クラウドとオンプレミスの二重管理を脱却し、マルチクラウド/マルチプラットフォーム時代に備える
“ポストクラウド時代”の効率的なインフラ管理方法とは
2021年07月21日 08時00分更新
Microsoft Azureのベストプラクティスを紹介していく本連載。第3回を迎えた今回は、これまでとは少し主旨を変え、今後を見据えた最新テクノロジーの利用に関して言及したいと思う。本記事のテーマは「ハイブリッドクラウド管理」である。
Azureのハイブリッドクラウドソリューションと言えば、「Azure Stack」の名前を挙げる読者の方も多いと思う。現在のAzure Stackは複数製品からなるブランド名となり、以前Azure Stackと呼ばれていたものは「Azure Stack Hub」と名前を変えている。Azure Stack Hubは、Azureと同じアーキテクチャをベースにしたプライベートクラウドを個別に構築するためのソリューションであり、それが“Azure Stack”発表当時のハイブリッドクラウドに対するニーズでもあった。
最新のMicrosoftのハイブリッド・マルチクラウドに対するアプローチは、複数製品からなるAzure Stackファミリーに加え、「Azure Arc」というソリューションが大きなポジションを占めている。今回の記事では、なぜ最新のアプローチではAzure Stackに限定しなくなったのか、また、Azure Arcを利用する運用上のプラクティスがどういったものなのか、といった点についてお伝えしていきたい。
●“ハイブリッド”の言葉が意味するものとは?
-ハイブリッドクラウドは「オンプレミス+クラウド」なのか?
-消えゆくオンプレ/クラウドの境界線と現在の課題、未来への懸念
●マルチクラウド/ハイブリッドクラウドプラットフォームとしての「Azure Arc」
-Azureを1つのコントロールプレーンとして捉えることの意味合い
-Azure Arc enabled Serverを利用したプラットフォーム横断のサーバー管理でできること
-Azureを利用すれば、より高度なオンプレミスの管理も実現できる?
“ハイブリッド”の言葉が意味するものとは?
“ハイブリッドクラウド”と言われて、読者の皆さんはどのような構成や利用方法を想起されるだろうか。クラウド黎明期の“クラウド”という言葉も定義が曖昧で、それぞれの人によって意味するものに揺らぎがあったが、今ではイメージされる対象も定まってきたように思う。
他方、“ハイブリッドクラウド”はいまだに定義が揺らいでおり、本質的な問題点や戦略を検討するべきポイントがクリアになり辛い状態が続いている。過去に「Microsoft Azure Stackのみが真のハイブリッドクラウドである」というマーケティングメッセージを発していたことの自戒の念を込めつつ、まずは現状を整理することから今回の記事を始めたい。
ハイブリッドクラウドは「オンプレミス+クラウド」なのか?
「ハイブリッド/hybrid」という単語単体は定着して久しいが、元々は「雑種」や「異種交配」を意味する単語である。したがって、ハイブリッドクラウドと呼ぶからには“クラウドと何か”のハイブリッド構成であり、一般的にはパブリッククラウドとオンプレミス環境、ないしはパブリッククラウドとプライベートクラウドを組み合わせた構成がハイブリッドクラウドと呼ばれている。
今回、筆者が問題提起したいのは、従来の「ハイブリッドクラウドを構成する要素は、オンプレミス/プライベートクラウド/パブリッククラウド」という大きな粒度で現状を正しく説明できるのか? という点である。ITインフラはその3つの定義だけで説明できるほど単純なものなのだろうか? 日進月歩という言葉が陳腐に聞こえるほどのスピードで進化し続けているテクノロジーを説明するのに、いまだにこの3つの定義だけで足りるのか?
筆者から見ると、オンプレミスもプライベートクラウドもパブリッククラウドも、継続的な進化の結果として、多様化と細分化が進んでいるように思う。現時点で標準的なものとされる定義があるわけではないが、例えば以下の図に示すようにそれぞれを細分化して捉えることはできないだろうか。
オンプレミス環境では、従来のIT環境や情報システム部門が構築/管理する基盤は依然として存在する一方で、従来の利用用途とは異なるオンプレミス環境も増えてきている。先の図では「エッジネットワーク」という言葉で表現しているが、例えば工場や倉庫、小売店といった、従来はサーバーを設置しなかったような場所へ、IoTデバイスに加えてエッジサーバーを設置し、低遅延での対応が必要な処理や、パブリッククラウドとデータ連携をするための処理を担っているような例が増加傾向にある。こうした新たな利用用途の増加により、クラウド黎明期に言われていたようなオンプレミスサーバー需要の劇的な低下という事態は起きていない。他方、これを「オンプレミス回帰」と表現するのも正しくないだろう。
プライベートクラウドとパブリッククラウドの関係性の部分にも注目して欲しい。エンドユーザー企業が自社で専有利用するために、セルフサービス機能や一定のスケールを持った独自クラウド環境を構築したものを「エンタープライズプライベートクラウド」とカテゴリ分けしてある。プライベートクラウドと言えば、従来はこのパターンを指すことが一般的だったが、導入/運用に要するコストやスキル、運用負荷の高さは今では周知の事実かと思う。その結果として、ホスティングベンダーやクラウドベンダーがプライベートクラウドをマネージドサービスとして提供する形式が確立され、一定のビジネス規模となっていることは注目に値する。さらに、ユーザー企業に対し、クラウドをサービスとして提供する形式についても、「プライベートクラウド」を「マネージドサービス」として提供する前述のものだけではなく、「パブリッククラウドの一部」を利用企業の拠点(データセンター内)に配置する“ローカルクラウド”とでも呼べる新しい形態が登場してきている(Azureではないが「AWS Outposts」がこれに相当する)。
重要なポイントは、ITインフラはもはや「オンプレミス」と「クラウド」の2種類で説明できるほど単純ではなく、多様化と細分化が進んでいるということだ。恐らく、今後も多様化と細分化は進み続けるだろう。
消えゆくオンプレ/クラウドの境界線と現在の課題、未来への懸念
多様化と細分化が進んでいるということは、それぞれに需要があり、ビジネスとして成り立っているということも意味している。さらに言うと、それぞれの領域を異なるユーザーが使っているというわけでもない。複数のカテゴリを同時に利用するというのは自然な流れであり、どれを使うのが正解かを議論するようなものではない。パブリッククラウドベンダーが提供するIaaSを利用しているユーザー企業の方も、その導入に関わるSIをビジネスとされている企業の方も、オンプレミス環境をすべてIaaS環境に移行するという例がレアケースであることは実感としてお持ちではないだろうか。
異なる例を挙げて行けば、パブリッククラウドのIaaS/PaaSと併せて Hosted Managed Private Cloud も使うようなシナリオもあり得る。このシナリオは具体的には新規のワークロードや再構築/移行が容易なものはAzure IaaS/PaaSを利用するが、OSバージョンやネットワークの設定/構成変更が難しい対象は「Azure VMware Solution」で稼働させるというような形である。
ほかにもパブリッククラウドIaaSとオンプレミス仮想基盤上の両方で仮想マシンを稼働させつつ、エッジ領域でのエッジサーバー上にコンテナ化したアプリケーションを展開してDXを促進するというパターンもある。DXを志向し、多様化/細分化する最新の技術を幅広く取り入れ、目的を達成するために効率的かつ最適な形式での導入をしようとした場合、エッジ環境の活用は不可欠であり、すべてをパブリッククラウドに集約することでは実現できないだろう。つまり、この多様化/細分化はオンプレミス/クラウドの境界が曖昧になってきていることを意味する。
このような見地に立ったとき、ポストクラウド時代、言うなればマルチ/ハイブリッドプラットフォーム時代を迎えようとしている現状において、今後の課題になる可能性が高い要素が見えてくる。すでにIaaSとオンプレミス環境とを併用されている環境では、それぞれの管理が分断されている状況に悩まれている管理者の方は少なくないと思う。IaaS/オンプレミス双方に数十~数百の仮想マシンが稼働している場合に、オンプレミス環境は従来からの管理ツール/手法を利用して管理され、IaaS環境はクラウドが持つ管理機能によって管理するような、“管理の泣き別れ状態”になってしまってはいないだろうか。
IaaSの利用において、クラウド基盤側に統合された管理機能/管理ソリューションは積極的に使うべきだろう。Microsoft Azureも「Azure Monitor」や「Azure Backup」といった管理機能を提供しており、Azure Portal上でAzure Virtual Machineの管理画面から簡単に有効化できる。さらに、個別機能としてフィーチャーされることは少ないが、リソースグループによる論理的な集合体ベースの管理や、ロールベースのアクセス制御(RBAC)、タグ付けといった機能をフル活用することの管理上のメリットも非常に大きい。しかし、オンプレミス環境がゼロにはならない以上、クラウド基盤が提供する管理機能にトータルでのインフラ管理全体を委ねることは難しい。個別ソリューション単位でオンプレミス側をサポートするものはあるが、それでは管理全体を委ねるまでには至らない。
ここからさらにポストクラウド時代が進むことを想像してほしい。数十台規模でオンプレ仮想基盤とIaaSを分断管理するのでは済まなくなることが容易に想像いただけるはずだ。全国の小売店にエッジサーバーを配置してクラウドと連携するビジネス、世界中に点在する工場や倉庫のIoTデバイスからのデータをエッジ側で処理するコンテナアプリケーションとそれを支えるクラウド側のシステム、このような活用を考えていった場合、管理が必要になるリソースの数は数百から数千に増え、IoT デバイスまで広げるならば、更に大きな桁になる可能性もあるだろう。こう考えた時、オンプレミス基盤における従来からの管理手法の拡大展開はもちろん、クラウド上のリソース効率的な管理だけでも完全にカバーすることは難しく、「新たな管理のパラダイム」が必要になることが読者の皆様にもご理解いただけるだろう。
★現在のITインフラの選択肢は“オンプレ”/“クラウド”の二者択一ではない
●ITインフラの多様性/細分化は進んでおり、かつ、その境界は曖昧になってきている。
●多様な環境を一元的に管理する手法が求められていることを、意識しておく必要がある。
この連載の記事
-
第6回
TECH
Azureの利用コストを最適化するためのベストプラクティス -
第5回
TECH
Azureにおける「IDとアクセス管理」のベストプラクティス -
第4回
TECH
あらゆる観点から考える「データセキュリティ」のベストプラクティス -
第2回
TECH
「失敗あるある」から考える、Azure移行のベストプラクティス -
第1回
TECH
Azureで実現する高可用性の“勘どころ”と構築のポイント - この連載の一覧へ