クルトミューラーコーンを使い続ける理由は?
── KX-3 Spritを聴いて、J-POPやアニソンもよく鳴らすと感じたのですが。特にリズム帯やパーカッションの表現がいいですね。
渡邉 J-POPですか。それは考えてなかったですね(笑)。音決めの基本は、やっぱりボーカル曲です。人の声が、人の声らしく聞こえることを最優先に考えています。トーンバランスをチェックする際には、帯域が広いクラシック曲も使います。しかし、基本はボーカルで、特に女声ボーカルが中心になります。スピーカー開発は職人的な作業ですが、私の場合、そのできが良いか悪いかは人の声を聞けばほぼ分かります。逆にこの時点でダメだと、ほかをいくらいじってもよくなる可能性はないですね。
── KX-3 Spiritで聴くボーカル曲は、割合乾いた声にも聴こえますが、リアルで解像感が良く、細かな情報までしっかりと伝えてくれる印象です。
渡邉 ウーファーにクルトミューラー製のペーパーコーンを使い続けているのもそのためです。肉声というぐらいなので、機械から出るような音は嫌なのです。しかし、古い感じの音ではないと思います。これがクルトミューラーコーンの音ですね。
コーンボディーはSX-3と同じもので、1970年代から設計を変えていません。つまりほぼ50年ずっと同じものを使い続けています。ただし、直径25cmだったSX-3に対して、KX-3シリーズでは直径17cmにトリミングします。1990年前後に開発したSX-500シリーズのウーファーは直径20cmでしたが、これもカットしただけです。
── 同じものをカットして使い続けているというのは面白いですね。捨てる部分が出るのは少しもったいない気もしますが。
渡邉 新しく作るとクルトミューラーに提出する仕様書の作成など様々な理由で1年以上の時間がかかってしまいます。その手間やコストを考えるとカットしたほうが効率的なのです。いまは「このコーンボディーの理想形は17cmだった」と感じています。
SX-7の直径は30cmでしたが、振動板のベース素材(例えば、繊維分布など)をSX-3と同じのまま、大型化すると強度が足りません。そこで、凸型のRCA「コニカルドーム」に似通ったものを付けたのです。振動板の表面に1個1グラムの1円玉を5個付けて、強度を上げるイメージです。かつてRCAが開発したモニタースピーカー「LC-1A」と同様、独特な形状なので「なんか気持ち悪い見た目だな」と思う人もいるかもしれません。しかし、剛性を上げるためには、必要なものでした。
逆に言うと、このコーンボディーを使うなら直径25cmが限界。30cmのサイズでは持たなかったということです。実はSX-3のドライバーも裏側に、補強をいっぱい入れていました。その後のSX-500では直径を20cmまで小さくしたことで、この補強の大部分が取れました。直径17cmにしておけば、最初から補強なしで作れたと思います。
ロクハンに近い、170mm口径が一番声をピュアに伝えられる
── 振動板の素材は日進月歩でいろいろなものが用いられますが、敢えてクルトミューラー社のペーパーコーンを使い続ける理由はなんでしょうか。
渡邉 なぜそうするのか。それは楽器と同じです。これで聴けば、人の声が人の声らしく聴こえるという信念です。だから古臭くても使い続けています。
かつて自作スピーカーを作るようなマニアの間に「ロクハン党」と呼ばれる人たちがいました。「ロクハン(直径16.5cmのドライバー)が最高なのはなぜか? 人の声を聞いてごらん。絶対的にピュアだからだ」と、彼らは言っていて、私もそう感じていました。フルレンジのスピーカーで、当時一番広く周波数帯域を取れたのがロクハンでした。
ちなみに、クリプトンで最も小さな「KX-0.5」は直径140mmですが、それ以外の機種はすべて直径17cmのウーファーを使っています。ほぼロクハンと同じサイズで、これにツィーターを付けて調整し、ウェルバランスにします。2ウェイなら、人の声の帯域でクロスオーバーポイントがなく、モジュレーションがありません。「一番ピュア」だし、「特に人の声は絶対にいいんだ」という信念でずっとやってきました。