日立製作所は、一般社団法人日本老年学的評価研究機構(JAGES機構)との共同研究をもとに、シニアの社会参加行動を測定し、データに基づく介護リスクの予測や、介護予防のための行動介入を支援する新事業を開始する。
同事業の中核ツールとして、シニアの社会参加を促進するスマートフォンアプリ「社会参加のすゝめ」を2022年春に一般向けに無償で公開。シニア層の外出時や日々の行動状況を測定し、見える化。さらに各種データに基づいた健康アドバイスの提供、JAGES機構の先行研究に基づくコンテンツ配信などを行なう。早い時期に、スマホアプリの利用を100万人にする目標を掲げている。
スマホアプリで行動を記録 シニアの社会参加をうながす
日立製作所 金融第二システム事業部 技師の鎌田裕司氏は、「スマホのGPS機能により、自動で行動を記録し、現在の社会参加度合いを計測し、自身の社会参加状況を認識し、より高いレベルに挑戦してもらうきっかけにすること、アプリを通じて、JAGES機構が発表してきたさまざまな研究成果をコラムとして発信し、社会参加を通じた介護予防のための知識獲得と、行動変容を促すことが狙いになる。シニア一人ひとりが、介護や認知症にかかるリスクをしっかりと認識して、それを予防するため正しい知識を得るほか、それを個人だけの取り組みに留まらず、社会全体の仕組みとして定着させるといったように、社会を抜本的に変革をすることで、年間10兆円という日本の介護保険給付費の削減につなげたい」などとした。
「社会参加のすゝめ」では、スマートフォンの位置情報や歩数などのデータを用いて、疑似的に社会参加状態を計測できるほか、アプリ内の配信機能によりJAGES機構の先行研究の論文を、シニアにも分かりやすい内容に要約したコラムを読むことができる。これにより、アプリ利用者は、介護予防のための理想的な健康状態に近づくためには何をすべきかを知ることができるという。また、シニアの介護予防に向けた知識獲得と社会参加を促進。高齢化社会を支える商品やサービスを開発する企業と連携することで、アプリから得られるさまざまなデータから、任意の施策の介護予防効果を定量的に測定し、予防に向けたPDCA サイクルを回すことが可能になる。
鎌田氏は「賛同企業や自治体などを幅広く募り、アプリを通じた介護予防効果をシニアに還元できるサービスなどを提供したいと考えている。シニアの社会参加を促進するための仕組みづくりや社会実装を進める」と語る。
連携する対象としては、自治体や保険会社、金融機関、不動産デベロッパー、介護事業者、モビリティ事業者、小売事業者などを想定しているという。
具体的には、保険会社では、社会参加に対する積極性が高い保険加入者に、リーズナブルな保険料を提案したり、新しい介護保険サービスの商品化を、データによって支援。金融機関では、金融デジタルサービスにおけるシニア顧客との接点拡大に加えて、社会参加を軸とした非金融サービスの創出を支援。モビリティ事業者では、社会参加を通してシニアの積極的な外出を勧奨して、モビリティの利用促進と地域活性化を支援。不動産デベロッパーでは、社会参加の中心となる「通いの場」としての物件利用の活性化や、高齢者向けサービスとしてのテナント活用の促進などに活用できるとしている。
鎌田氏は「スマホアプリを中核に、さまざまな企業や自治体が連携することで、あらゆる趣味を持つシニアが自分にあった社会参加の方法をみつけ、選択できる社会環境を構築したい」としたほか、「社会参加行動行動の計測を通じて介護予防効果を紐解くデータベースを構築し、データに基づいて、社会参加を後押しするサービスなどを創出し、利用者に還元するサイクルを実現する。人生100年時代における健康長寿社会の実現に向けたエコシステムの構築に取り組む」としている。また、「高齢化の問題において先進国となっている日本で成功すれば、グローバル展開も可能になると考えている」とも語った。
社会参加が活発だと要介護認定の割合が低い
JAGES機構では、「シニアの社会参加と要介護認定の関係」について、長年研究を行なっており、その結果、社会参加が活発であるほど要介護認定の割合が低いという傾向が明らかになっているという。
JAGES機構の代表理事を務める千葉大学予防医学センター社会予防医学研究部門の近藤克則教授によると、「欧米での調査では、高齢者の認知症発症率は30年間で4割以上減少している。JEGES機構が自治体を対象に調査した結果でも、1日30分以上歩く人が多い自治体では認知症リスク者が少ないというという結果が出ている。特に都市部では鉄道の乗り換えのために歩くことが多いため、認知症リスクが低い。また、日本の高齢者の歩くスピードを見ると、75歳の人が10年前の70歳の速度で歩いているなどの結果も出ている」という。
「6年間追跡した調査では、男女とも、グランドゴルフや旅行をしているシニアの認知症発症リスクは約20~25%低い。また、男性ではゴルフ、パソコン、女性では手工芸、園芸、庭いじりをしている人の発症リスクが低い。さらに、就労している人やスポーツをしている人、地域行事に参加している人の要介護リスクが低く、ボランティアをしている人も要介護認定を受けにくい。ボランティアは相手のためだけでなく、自分のためにも効果がある。また、複数の社会参加をしている人の方が要介護認定リスクが低い」などとした。
これらの調査結果を実証するために、愛知県武豊町では、高齢者を対象にしたイベントを毎月のように開催。5年間に渡る追跡調査を行なったところ、後期高齢者の要介護認定率が大きく減少したことがわかったという。「今回の『社会参加のすゝめ』により、スマホアプリを通じて、参加できるイベントを紹介したり、多くの高齢者が集まっている場所が理解できるようになり、複数の社会活動に参加できるきっかけができ、要介護や認知症発症のリスクを抑えることにつなげることができる」などとした。
試算によると、社会参加の増加によって、要介護認定や認知症発症リスクを抑えることにより、人口4万人の自治体では5億円程度の介護保険給付費の抑制が可能になるほか、医療費の抑制も可能になるとしている。
紙のアンケート調査に限界 スマホアプリで正確な情報を毎日収集できる
その一方で、JAGES機構の調査では、数年に一度、紙によるアンケート調査が中心であったため、リアルタイムでの評価や実態調査が困難であったり、個人の主観的な回答に基づく調査データになりがちといった課題があった。集計しているデータのなかには、約9万人の高齢者を、3年間の追跡調査を行なうという規模のものもある。
日立製作所では、医療ビッグデータから、将来の入院発生リスクを予測する「Risk Simulator for Insurance」の開発など、人の健康に関わるデータを分析し、将来のリスクを予測する技術開発に取り組んでおり、これらのノウハウを活用することで、社会参加データを収集し、介護リスクや行動介入による介護予防効果をデジタルに評価、分析できる仕組みの検討を開始し、JAGES機構と共同で研究を進めてきた経緯がある。
今回の日立製作所との連携により、スマホアプリを活用した集計が可能になり、より多くの高齢者を対象に、回答者の主観などに左右されない正確な情報を毎日収集できるようになるというメリットも生まれる。
「社会参加のすゝめ」では、「15分続けて歩けるか」「昨年と比べて外出は減っているか」「銀行預金や郵便貯金の出し入れができるか」「日用品の買い物ができるか」「バスや電車を使って一人で外出できるか」といった内容については、自動的に収集することが可能になる。調査研究内容の拡大と、正しい定量データの獲得をもとにした精度の向上も図れる。
近藤教授は、「『社会参加のすゝめ』によって、社会参加や歩行量などの増加させることができる。そして、社会参加や歩行量が増えれば、介護保険給付費は抑制できる。高齢化すれば介護が必要になったり、病気になるというわけではない。抑制は可能であり、『社会参加のすゝめ』は、それを実現するツールになる。暮らしているだけで幸せになり、健康を保てるという社会につなげたい」とした。