20年以上の取り組みを通じて、オーディオのあり方に疑問を持った
ハメラ氏は1970年生まれ。ポーランドの首都ワルシャワの南にある古都チェンストホバで、鍛冶職人・鉄鋼業を営む家庭に生まれた。ちなみに、Ferrumは鉄を意味するラテン語だ。同社のロゴは元素記号で鉄を示すFe。フロントパネルのカラーにも鉄錆色が使われている。
ワルシャワ工科大学で電子工学を学び、軍事関係と医療のハードウェア設計に携わったハメラ氏は、卒業後に軍事メーカーWZE Zielonkaに勤務。その傍らで友人とともに音響機器の設計を始め、自らオーディオ製造機器メーカーのHEMも設立した。その後、MYTEK Digitalのミハウ・ユーレビッチ氏と出会い、1998年以降はMYTEK Digitalのビジネスパートナーとして業務用/個人用のオーディオ機器設計を手掛けてきたという。
MYTEK Digitalとの20年に渡るパートナーシップの中で、HEMの規模も拡大し、25名を超える社員を抱えるポーランド最大のハイエンドオーディオ機器メーカーに成長した。一方で、ハメラ氏の中には葛藤があり、「高価になりすぎず、設計や製造方法にも工夫した製品を市場に出したい」という想いが強まっていったという。
その結果として立ち上がったのがFerrum Audioというブランドだ。2019年に設立し、2020年11月に最初の製品である電源サプライHYPSOSが登場し、ヒット作となった。
ハメラ氏の姉はピアノ演奏が得意で家庭では音楽に触れる機会が多かったが、学生時代はポーランドのロックだけでなく、ジャズやオペラなどに興味を持ち、大学時代にはオペラハウスに何度も脚を運んだという。ドイツ音楽、特にベルトルト・ブレヒトの「三文オペラ」が好きなほか、サイクリングや歴史に興味があるとしている。
ちなみに、Ferrum Audioの各製品の名称はHYPSOSの場合、崇高・高見という意味のギリシア語とハイブリッドパワーサプライを組み合わせた造語、OORはオランダ語の耳、ERCOはエスペラント語の鉄鉱石といった形で、ヨーロッパのさまざまな言語に由来している。
コンパクトな筐体に詰め込んだ技術的なこだわり
以下、会見での質疑応答を抜粋して紹介する。
── パワーサプライをFerrum Audioの最初に選んだ理由は?
「Mytekの顧客と話す中で、電源の話が多く出た。世の中にはリニア電源を搭載した製品があふれているが、これを導入しても音が良くならないというコメントが多かった。問題は低周波にあると考えている。外付けの強化電源では、他の機器に接続するためのケーブルが長くて細くなりがちで、電流値が高い場合に問題になることに気付いた。110V、220Vといった高い電圧であれば電流値は低いが、12Vでは電流値が高くなる。たどり着いたのがスイッチング電源とリニア電源のハイブリット型という発想だった。HYPSOSは電圧の設定を自由に設定できるのが大きな特徴。電気的な知識がないとリスクにもなるが、ソフトウェアによる制御も入れている。1週間で初期ロットが完売するなど成果を上げられた」
── SERCEモジュールはチップを指すのか? また外部供給の可能性はあるか。
「SERCEモジュールはチップではなくボードを指す。これだけで一連の機能を提供できる。開発費を回収したいという意図もあり、OEM供給についてはすでに開始している。自社ブランドの別製品への展開も検討中だが、まだ公表できる情報はない」
── 製品開発の方法はどうしているか?
「製品の開発に当たっては何を実現するかの検討から入る。どのような機能を持たせるか、そして外観/操作性をどうするかという2つの側面があり、両者がリンクする場合も独立して検討しなければならない場合もある。こだわっているのはシンプルな設計だ。ここはアナログ部の設計に関しても、アップサンプリングフィルターについても同様だ。WANDLAのハード開発においてはI/V変換回路がブレークスルーとなった。ここを可能な限りシンプルに設計できたのが、高音質を実現できた理由となっている。
われわれは7名からなるR&Dチームを持っていて、そのうち3名がハードを担当している。設計に際しては、技術担当者が最初にコンピューターシミュレーションで回路を設計。その結果、3つの回路が候補に挙がり、テストして計測した。結果は興味深く、一番簡素な回路が最も結果が良かった。7種類の異なるテスト品を製造し、聴覚的にも判断したがその評価には数ヵ月を要した。設計、シミュレーション、実装、聴覚テスト、品評を繰り返す段階を追ったテスト手法はI/V回路の開発で最初に取り入れ、メインボードやボリュームでも同じ方法を利用した。WANDLAはミニマリズムを追究した製品と言える」
──ネットワーク機能搭載製品の投入は計画しているか?
「将来的にはあり得る。しかし、チャレンジが必要だ。われわれは垂直統合型の製品開発が強みで、ハードからソフトまですべて自社開発している。しかし、ネットワーク機器では異なる。規模の大きな開発が求められ、設計に時間がかかる。いずれにせよ、よくある機能を取り入れて、中を見たらあれと同じだった……と指摘されるような製品は作りたくないと思っている」
──アナログボリュームとデジタルボリュームはどう使い分けるのがいい?
「ボリュームの実現には大きく3つの方法がある。アッテネーターを通す方法、ポテンショメーターの使用、電子ボリュームの使用だ。このうちポテンションメーターは、リモコンが使えなくなるので候補から外れた。今回はMUSEを使ったアナログボリュームと、DAC ICのデジタルボリュームを組み合わせた。音はアナログボリュームのほうがいいが、ESSのDACは標準でデジタルボリュームの機能が付いているのでこれも残して選べるようにした。開発当初はデジタルボリュームを使ったほうがいい音だったが、ボードを改良し、回路にも革新的なアイデアを取り入れることで、それを上回る音になった。アナログボリュームを推奨したい。ただし、それぞれにメリット/デメリットがあるので、最終的にはユーザーの好みに合わせて使ってもらいたい」
なお、これ以外にも外部クロック入力端子を省略している理由や別サイズの筐体でシリーズを展開する予定があるかといった質問を個別にしてみた。前者については内部クロックの性能(DACチップ近傍にAbracon製の超低ノイズ100MHz水晶クロックを配置)が非常に高く、ジッターなどの影響を排除した再生が可能であること、外部クロックは高音質になると思われがちだが、内蔵クロックのほうが高性能が得られるため、スタジオなど複数の機器で同期をとる必要があるのでなければ内蔵クロックのほうが優れているとのこと。後者については、選択肢としてあるとすればより大きな筐体だが、デスク上にも手軽に置けるコンパクトなサイズであることの価値を重視して現在のサイズを選択しているとのことだった。