10年間で「どうしたことだ!」というくらい変化した
今年1月、日本動画協会から「アニメ産業レポート2018」が刊行された。それによると、2017年から日本のアニメ産業市場は5年連続の伸長で(108%アップ)、初の2兆円を突破したと報告されている。興味深いのは、10年前との比較だ。「テレビ」は2015年をピークに横ばいだが、「映画」が193.4%の伸び、「配信」は551%という数字だ。9年前から出てきた「遊興」(パチンコ・パチスロ映像収入)、4年前に出てきた「ライブエンターテインメント」もすっかり定着している。
それぞれの現象は、「そうだよねぇ」と業界に近い人ならとっくに了解していたことだが、この10年の間に日本のアニメ産業は、こと売り方に関しては業態が変わったというくらい変化している。
そして、注目すべきなのは売上2兆円のうちの約半分の1兆円が「海外」の売り上げとなったことである。これは、前回も触れたように「米国のエンターテインメント産業が自動車や食品より大きい」という観点からすると、とても素晴らしいことだ。しかも、この産業は「輸出比率が高い」ということも注目点といえる。
そこで、「海外のどこで日本のマンガは読まれているのか?」の続編として、今回は「世界のどこで日本のアニメが楽しまれているか?」について紹介する。前回と同じくWikipediaのデータ(2019年2月22日付けのダンプと他言語のリンク情報がsql形式で提供されている)を集計してみたというものだ。
ただし、マンガの集計では日本の作品に絞って洗い出したのに対して海外作品も対象にしている(日本語Wikipediaにあるものを起点にしている点に注意)。また、この集計を読むときに留意すべきことがいくつかあるのは前回述べたとおりだ(どんなバイアスがかかりうるかは必ず確認していただきたい)。次の表が、その結果である(日本作品は色分けしてある)。
ひと目で気が付くのは、アニメにおいてはディズニーやマーヴェルなど米国勢がとても強いということだ。マーヴェルの作品群は、3DCGが原動力になって露出も増えているのはお気づきだと思うが、映画関係者によると日本では若い層に見られているそうだ。
ちなみに、今回とほぼ同じ集計を2011年にも行って「Wikipediaでわかる日本コンテンツの“クールジャパン度”(続)」と題して紹介した。トップは『きつねと猟犬』から『ライオン・キング』へと変わった(この数字を見ると今年8月公開の“超実写版”がキング・オブ・エンターテイメントと付いているのも納得がいくというものだ)。
日本は「アニメ大国」なのだろうか?
「日本のアニメは世界の60%のシェアである」といった表現をみかけることがある。私もそんなつもりで話をしてしまうことがあるが、この集計結果をみるとそのリアリティはない。
アニメ産業の市場シェアに関しては、ローランド・ベルガーが2015年にはじき出した数字があり、4%程度となっていた。これは、思いのほか小さな数字で「本当にそうなの?」と思われた人も多いと思う。しかし、このWikipediaの他言語のページ数の集計は、そのとおりといえる結果である。
もちろん、アニメの市場シェアという議論は、映画の興行収入なのか? テレビアニメの番組数なのか? 作品自体の影響力など、なにを根拠にいうかということになる。ご覧のとおり米国のディズニー、マーヴェルが圧倒的なので、一定の切り口では日本は十分に健闘しているということなのだと思うが。
さて、その日本のアニメ作品で見ていくと、トップの『ドラゴンボール』(日本語とあわせて98言語)、5番目に『NARUTO』(同89言語)がきている。どちらも、マンガとしての存在感が大きい作品である。
Wikipediaでは、しばしば1つのマンガ作品がアニメ化されて別のページになっていることがある。たとえば、『進撃の巨人』のほかに、『進撃の巨人 (アニメ)』がある。ところが、これが英語では1つのページになっている。このようなケースも配慮して集計した。
ただし、このルール(というかプログラム)で集計すると、『星の王子さま』、『ポケットモンスター』が、全アニメ作品のリストよりも上位に入ってくる。『ポケットモンスター』はともかく、『星の王子さま』をアニメ作品として評価はしにくいためあえて外してある。また、『ポケットモンスター』に関しても上記の集計ではなく個別ページのみの掲載とさせてもらった。
アニメ映画作品では、前回は『千と千尋の神隠し』が44言語で20番目だった。今回は、それが61言語と増えたものの41番目である。
日本作品で海外で人気の作品やその傾向を見ることもできる。『フルーツバスケット』(『花どゆめ』連載)や『東京ミュウミュウ』(『なかよし』連載)など、少女マンガ誌系が出てきている点も興味深い。ただし、Wikipediaの情報は蓄積されていくものなので古い作品のほうが他言語ページが多くなる傾向がある点は注意が必要である。
前回、マンガの集計において「タガログ語」と「アラビア語」でのページが大きく増えたと紹介した。アニメに関しても同じ傾向が見られる。ただし、タガログ語では、上位のコンテンツでも抜けがあることだ。タイ語も同様。つまり、フィリピンやタイではディズニーなど米国系のアニメが相対的に弱い割には日本のアニメを見ているということだ。
日本のアニメを見る文化圏は、英語に加えて、イタリア、フランス、スペイン、ロシア、ドイツ、ポルトガル、および北欧といった日本コンテンツに熱心なヨーロッパ諸国とアジアの主要言語に相当することも分かる。業界的には「20カ国」が日本コンテンツが広がる1つ目安だという意見があるそうで、このグラフではオランダ語が20位となる。
なお、次のグラフは『アニメ産業白書2018』によるアニメ業界統計調査における海外展開状況である。
これに対して、日本のアニメ作品の国別のWIkipediaでの他言語ページの数は以下のようになっていた(ノイズも含まれるので目安と考えていただきたい)。この2つの順位の差異は、グラフの単位が違うのもあるが、言語の使用人口やパッケージによる流通の度合いなどパイプの違いのためと考えられる。
英語 1250
中国語 994
イタリア語 914
ロシア語 740
タガログ語 725
スペイン語 662
フランス語 638
韓国語 496
ポルトガル語 432
ドイツ語 405
アラビア語 271
インドネシア語 223
ポーランド語 219
ベトナム語 202
タイ語 190
ウクライナ語 160
スウェーデン語 152
ペルシア語 143
ハンガリー語 110
カタルーニャ語 109
フィンランド語 98
オランダ語 92
トルコ語 91
マレー語 87
アゼルバイジャン語 73
チェコ語 62
アルメニア語 53
ヘブライ語 48
ノルウェー語(ブークモール) 42
ガリシア語 42
ところで、『マンガ産業論』(筑摩書房)の著者である中野晴行氏が、ある業界団体刊行の白書の会合に出た感想を述べられていたのが印象的だった。
いわく、「各ジャンルの編集委員から、テンセントやネイバーの名前が出てくる。中国や韓国のデンタルコンテンツ企業がジャンルを統合しながら世界に向けてコンテンツ市場を拡大しようとしているのに対して、日本は、スマホの画面を各ジャンルが競いながら取り合おうとしているという構図が見える」というお話だった。
遠藤諭(えんどうさとし)
株式会社角川アスキー総合研究所 主席研究員。月刊アスキー編集長などを経て、2013年より現職。雑誌編集のかたわらミリオンセラーとなった『マーフィーの法則』など書籍の企画も手掛ける。アスキー入社前には80年代を代表するサブカル誌の1つ『東京おとなクラブ』を主宰。現在は、ネット・スマートフォン時代のライフスタイルについて調査・コンサルティングを行っている。著書に、『計算機屋かく戦えり』、『ソーシャルネイティブの時代』など。趣味は、神保町から秋葉原にあるもの・香港・台湾、文房具作り。
Twitter:@hortense667Mastodon:https://mstdn.jp/@hortense667
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