ソニーが発表した「WF-1000XM5」は、世界最高のノイズキャンセリング性能をうたう、フラッグシップ完全ワイヤレスだ。発表当日の7月25日には、六本木のBillboard Live TOKYOでプレス向けイベントを開催。開発者に加え、ピアニストの山中千尋さんも登壇し、製品を紹介した。
満足度90%を超えるWF-1000Xシリーズ
冒頭で挨拶した、ソニーマーケティングのプロダクツビジネス本部 モバイルエンタテインメントPDビジネス部の麥谷(むぎたに)周一部長は、2016年の初代機からの累計で国内の販売台数が200万台を超えたとコメント。1995年に、世界で先駆けて個人向けのノイズキャンセルイヤホンを発売して以来、脈々と受け継がれてきたノイズキャンセル技術や高音質のこだわりを継承したロングランのシリーズになっていると説明した。
実際、WF-1000Xシリーズを手にした人の評価は高く、ソニーの満足度調査では2世代前の「WF-1000XM3」では製品登録者の89%、1世代前の「WF-1000XM4」では94%が製品に満足していると評価したという。これに満足せず、ソニーとしてはさらに高い満足度に向けて製品を開発したという。セールスポイントであるノイズキャンセリングについては、全面的な向上が得られるそうだが、特に電車など乗り物にいる際の快適性が増しているという。車輪がこすれるキーンといった高音、あるいは走行時に発生するゴーっといった低音のいずれも的確に騒音を除去してくれ、利用シーンが広がるとする。
スタジオの声をヒアリング、全世界/ジャンルを問わない音源を
トークショーでは、音響設計に携わった菊地浩平氏とメカ設計に携わった松原大氏が登壇。菊池氏は完全新開発の8.4mmドライバーは振動板構造を大きく変えており、これがワイドレンジの再生、さらに的確な逆位相信号の再現に効果的に働いていると説明。音質の方向性は従来の1000Xシリーズと共通だが、楽曲が持つ魅力をより素直に出せるとした。
低域の余韻、声の伸び、空間の奥行き表現の改善がポイントだ。開発時にはレコードのリマスターから、最新制作のものまで幅広い楽曲を使った検証を実施しており、楽曲が持つ魅力を引き出し表現する点を重視したという。音楽ジャンルや年代で様々な嗜好に応えられる、あらゆる楽曲に対応できる点がチャレンジであり、「シングルとアルバムでマスタリングを少しかえているような音源でも違いがわかるはず」と自信を示した。
また、新たに開発したノイズキャンセルプロセッサー「QN2e」は、過去のモデルで採用していた「QN1e」よりも多いデュアルのフィードバックマイクを扱える点が大きな特徴だという。ノイズキャンセル処理では、ドライバーユニットから鼓膜までの音圧情報を正確に取って不要な音をキャンセルするする必要があるが、この精度を高めるため、デュアルのフィードバックマイクを搭載することにしたのだという。
マイクについても、AI処理などに加えて、骨伝導で声の振動を直接ピックアップする機能を持つことで、騒音下でも的確に言葉を届けられる点が特徴となっている。このあたりは前世代のWF-1000XM4やLinkBuds Sのノウハウを融合して取り入れた部分となる。
松原氏は小型化への苦労について語った。しかし、目的は小型化それ自体ではなく、装着感の改善だという。音楽だけでなく映像やゲームなど様々なコンテンツをイヤホンで楽しみ、さらに仕事でも重要なツールになった現在、長時間装着できる快適さは今まで以上に重視される要素となった。WF-1000XM5は従来比で25%の小型化、20%の軽量化を果たしているが、デザイン面では前から見た際の耳に対する干渉量を減らすことを目指したそうだ。設計初期段階から、音響設計デバイス開発チームと連携して、最適化を進めた。
例えば、薄型で大口径のドライバーを採用することで、その後ろにバッテリーを重ねることが可能となった。こうしたスペース効率のアップが小型化に貢献したわけだ。基板についても、LinkBuds Sに引き続き、必要なチップを統合したモジュールに集積するSiPを採用。円形の形状は、本体に収めやすくするための工夫だ。
外観の面でも、メインパーツはマットとグロス、2つの素材感だが、一つのパーツでできたシームレスなものとなっている。ここは、部材の中での機能的な棲み分けも表現しており、指先でタッチ部分がどこにあるのかが判別できるようにしている。また、周囲となじむ曲面構造のマイク部もこだわり。風切り音の低減に貢献しているが、0.15mmの微細孔を開けたアルミパーツとなっており、デザイン的にも質感的にも印象的な部分に仕上がっている。
pppから大音響までオーケストラの音を拾いダイナミックレンジで聴ける
後半からトークショーに参加した山中さんは、WF-1000XM5をすでに体験済みとのことだが、最初にチェックしたのは音楽再生ではなく、曲と曲の間だったそうだ。休符も音楽の一部といった言葉があるが、アーティストならではの視点とも言える。「真空状態というよりは森の中、コンサートの始まる前のような静けさがあり、感動しました」と話す。マーラーの交響曲第5番の第4楽章ではpppから始まる小さな音がしっかりと意識でき、大音響になっても音が割れない点が印象的だったという。「コンサートホールでは音が割れることは全体にない」一方で「ヘッドホンでは割れるという経験を何度かしたことがある」と山中さんは言うが、ダイナミックレンジの広さに加え、「天上の高いコンサートホールで聴いているような空間」を感じ取ることができたという。
この点は菊池氏も「基礎の能力として、歪ない再生が可能になっている」ことや「空間の奥行き表現にはこだわっている」点についてコメント。「空気感、ライブ感が再現できたのではないか」と話した。
現状もっとも多機能な完全ワイヤレスイヤホンのひとつ
実際、音質面については十分に感じられる改善があった。基本的な傾向はWF-1000XM4と共通しているが、わずかに感じられた甘さがなくなりより微細な音やニュアンスを伝える能力が上がったという印象だ。また、軽量化や装着感の改善といったメリットも明確に感じ取れた。正直、完成度が高かったWF -1000XM4には改善の余地はないのではと思っていた面もあったが、比べてみると確実な進化を感じられて驚きがある。オールマイティな機能を持つ完全ワイヤレスイヤホンでもあり、引き続き市場をリードしていく存在になりそうだ。