ついに登場した『角川新字源 改訂新版』のiOS版。発売元は、辞書アプリで有名な物書堂だ。会社設立以来たくさんの辞書アプリをヒットさせ、タッチスクリーンを100%活かした直感的なグリッドUIの三省堂「大辞林」や、日本最大の国語辞典を圧縮した小学館「精選版 日本国語大辞典」などをリリース。「大辞林」は「角川類語新辞典」とも連携可能だ。
物書堂の代表取締役を務める廣瀬ひろせ則仁のりひとさんにお話しを伺いつつ、数々の名アプリを世に送り出しつづける小さな巨人「物書堂」のものづくりについて紹介する。聞き手は、KADOKAWA辞書事典編纂室に所属し、現在は11月末発売予定の『皇室事典 令和版』の編集作業中の坂倉。
ASCII編集部から
※この記事は、KADOKAWA文芸WEBマガジン「カドブン」に掲載された記事をASCII.jp用に再成型し、転載したものです。
物書堂ができるまで
坂倉:今日はどうぞよろしくお願いします。「角川類語新辞典」以来、ごぶさたしています。いよいよiOS版「角川新字源 改訂新版」の発売ですが、せっかくなので今回はいろいろ聞かせてください。
廣瀬:よろしくお願いします。ようやくですね。
坂倉:廣瀬さんといえば、辞書アプリの業界では皆さまご存じの制作者ですが、そもそもなぜこの業界に入られたんでしょうか? まずは自己紹介がわりに。
廣瀬:僕らは最初、Appleのサードパーティ的なソフトウェア会社(株式会社エルゴソフト)に所属していて、Macのソフトを作りながら12年くらいすごしました。当時Appleの業績はかなり落ち込んでいて、特に日本市場の冷え込みはすごく、Macなんか年間販売30万台を切って、さらに下がりつづけていたという状況です。
これはもう廃業したほうがいいな、ということになって、僕と荒野はMacのワープロソフトでも作って食べて行こうと独立しました。しかし、独立直後に届いたのがiPhoneというスマートフォンを出すというニュースで、App Storeで自由にアプリ販売できることを知って驚きました。これはすごいぞと。この素晴らしいプラットフォームを盛り上げるために、自分も何かアプリを出さなくてはと考えたんです。
でも、最初の頃のiPhoneってバカにされていたじゃないですか。
坂倉:うーん、確かにあの頃は、「アメリカから来た携帯電話(スマートフォン)がどれほどのものだ」という空気があったような気もしますが。
廣瀬:ガラケーを使っていた人たちからも「何ができるの?」と言われていたり。でも僕は見た瞬間から、それはちがう、今までできなかったことができると考えました。その時点で、iPhoneの日本発売まで一か月くらいしかなかったけれど、非常に限られた時間で何ができるのかと考えたのが辞書なんです。
三省堂さんの辞書ビューアを手がけたことがあったので技術的な蓄積もあったし、その三省堂さんがぽっと出のベンチャーだった僕らにライセンスしてくれたおかげで、App Store開設当初からの定番デベロッパーになることができたんです。
坂倉:今から10年以上前ですよね。僕がiPhoneを最初に見たのもその頃、会社で誰かが使っていたiPhone3……。
廣瀬:3Gですね。2008年の7月(App Store開設も同時)。最初期にiPhoneを使っていたのはもともとMacユーザーでApple大好きという人が多かったと思います。アプリ第一弾の「ウィズダム英和・和英辞典」(三省堂)は大きな反響をいただきましたが、僕たちはそれ以外の多くの人にもスマートフォンっていろいろなことができるんだよと伝えたかった。だからその次は六法全書をリリースしました。
このチョイスは意外かもしれませんが、新しいものにまだ触れていない人たちの「こんなことってできる?」という声に応えたかったというか、法律だって検索できるぞというか。その次は第二外国語ということで「プチ・ロワイヤル仏和辞典」「プチ・ロワイヤル仏和・和仏辞典」(旺文社)と、満を持して中型の国語辞典「大辞林」(三省堂)という順番です。
坂倉:かなり戦略的じゃないですか。それにしても10年ちょっとで大きく様変わりしましたよね。今やアプリといったらスマートフォンですよ。おかげで、ものを調べるという行為自体が激変しました。
廣瀬:そうなんですよね。ネット回線の存在はもちろんですが、それを支えるハードウェアの進化もすごくて、今のところプロセッサの性能もムーアの法則そのままで進化しています。iPhone 3Gの解像度が320×480(163ppi、3.5インチ)ですから、最新のiPhoneで表示するとびっくりするくらい小さくなります(※01)。それにつれてデータの容量も大きくなっていて、図鑑アプリだと写真が……4Kの解像度がないと見劣りするようになったので大変です。そんな高解像度で撮ったデジタルデータなんてそうそうない。
※01 最新最強のiPhone11 Pro Maxの解像度はついに1,242×2,688(458ppi、6.5インチ)。縦横比のちがいはあれど、だいたい3倍です。
坂倉:わかります。出版社内でもちょっと前は「データがないなら昔のポジを引っ張り出してきてスキャンしよう」と言ってたのに、今はディスプレイの解像度が高すぎて、アラが見えて使いにくい。
廣瀬:フルHDまでは対応できたのに、4K以上で見たらザラザラ。今やiPhoneで撮影した映画作品がある時代ですからね。それからまた12年。時間が経てば大手がドンと大型タイトルを出すだろうから、みんながやらないところをやろうと思っていたんですが……。
坂倉:今や、物書堂さんが大手ですからね!