元ウォーカー総編集長・玉置泰紀の「チャレンジャー・インタビュー」番外編
3年に一度、島を巡る世界有数の地域アート「瀬戸内国際芸術祭」が開幕
地域アートの祭典として、世界的にも評価が高い「瀬戸内国際芸術祭」が2020年4月14日、香川、岡山両県の12の島、高松港、宇野港を舞台にスタートした。3年に1度のトリエンナーレで今回は5回目。前回2019年の第4回では、コロナ前ではあったものの、100日間の開催で延べ約118万人の来場者を記録、銀行などの試算では180億円の経済波及効果があった、と言う。ニューヨークタイムズでも、オンラインサイトの「52 Places to Go in 2019(2019年に行くべき52カ所)」で7番目に”Setouchi Islands”が選ばれ、芸術祭の解説が掲載された。
今年も前回同様、春(4月14日~5月18日)▽夏(8月5日~9月4日)▽秋(9月29日~11月6日)の3会期、計105日の開催。33の国と地域から184組のアーティストが参加し、214の作品展示(うち新作76)と18のイベントが開催される予定。現状でも、コロナの影響を見ながら企画検討や制作も続いており、最後の追い込みで増減はある。
テーマは、海の復権。総合ディレクターの北川フラム氏は「行ってよし来られてよしの芸術祭を目指す。島に住んでいる人の大変さ、幸せさを感じてほしい。訪れる人が、その場所の特性を活かした作品に触れ、サイト・スペシフィックな観光を楽しんでほしい。アートや建築も、この場所に来て初めて、その意味や性質が明らかになる。また、こえび隊と呼ばれるサポーターの意味が大きい。前回は延べ8000人弱が登録し、そのうち半数が外国人だった」と参加する芸術祭を強調した。公式サイトには、このように明記されている。
「人が訪れる“観光”が島の人々の“感幸“でなければならず、この芸術祭が島の将来の展望につながって欲しい。このことが、当初から掲げてきた目的=『海の復権』です」
筆者は第1回から参加してきたが、船で移動する芸術祭は何度体験しても特別だ。フラム氏が列島日本のコブクロであるという瀬戸内海の穏やかで滋味豊かな世界を、より多くの人に知ってもらいたく、今回もさっそく、女木島、男木島、沙弥島、与島の取材に行ってきた。
急変するパンデミックや世界情勢の中だからこそ、地域に足をおろした芸術祭をゆっくり廻って楽しんでほしい(北川フラム氏)
今回はコロナ禍での開催となったが、海外のアーティストの来日は難しく、リモートでの制作も多い。小豆島の、王文志(台湾)が竹で作る巨大な制作物は毎回、人気を集めてきたが、王氏が来日できず、地域住民らが用意した竹、約4000本が出番を待っている。作品の公開は夏以降となる予定。入国の状況も変わってきており、夏季、秋季には間に合うケースも出てくるかもしれない。
コロナ対策のガイドラインも策定され、来場者はフェリー乗り場や作品鑑賞の受付などで検温を受け、発熱や体調不良の症状がない場合のみ、腕にリストバンドを装着して鑑賞ができ、入場時などにバンドを提示する。会場の多くが離島という事もあり、高松市の実行委本部の看護師がオンラインで症状を把握し、チャーター船を活用して島から患者を搬送するという用意も。まん延防止など、重点措置が適用された場合は、屋内施設の入場者数制限や会場の公開停止なども検討する。
また、ロシアのウクライナ侵攻という事態を踏まえ、北川フラム氏は「芸術祭に参加しているアーティスト、とりわけ、ロシア国籍のアーティストは悲しんでいます。残念ながら、いまだ国境を超える表現は困難に直面しています。そんななかでも、ひとりひとりの思いは共感と協働を希求しています。この芸術祭が、この地域にしっかりと足をおろし、眼と心が世界につながるようでありたいと思います」と語っている。
■注目の作品
●沙弥島
かつては、坂出港の沖合約4kmに浮かんでいた沙弥島は、埋立で陸続きになった。島の歴史は古く、縄文土器やサヌカイト製石器、製塩土器などが出土している。島の南側にある権現山の西端には、古墳時代中期頃の方墳千人塚があり、その付近には、9基の古墳が確認されている。690年頃、万葉の代表的歌人である柿本人麻呂が詠んだ歌の中に、狭岑島(さみねのしま)が登場し、これが現在の沙弥島。昭和63年に完成した瀬戸大橋を間近に望む。
南条嘉毅『幻海をのぞく』
一軒の家の中に瀬戸内海の歴史と住民の記憶を堆積させる
※造形サポート:カミイケタクヤ、特殊照明:鈴木泰人(OBI)、音楽:阿部海太郎
浜辺に立つ一軒の洋館に、ダイナミックな瀬戸内海の歴史や与島5島の成り立ち、この家に住んでいた人たちの記憶までが美しく積み重なり堆積し刺激しあう。かつて地続きだった瀬戸内海。ナウマン象やサイとかワニの先祖の化石が出る。1000年、2000年かけて海が出来て島が生まれ、また、坂出市に地続きになっていく。コンセプトを考えたのは去年の秋。南條氏は地元、坂出市に実家があり、高校までいたが、ここまで詳しく知ることはなく、図書館で調べ、資料請求もして理解を深めていった。気候の変動や干拓、埋め立てなどで変化を続ける瀬戸内海の風景を、砂と映像、増減する水を用いて再現。自分の周囲の風景が瀬戸内海の歴史の延長上にあることを直感的に理解する。
レオニート・チシコフ『月への道』
柿本人麻呂に誘われる宇宙飛行士の旅
瀬戸大橋をのぞむ旧沙弥小・中学校全体を使ったインスタレーションと、与島の南端にあって、明治初期から150年間、航海の難所を照らしてきた鍋島灯台に導かれる壮大な作品。月をモチーフにした映像、写真、オブジェなどで構成され、屋外に配置された月のオブジェの中から窓を覗くと、瀬戸内海が見える。柿本人麻呂が詠んだ歌の世界だ。灯台へと至る最後のバス停には、月へと旅立つ宇宙飛行士のオブジェがあり、旅の終点の灯台の内部には、100万個の星をもつ宇宙の立方体のインスタレーションが設置される。
●女木島
高松の沖合、約4km。面積2.68平方km、周囲7.8km、人口が約140人の島。約80年前に、昔話の「桃太郎」に登場する鬼ヶ島と女木島を結びつけた話が創作され、鷲ヶ峰山頂にある洞窟が鬼のすみかとして観光地化された。冬は、強い風が吹くため、防風防潮用に女木港周辺に、「オオテ」と呼ばれる高さ3、4メートルの石垣が築かれていて、独特の景観を作っている。
女木島名店街
2019年に、お店のスタイルのアートを「小さなお店」として展開したが、複数のお店が集まる寿荘のほかにも空き家を活用した新しい作家のお店が加わり、元からの店もバージョンアップして、名店街に進化し、非日常を楽しんで買い物も楽しめるセレクトショップに。
中里繪魯洲『ティンカー・ベルズ ファクトリー』
不思議を信じる心を育む妖精の金物修繕屋
2019年からバージョンアップ。ティンカー・ベルは「ピーターパン」の妖精。tinkerには鋳掛屋、金物修理屋、下手な職人、いたずらっ子などの意味があり、ここは金物修繕を営む妖精の仕事場。鍋釡の修理も承ります。
柳建太郎『ガラス漁具店』
大気で空想を釣り上げるガラスの漁具を展示、販売
千葉県印西市の印旛沼近くに工房「アトリエ炎」を構えるガラス造形作家であり、印旛沼で漁もしている。ガラスの漁具を大量に製造。お店の天井から無数の釣り針や漁具をぶら下げ、販売する。会期中には、漁具作りのワークショップを行なうことを計画している。
三田村光土里『MEGI Fab(メギファブ)』
女木島の風景をプリントしたテキスタイルで一点物の布製品を製造、展示、販売
個展「人生は、忘れたものでつくられている」など、日常の記憶や追憶のモチーフを、写真や映像など、様々なメディアに表現。今回は、女木島の風景をファブリックに。地元の手芸愛好家も参加して、女木島オリジナルの布製小物を製造・販売するスタジオも登場。
五所純子『リサイクルショップ凹』
人が物を通して交流し、物に宿るストーリーが交差する場所
島の内外から集まった物品を、一部はその来歴を聞き書きしたテキストとともに漆喰壁に埋め込み、展示販売。本業は文筆家で、文章を残したい。売れたものは壁から剥がされ、その痕跡を残していく。人の身体的な接触が制限される時代における交流の試み。風で足跡は消えていくが、その痕跡を掘り出すと移籍に。
大川友希『結ぶ家』
衣服に宿る生活の記憶 古着を繋ぎあわせるアパレルショップ
古着を使ったワークショップを行うスタジオを展開。地元の人たちや来場者が持ち寄る古着を裂いて断片を三つ編みに繋ぎあわせ、空き家の外壁を覆っていく。アパレルショップの併設を構想中。
●男木島
女木島の北1kmに位置する面積1.34平方km、周囲5.0km、人口が約160人の島。平地がほとんどなく、斜面に密集して民家が建ち並び、その間を縫うように細い坂道が通る。島の北端に建つ男木島灯台は、花崗岩を用いた美しいつくりで、日本の灯台50選に選ばれている。2月には灯台へと続く遊歩道に約千万本のニホンスイセンが花を咲かせる。2014年には芸術祭をきっかけとして男木島へのUターンを決めた家族の尽力もあり、休校していた小・中学校が再開。その後も、男木島に魅力を感じて移り住む人は絶えず、飲食店、美容室、図書館などを運営しながら島に根を張っている。
川島猛とドリームフレンズ『瀬戸で舞う』
深呼吸ができる瀬戸内の海で心を自由に踊らせる
川島は高松生まれで93歳。瀬戸内国際芸術祭がきっかけとなって53年過ごしたニューヨークから帰国した。今回の作品は、ニューヨークで制作した「Blue and White」シリーズの原画3枚と、そこから制作したパネルを古民家に展示。テーマは、「空と雲の下には人間のドラマがある・ニューヨーク賛歌」
眞壁陸二『漣の家』
ワークショップで完成させる人びとの「多様性」を示す壁画
漁港の蛸漁倉庫の壁面に、さまざまな色に塗られたアクリル板を重ねて貼っていく。作品の前で、眞壁さんに話を聞いた。「島の住民や来場者のそれぞれが感じる「空と海の色」の板をつくるワークショップも行う。テーマは多様性。小さなピースが合わさって大きな社会に。一個一個違う。考え方も宗教も違う。自分の考えだけが正しいとなることは良くない。みんなバラバラで良い。瀬戸内の穏やかな波のように、押しては返す。海と島をカラフルに。これまでは木の板だったが、今回はアクリル。アクリルはコロナの象徴でもある。お店の仕切りの板。本当はそれを再利用しようと、一年前に考えたが(今頃にはコロナも収まって、アクリル板がゴミになって有り余ると思っていた)読みが甘かった。ステンドグラスみたいな光の透過にも興味があった。遠くからは絵が見えなくてストライプに見えるが、近づくと意味が出てくる。アクリル板にアクリルの絵の具。透明なのも色のある物も。裏側から塗って表面ツルツル。発色の良さは発見」
村山悟郎『生成するドローイング -日本家屋のために2.0』
壁画で埋め尽くされた家に、さらに異なる時間を描きこむ
2019年の芸術祭で、元商家の内壁を壁画で埋め尽くしたプロジェクトをアップデート。前回はドローイングを施さなかった壁面や2階にまで拡張して、植物や貝や人や海がそれぞれ異なる時間軸をもって同居する様を描く。会場で村山さんが語った。「この家は、築90年の建物。当時は萬屋で、釣具とかも扱っていた。住居兼お店だったので、棚とかもある。島には島独特の時間のあり方がある。長い間滞在していると感じる。船が2時間おきにやってくるとか、時間のサイクルが独自に形成されている。時間が止まっている様に感じるときもあり、時間の固有性を強く感じる。年輪が成長していくみたいに。廃屋になっている中に蔦が生い茂っていたり、植物が建物の中を成長していく。徐々に広がっていく」
●直島
今回の取材では廻れなかった、この島は外せない。以下は、芸術祭公式サイトより抜粋。”岡山県玉野市の南約3kmに位置する、面積8平方km、人口が約3,100人の島。平安時代、保元の乱で敗れた崇徳上皇が讃岐国へ流された際、この島に立ち寄り、島民の純朴なこと、素直なことに感動し「直島」と命名したとも伝えられる。直島近海は古くから海上交通の要衝であり、江戸時代の初めには多くの人が廻船業に携わっていた。幕末から明治時代にかけては芝居が盛んに行われ、現在でも女性だけの人形浄瑠璃「直島女文楽」がその伝統を受け継いでいる。ベネッセアートサイト直島などが展開し、世界的に、現代アートの聖地として注目を集めている。”
安藤忠雄『ベネッセハウス ミュージアム ヴァレーギャラリー』
谷間の環境と響きあう、時をイメージした小さな空間
芸術祭公式サイトより。”古来、境界や聖域とされる谷間に建てられたギャラリー。内省的である一方、屋外に開かれ、周囲の光や風など環境の動きも直接感じとれる空間には、地域の歴史や自然を映し出す草間彌生《ナルシスの庭》、小沢剛《スラグブッダ88》が展示され、自然への根源的な祈りや心の再生への意識を促す。”
杉本博司『杉本博司ギャラリー 時の回廊』
作家の創作活動の原点にして到達点
芸術祭公式サイトより。”杉本博司の創作活動のひとつの原点である直島における取り組みと、その究極の作品とも言える《江之浦測候所》を繋げるかたちで構想された、作家の代表的な写真作品やデザイン、彫刻作品を継続的かつ本格的に鑑賞できる展示施設。”
三分一博志『The Naoshima Plan 「住」』
伝統工法と現代技術を組み合わせた「工法」による長屋
本文)芸術祭公式サイトより。”直島町の地理、風土、暮らしなどのリサーチから導き出されたプランに基づき、地域の自然を最大限に取り入れた長屋を建設する。この計画のために開発された工法による建設現場を展示会場として、春会期は内部構造が見える状態、秋会期には完成状態を公開する。”
●大島
この島も、今回の取材では廻れなかった。北川フラム氏にとって、芸術祭の中核的な意味を持つ島。以下は、芸術祭公式サイトより抜粋。”高松港の北東約8kmに浮かぶ、面積が0.62平方km、周囲7.2kmの小さな島。古くは源平合戦の舞台にもなり、西海岸一帯には「屋島の戦い」に敗れた平家方の勇者を葬ったところに植えられたと伝えられる老松「墓標の松」に覆われた松林が、今も残る。1909年にハンセン病の療養所が設立され、1946年に国立療養所大島青松園と改称された。長らくハンセン病に対する社会的偏見と差別から、国の誤った政策により入所者が強制隔離されてきた。1996年に「らい予防法」が廃止され、2008年には「ハンセン病問題基本法」が成立し、現在は園内で、入所者の日常生活の介助・療養生活の支援と、ハンセン病を正しく理解するための啓発活動が行われている。”
鴻池朋子『リングワンデルング』
生き延びるための波打ち際
芸術祭公式サイトより。”作家によって2019年に復活した北山の「相愛の道」は、かつて昭和8年に若い患者たちが自力で掘った1.5キロメートルの散策路である。ここからは隠れた瀬戸内の絶景を望むことができる。今回はその道から、崖下の浜へ降りる階段を石組みする。閉じようとする島の地形に、生き延びるための新たな道、エスケープルートが夏会期より出現する。”
■開催概要
作品鑑賞パスポート
3会期通しは5000円(前売り4000円)、会期ごとは4200円。
コロナ禍もあり、接触を減らすため、今回から専用アプリ「瀬戸芸デジパス」を導入。さらに、これまで芸術祭になじみがなかった人にも、日帰りや1泊2日等で気軽に芸術祭に来場出来るように、今回から、1日鑑賞券(1800円)、2日間鑑賞券(3200円)も販売(実券のみ)。公式サイトやコンビニなどで購入できる。
公式アプリ
無料のアプリ。展示されている作品の情報や経路、トイレ、検温所、フェリー乗り場などを調べることができる。展示施設の休館情報やフェリーの運航状況も通知される。
芸術祭公式サイト
https://setouchi-artfest.jp/
パスポート・デイチケットに関するお問い合わせ
TEL. 087−811−7921
FAX. 087−811−7922
E-mail. setogei2022@bsec.jp
[受付時間]8時30分~17時15分
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