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前田知洋の“マジックとスペックのある人生” 第193回

マイクロソフトが「電力購入契約」をした、核融合発電

2023年05月23日 16時00分更新

文● 前田知洋 編集●ASCII

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2つのものが1つになる

 筆者がテレビ番組などで100回以上披露した「切れたトランプが復活するマジック」。もちろん、本当にそんな現象が現実に起きることはないと考えてよいでしょう。

マジックの世界なら、切れたトランプは復活するが……

 壊れた物が自然に元に戻るのは、「ドラえもん」に登場するひみつ道具「タイムふろしき」のような、フィクションの中での出来事。もちろん、マジックも“フィクション”ですから、そんな復活のトリックを実現するとすれば、以下のような方法でないと難しいことは勘の良い読者ならおわかりでしょう。

1)切れているカードと切れていないカードを観客にわからないようにすりかえる。
2)切ったフリをして、本当は切れていない。

 観客がマジックに驚くのは、「元に戻ったらいいよね」という誰もが持つ潜在意識(欲求)のおかげともいえます。叶わないとわかっていながらも、壊れた愛情や友情などが「元に戻ったら……」と、切望したことは誰にでもあるはずです。

 今回のニュースは、そんな誰しもが心の奥で望んでいる現象に似た、最先端技術の話です。

マイクロソフトが2028年から核融合発電電力を購入

 マイクロソフトが核融合発電の「電力購入契約」を結んだことを、アメリカの核融合発電スタートアップ「ヘリオン・エナジー(Helion Energy)」が現地時間5月10日に発表しました。

 こんなニュースを読むと、詳しい方なら「もう核融合発電が実用化されたの?」、普通の人なら「今までの原子力発電とどう違うの?」という疑問が浮かぶかもしれません。

 マイクロソフトが核融合で作られる電力購入を開始するのは2028年から。少し未来の話です。

 核融合発電は、既存の原子力発電で行われている「核分裂の熱」を利用した発電法ではなく、「核融合の熱」を使った未来の発電法。プロトタイプの核融合発電所は稼働していますが、実用化はもっと先になるとされています。

核融合、核分裂。その違いは?

 核融合は、軽い原子核どうしが合体(融合)して、重い原子核に変わることです。核融合発電は、この原子核の融合から、エネルギーを取り出す方法です。

 一方、現在の原子力発電で使われている核分裂は、ウランなど重い原子核を2つの原子核に分裂させることでエネルギー(熱)を取り出す方法。

核融合反応のイメージ

既存の原子力発電に用いられる核分裂反応のひとつ(n:中性子、235U:ウラン235、236U:ウラン236)

 ざっくりした説明で恐縮ですが……上のイラストのように、二重水素と三重水素のような、水素の仲間(同位体)の原子核どうしが融合することで発電するのが核融合。その下のイラストのように、ウランなど、重い核物質が2つに分かれて(分裂)して発電するのが核分裂というイメージです。

 いずれにしてもアインシュタインのE=mc2の式が示す通り、融合した核の質量の一部がエネルギーに変換されることで、大きなエネルギーが生まれます。核融合では、1グラムの燃料(D-T燃料、二重水素と三重水素を用いた燃料)で石油8トンを燃焼させる熱量と同じエネルギーになると試算されています。

 自然界では、太陽の熱は核融合によるものであることがわかっており、あと50億年ほど光り続けると理論上の計算がなされています。そんなことから、核融合を「人工太陽」と呼ぶことも……。

核融合のメリットと課題

 核融合を使った発電が有望視されている理由は、燃料となる重水素は海水から採取できるため、豊富な資源量があること。

 また、原子力発電の場合、ウランに中性子が衝突して分裂したときに新たに中性子が飛び出し、再びウランにぶつかる……といった連鎖反応が生じます。一方、核融合の場合はどうかというと、炉が破損した場合には反応がすぐに止まるので、暴走や爆発の危険がないという安全性があります。

 ただ、核融合時に発生する放射線は、原子力発電同様に装置を被曝させるリスクを忘れてはいけないでしょう。原子力発電の使用済み核燃料のように、強い放射能を持った廃棄物(高レベル放射性廃棄物)は出ませんが、放射性廃棄物が出ないわけではありません。

 そして、実用化するためのハードルもあります。原子核は正の電荷を持っているので、近づけると互いに反発します。これらを衝突させるには膨大なスピード(1000km/s)が必要。さらに、それを実現させるための高熱(最低でも1億度とされています)の環境が求められます。

 発電するエネルギーを取り出すために、膨大な量のエネルギーが必要となってしまっては本末転倒。なおかつ、前述したように核融合は「反応がすぐに止まる」ため、継続的に反応を維持させ続けるのが難しいのです。

 いまのところ、レーザーで燃料を加熱する方法で、レーザーに必要なエネルギー(入力)より核融合で得られるエネルギー(出力)が少しづつ上回ることが期待されています。

5年後の稼働をめざして

 マイクロソフトと契約したヘリオン・エナジーは、すでにプロトタイプの核融合炉を6基製造し、2028年には50MWを発電することを目指しているとのこと(Announcing Helion’s fusion power purchase agreement with Microsoft | Helion)。

ヘリオン・エナジーによるマイクロソフトとの契約を伝えるニュースリリース

 ヘリオン・エナジーの説明によると、同社の装置は二重水素とヘリウム3を使用し、それぞれをプラズマ化させたあと装置の中で衝突させて核融合反応を起こします。これにより、装置内の磁場を変化させ、電流を発生させるというものだそう(Helion | Our technology)。

 暗いニュースが目立つ昨今、心の中にも、現実にも、明かりが灯るようなポジティブなニュースだと筆者は受け止めています。あとは、マジックのように成功することを望むばかりです。

前田知洋(まえだ ともひろ)

 東京電機大学卒。卒業論文は人工知能(エキスパートシステム)。少人数の観客に対して至近距離で演じる“クロースアップ・マジシャン”の一人者。プライムタイムの特別番組をはじめ、100以上のテレビ番組やTVCMに出演。LVMH(モエ ヘネシー・ルイヴィトン)グループ企業から、ブランド・アンバサダーに任命されたほか、歴代の総理大臣をはじめ、各国大使、財界人にマジックを披露。海外での出演も多く、チャールズ英国王もメンバーである The Magic Circle Londonのゴールドスターメンバー。

 著書に『知的な距離感』(かんき出版)、『人を動かす秘密のことば』(日本実業出版社)、『芸術を創る脳』(共著、東京大学出版会)、『新入社員に贈る一冊』(共著、日本経団連出版)ほかがある。

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