Microsoft Azureのサービスプロバイダーとして知られるFIXERは、2019年6月にマイクロソフトのAzureパートナー認定プログラムの最高位である「Azure Expert MSP」を取得した。ここではグローバル水準の厳しい監査を約半年間の準備でクリアしたFIXERの奮闘をお届けしたい。
FIXERがAzure Expert MSPを取得した理由
2018年7月に開催されたマイクロソフトの「Inspire 2018」で発表されたAzure Expert MSP。正式名称はAzure Expert Managed Service Providerで、名前の通り、付加価値の高いマネージドサービスを提供できることを認定する制度になる。一言で言えば「マイクロソフトのパートナーの中でも“Best of the Best”な存在」で、Azureのマネージドサービスプロバイダーにとって“免許皆伝”ともいえる、きわめて価値が高い認定プログラムだ。
Azure Expert MSPの登場は、クラウド活用トレンドの変化が背景にある。従来、マイクロソフトはサービスを構成するアプリやインフラをエンドユーザーが自社で所有・運用することを前提としていたが、基盤部分はマネージドサービスパートナー(MSP)に任せるべきであるとクラウド活用の指針を示した。これによって、クラウドは電気や水道のように、存在を意識しない社会・企業のインフラとなっていく。こうした「Configurable Cloud」という思想を体現するのが、Azure Expert MSPだ。このたびAzure Expert MSP の認定を受けた、FIXERのAzure向けフルマネージドサービス「cloud.config」を統括する小林勲氏はこう語る。
「昨年、マイクロソフトはクラウドネイティブのシステムを、再活用可能なアーキテクチャで構築する、Configurable Cloudというコンセプトを標榜しました。これはわれわれの創業時からのコンセプトであり、この思想をcloud.configというブランド名に込めています。Azure Expert MSPはまさに私たちのためにある認定制度だと思いました」(小林氏)
現状、日本のベンダーでAzure Expert MSPを取得しているのは大手SIerであるNTTデータと富士通、そしてFIXERのみ。FIXERのような100名規模のベンチャー企業はおらず、国内で監査を受けてAzure Expert MSPを取得している純日本企業はFIXERだけであり、取得までに要した時間も約半年というスピードだった。リリースにはさらっと書かれているが、最初のプロジェクトの立ち上げから最後まで異例づくしのAzure Expert MSP取得である。
振り返れば、2015年に日本で最初にAzureのリセールプログラムであるCSPプログラムを取得したのもFIXERだった。その後、国内でCSPとして実績を重ねてきたFIXERは、事前にAzure Expert MSPの情報をつかんでいたが、Inspire 2018のAzure Expert MSP発表時、そこにFIXERのロゴはなかった。そのときから「なんとしてもMSPを取得する」ことがFIXER全体の大きな目標になった。戦略担当のGMとして普段から経営戦略、中期計画、新規事業、資本政策などを担当している岡安英俊氏は、以下のように振り返る。
「cloud.configというブランドを確立し、No.1のAzureのマネージドサービスとして認知してもらうために、Azure Expert MSPはFIXERにとって絶対に必要な認定プログラムでした。マイクロソフトからFIXERへの期待も大きく、発表された直後から動き始めました」(岡安氏)
日本でトップになり、世界のトップCSPと肩を並べるサービスレベルを提供する。これが今回Azure Expert MSPにチャレンジした背景だった。
64項目中60項目で合格が必要なきわめて厳しい監査
とはいえ、Azure Expert MSPの取得は非常に高いハードルだ。ビジネス要件と技術要件を達成すれば取得できるわけではなく、それらの前提条件をクリアした上で、厳しい第三者監査が必要になる。
監査対象のセクションは大きく8つに分かれており、技術面やプランニングの優秀さはもちろん、中長期的な会社の戦略や事業継続性、運用体制、人材育成、マイグレーション提案と実践、セキュリティやガバナンスまで多岐に渡る。範囲が広いだけではなく、こうしたプロセスが実行されていることのエビデンス(証跡)、継続的な改善や実行能力まで要求される。
「SLAで定められたKPIを改善していくPDCAは普通ですが、会社としての課題発見や分析のためのデータ収集など、既存のPDCAを超えた内容が求められます」(岡安氏)
2日間に渡る監査は64項目におよび、そのうち60項目で合格しなければならない。つまり、95%以上をクリアしないと認定を受けられないことになる。しかも、そのうち20項目はカテゴリ0と呼ばれる要必須項目で、その場でNGが出ると一発で不合格になってしまう。監査人もグローバルな監査機関から派遣されてくるので、プレ監査も含めてすべて英語で行われる。入念な準備を行なわなければ、まったく太刀打ちできないのがAzure Expert MSPの監査というわけだ。
「『数あるAzureサービスの自動プロビジョニングのデモンストレーション』や、『ITSMS(ITサービスマネジメントシステム)やISMSなどのISO認証を取得する』といった技術的にもプロセス的にもハイレベルな要求がごく当たり前のように書かれています。BCPという観点では、セカンダリーサイトでオペレーションを引き継ぐ訓練の証跡まで求められますし、お客様に対しても、きちんとコミュニケーションできているか、最適化に向けた提案ができているか、きちんと成功に導いているかといった点まで求められます」(小林氏)。
この厳しいAzure Expert MSPの取得を今回FIXERはチームで乗り切ることにした。メインで担当していたのは7チーム・29名。当時、FIXER全体で150名程度の規模だったので、中心になったメンバーだけで全社員の1/5。最終的には1/3くらいのメンバーがプロジェクトに関わったという。
「各役職の職務代行順位が明確に定められている大企業ならともかく、どうしても“個の力”に頼ることになる150人規模のベンチャーにとっては、ここまでの体制は構築できていませんでした。しかし、24時間365日のフルマネージドサービスを提供している以上、たとえば『担当者が病気だからサービスできません』はあり得ません」(岡安氏)
厳しい監査の準備として、最初に手を付けたのが監査要件の“翻訳作業”だ。実は監査要件のドキュメントは抽象度が高く、単に英語を翻訳しただけではなにが必要なのかわからない。そのため、監査を担当するISSIとの窓口になり、FIXERでなにを準備すればよいか、アクションプランにまで落とし込んだのが、日本語も堪能なジャスリーン・コール(JASLEEN KAUR)氏だ。
「各セクションで1時間しかない監査の中で、具体的になにを話せばよいのか、なにを見せればよいのかを理解し、FIXERのチームメンバーに伝え、準備してもらうまでのすべての作業を担当しました。たとえば『プロジェクトの顧客』、『アプリケーションのマイグレーション』とはなにか? など、こちら側に求められていることが何なのかを具体化させていきました」(ジャスリーン氏)。
そして、この厳しい監査に向け、顧問の立場で支援したのが渥美 俊英氏になる。国内大手SIerで長らく金融業界のクラウド対応に尽力し、その後AWSジャパンのエバンジェリストとしてクラウドを啓蒙してきた渥美氏は、FIXERの社外取締役として金融機関の監査に耐えうる組織を構築していく中、このAzure Expert MSPに行き着いたという。「AWSパートナーの最高位認定であるPremier Consulting Partnerは、多数のパートナーの中でも卓越したレベルであることが知られています。MicrosoftではAzure Expert MSPが同等のものになります。いずれもきわめて厳しい要求事項について第三者監査人が一つ一つ証拠ベースで確認するので、小さなパートナーでも大手SIerと並ぶ高い実力と社内統制を持つと言えるわけです」と渥美氏は語る。
丸2日間のMSP認定本番監査の前にFIXERは同様な内部監査を4か月にわたり毎月実施、渥美氏はこの内部監査人を務めた。さらにFIXERの社員総会にも毎月参加し、Azure MSP取得の意義を説いたという。新しい認定MSPが発表される7月のグローバルイベント「Microsoft Ignite」に間に合わせるため、6⽉までに本番監査合格を必達しようとマインドアップした。「上から言われてとるのではなく自分事にしてもらえるように、Azure Expert MSP取得はFIXERと自分自身の価値を高めるものなのだと説きました。AWSでPremierパートナーがそうであるように、AzureでもExpert MSPの企業は名刺を渡せば敬意と関心を持たれます。日本国内での監査初認定であることもあわせて、クラウドの歴史に名を刻もうと話しました」と渥美氏は語る。