氏に解説してもらう。合わせて、ネットギアの「M4250シリーズ」および「M4350シリーズ」など、ProAV向けに開発されたスイッチの特徴についても紹介しよう。
「AV over IP」とは何か?=IPネットワークで映像/音声機器をつなぐ
AV over IPとは、映像や音声の信号をIPパケットに変換(コンバート)し、IPネットワーク(いわゆるLAN)を通じて伝送する技術の総称だ。ふだんPCやサーバーの接続に使っているスイッチやLANケーブルを使って、カメラとディスプレイ、マイクとスピーカーといったAV機器をつなぎ、システムを構成するイメージだ。
AV over IPで使われる映像/音声データの規格は、標準化団体や業界団体がオープンスタンダードとして定めた標準規格、メーカーが策定した独自規格などさまざまだ。たとえば現在は、映像ならばNDI4/5、SDVoE、H.264/265、音声ならばDante、AVB、AES67といったものが代表的である。
ただしデータがどの規格であっても、AV over IPではそれをパケット化して伝送するので、物理的に1つのネットワークで混在させることができる。たとえば「映像用と音声用」「メーカーA用とメーカーB用」などと、個別にネットワークを用意する必要はないのだ。
また、AVシステム全体をソフトウェアで制御できる点も特徴だ。たとえば音声のミキシング、映像の合成や分割(マルチビュー、ビデオウォール)などの処理を、高価な専用プロセッサーなどを使わず制御できる。
AV over IPにはどんなメリットがあるか?=拡張性、コスト、運用性
山本氏は、AV over IPでAVシステムを組むことで「構築コストを抑えられる」「拡張性が高く、変更も柔軟に効く」といったメリットがあると述べる。以下では、現場における具体的なメリットを見てみよう。
●システム設計:将来にわたり拡張性や柔軟性を担保
山本氏によると、従来型のAVシステムの場合、映像/音声の入力側(カメラやマイク、再生機器)と出力側(ディスプレイやスピーカー)の機材数を「設計段階でかなり厳密に考えておく必要がある」という。
たとえば映像入出力の切り替えを行う専用ハードウェア(マトリクススイッチャ)を導入する場合、それが備える入力/出力のポート数によって、接続できる機器数が制限されてしまう。後から「映像ソースを増やしたい」「ディスプレイの数を増やしたい」といった要望が出ても、容易に拡張することはできない(大幅な改修作業が必要になる)のだ。
一方でAV over IPの場合は、スイッチのポートに映像/音声の区別や入力側/出力側の区別はなく、機器台数分のポートさえ備えていればよい。また、26ポート、48ポートといったポート数の多いスイッチを導入して余裕を持たせておけば、将来的な拡張性も担保できる。
「会議室などのAVシステムの場合、システム検討の最終段階になってからも設計変更の要請が出ることが少なくありません。こうした場面でも、AV over IPならば柔軟に変更が利きます。機器台数の拡張だけでなく、映像/音声信号(規格)の変更があってもそのまま対応できます」(山本氏)
●コスト:専用ハードウェア削減、ケーブルも汎用品で
従来のProAVシステムは、多数の専用ハードウェアを組み合わせて構築する必要があり、コスト的にも高い。たとえば、接続機器台数が増えてマトリクススイッチャを更新しようとしても、ポート数が増えると価格が一気に跳ね上がる。また、ビデオウォールやマルチビューを構成しようとすると、画面合成器や映像拡大器といった高価で特別なハードウェアも必要になる。機器間を接続する映像ケーブルも、LANケーブルと比較して一般に高価だ。
AV over IPの場合、スイッチは一般的なITネットワークで使われているものと同じなので入手が容易であり、多ポートのモデルを選んでも価格が大きく跳ね上がることはない。また、映像/音声をソフトウェア処理する仕組みによって、分配器/コンバーター/映像拡大器といった専用ハードウェアも不要だ。さらに、LANケーブルは汎用品であり、ケーブル長が長いものでも非常に安価だ。
最近では、スイッチから給電するPoE対応のAV機器(PTZカメラ、マイク、スピーカー、エンコーダー/デコーダーなど)が増えており、PoEを採用することで機器ごとの電源工事が不要になる。これもコストメリットが大きい。
「AV over IPで構成することで、総じて全体の部品点数(機器台数)が減らせ、設置工事も運用もシンプルになります。その結果、トータルコストも抑えられます。特に、システム規模が大きくなるほどそのコスト差も広がりますから、大規模なシステムにおいてはもう『AV over IPを採用しない理由がない』と言っていいでしょう」
AV over IPのユースケースは?=小規模から大規模まで幅広い
AV over IPを採用するユースケースは、小規模から大規模まで幅広い。
山本氏によると、導入件数として一番多いのはやはり企業内のAVシステムだ。会議室などの場所で、マイクやスピーカー、カメラ、ディスプレイなどをAV over IPでつなぐ。最近では、通常の会議室としてだけでなく、会議室とオンラインの参加者をシームレスにつなぐ「ハイブリッド会議」用の会議室として利用されるケースも増えているが、そこで必要になる複雑な映像/音声のルーティングも、ソフトウェア制御で柔軟に対応できる点がメリットだ。
大学の教室も同様で、通常の授業だけでなくハイブリッド授業、ハイフレックス授業(ハイブリッド授業+オンデマンド授業)、遠方のキャンパスと結んだ遠隔授業、同じキャンパス内でのサテライト教室配信など、ニーズが非常に複雑化している。それに対応できる複雑なシステムを組むために、AV over IPの採用が増えつつある。
より大規模なシアターやホール、スタジアム、テーマパークといった場所でもAV over IPが活躍している。複雑なシステムをシンプル化できるメリットはもちろんだが、大規模な会場ではケーブル長も相当なものになるため、映像/音声を1本のケーブルでまとめて伝送できるメリットが大きなコスト削減につながる。
そのほか、空港の大型ビデオウォール、バーチャルプロダクション対応の撮影スタジオ、ライブ配信スタジオ、多数のディスプレイを備えた高速道路の監視室などでも、AV over IPの採用が進んでいる。
さらに山本氏は、イベント会場などで一時的にシステム構築する場合の「機動性の高さ」も強調した。少ない機材数で設置ができる、ケーブル本数も少なく済むといったメリットに加えて、システム拡張も状況に応じて簡単にできる。
「たとえば社内会議室でセミナーを行うが、参加者が増えて席数が足りなくなった。そうした場合でも、AV over IPを使って隣の会議室にケーブル1本を延ばすだけで、簡単にサテライト会場を作れます。さらに、あらかじめ会議室間でネットワークを構築しておけば、ケーブルを延ばす必要すらありません」
AV over IPの課題は?=課題を解決するネットギアのProAV向けスイッチ
拡張性や柔軟性、コストなど、AV over IPには多くのメリットがあることはわかった。それでは、これからの普及に向けた課題は何なのだろうか。
山本氏は、AVシステムの設計や構築に携わる現場のプロエンジニアが、まだ「スイッチを使った構築や設定に慣れていないこと」だと指摘する。これまでの専用機器を使ったシステム構築ならばお手の物でも、スイッチを使った構築と設定ハードルが高く感じる――。そういう気持ちがあるという。
そうした障壁をなくすために、ネットギアが開発/提供しているのが「ProAVライン」のスイッチシリーズだ。用途に応じて現在は「M4250」「M4300」「M4350」「M4500」の4シリーズがあり、各シリーズの中でシステム規模に応じた1G/10Gポート数(1台あたり8ポート~96ポートまで)、PoE+/PoE++(90W)給電対応、25G/100Gアップリンク対応といった、幅広いモデルをラインアップする。
ネットギアにはProAVシステムデザインの専任チームが在籍しており、ProAVラインスイッチのデザインには「ProAVの現場における構築しやすさ、使いやすさ」という視点が強く盛り込まれている。山本氏は、ProAVラインスイッチは「ProAVのマインドを持った人が開発しているスイッチです」と説明する。
ProAVスイッチの特徴は?=最適設定をGUIで簡単に、デザインもAV向け
ProAVラインスイッチの最大の特徴が、Web GUI画面から簡単に、接続機器に応じた設定ができることだ。主要な映像/音声規格の伝送を最適化する設定(プロファイル)があらかじめ内蔵されており、GUI上でポートをクリック、適用するプロファイルをクリックするだけで設定できる。
しかもこのプロファイルは、AV機器メーカーとネットギアのエンジニアが共同でチューニングと動作検証を行った、いわば“各メーカー公認”の設定内容となっている。ネットギアでは200社以上のProAVパートナーとアライアンスを組み、技術開発や検証、標準化の推進を行っている。つまりProAVスイッチを使えば、誰でも簡単に最高品質の設定ができるのだ。
M4250やM4350では、本体デザインも、通常のITネットワーク向けスイッチとは異なる。ほかのAV機器と一緒にラック設置されることを考えて、ポートと電源コネクタを背面側に配置した。ポートを前面にして設置する場合は、ケーブルが邪魔にならないようにセットバックさせることも可能だ。また、静音稼働ができるように、内蔵ファンの動作設定を変更することもできる。
最新のM4350シリーズでは、PoE対応モデルが大きく増えたほか、25Gや100Gといった大容量のアップリンクポート搭載モデルもラインアップしており、大規模な映像システムの構築も難なくこなせると説明した。それに加えて、SMPTE ST2110に対応した放送機器向けスイッチも提供予定だ。山本氏は「ついにブロードキャスト(放送機器)クラスにも、AV over IP製品でチャレンジしていくことになります」と述べた。
「AV over IPを使ったProAVシステムは、コストを抑えられる、拡張性も高い、運用も楽と多くのメリットがあります。AV over IP市場はこの2年くらいで一気に広がりましたが、今後も広がり続けることは間違いありません」(山本氏)