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遠藤諭のプログラミング+日記 第56回

「フリー」「シェア」に続くネットのパラダイムは「応援」かもしれない

2019年02月20日 09時00分更新

文● 遠藤諭(角川アスキー総合研究所)

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100兆ジンバブエドルは価値の半減期1日という伝説の紙幣

人はどんなときにお金を払うのか?

 だいぶ前の『週刊アスキー』の連載「神は雲の中にあられる」(2013年の924号)で、私は、どんなときに人がお金を払うのかというお話を書いた。その頃の日本では「マネタイズ」という言葉が流行っていて、ネットサービスを考えている人から「会社からマネタイズはどうやってやるんだ」と突っ込まれてゴーサインが出ませんなんてことをよく耳にした。

 日本で「マネタイズ」というと、楽天の三木谷社長が『週刊東洋経済』(2005年10月15日号)でフジテレビを「メディアミックスをいちばんうまくマネタイズ(収益化)できている」と答えたあたりが早かったとされる。さすが三木谷さんである。マネタイズは「結果論」で使うべき言葉なのだ。

 とはいえ、企業はお金を稼げないとやっていけないのも事実だろう。そういうときに、きちんとお金を払うことに関して研究されていないから、つまらないマネタイズの議論に巻き込まれてしまう。その結果、さらにブレークもしなければ儲かりもしない商売になってしまうのはよくないことである。ということで、以下のようなリストを作ってみたのだった。

マネタイズ信者のためのチェックリスト

 いやいや払う

 だまされて払う

 習慣で払う

 分割なので払う

 気がつかないうちに払っていた

 ボタンを押し間違えて払ってしまった

 友達の手前払う

 みんなが払うので払う

 カッコつけて払う

 おごりで払う

 接待で払う

 寂しさのために払う

 払うストレスがないので払う

 感謝の気持ちで払う

 払ったつもりはないが事実上払っている

 返し忘れて払う

 解約してないので払っている

 税金なので払う

 保険を払う

 払わないと殺されるので払う

 罪悪感のために払う

 負けて払う

 借りたので払って返す

 緊急なので払う

 旅先でうかれていて払う

 雨の日なのでポチる

 必要なので払う

 安いと思って払う

 いましかないと思って払う

 値段がうごいたので払う

 1冊目が安いので払う

 得したと思って払う

 バカなので払う

 次に大きく返ってくると思って払う

 子供のために払う

 それを守りたくて払う

 なんとなく払う

 金で示す

 成金なので払う

 自分のために払う

 時間を買う

 自慢のために払う

 払うことで勝利感をあじわう

 世の中のためと思って払う

 モテるために払う

 性欲、食欲、生存欲のために払う

 コンプリートのために払う

 払うのがきもちいいので払う

 あわれなので払う

 くやしさのために払う

 心のバランスのために服やライカを買う

 応援で払う

 いいね! したので払う



動画版「人はどんなときにお金を払うのか?」

 ところで、最後から2個目に「応援で払う」というのが入っている。これらはだいたいどれも事例をイメージしてあげていったものなのだが、なぜかたぶん最後に追加したのだと思うこれだけは、具体的に何をイメージしたのか思い出せないのである。

 2013年は、ローレンス・レッシグのハイブリッド経済(商業活動とともに評価・共有なども並行して行われる)も言われていた時代である。だからとっくに、応援のようなものもそうした一連の考えに含まれていたということかもしれない。

 ところが、ここのところ「応援」は、いまジリジリとその存在感を増してきているように見える。「フリー」、「シェア」など、ネット独特の人々を動かすパラダイムの次にやってくるのは、

 「応援」(Support)

 かもしれないということだ。「フリー」や「シェア」ほど万能で日常的に行われるようにはならないが、それとは違った軸の大きな価値を持ちうる可能性があると思う。

海外の大企業は若いアーチストなど小さな活動にスポンサードしている

 最初に「応援」という言葉がひっかかったのは、無料マンガサイトの「応援ポイント」である。ちょうど、1年前、私は香港芸術中心の1セクションである香港動漫基地で「日本のマンガ配信サイト」についてレクチャーをさせてもらった(前の年の11月に秋葉原の3331で行われた香港コミックのイベントでの縁がきっかけ)。

 実は、日本のマンガ配信サイトについて知りたいと言われてにわか仕込みで周囲に聞いて回ったのだが、なるほど彼らが知りたいと思う理由がわかった。

 1週間待てば無料で読めるマンガを応援ポイントを買うことで早く読むことができる。これは、お金で早読みの権利を買うことなのだが同時に自分が読みたい作家にポイントをお布施することになる。ポイントはランキングされて上位にその作家がいる間は連載が打ち切られることはない。「応援」が、自分のメリットになるのはよくできたしくみだと思う。

マンガ配信サイトの応援ポイントは「広告+F2P+AKBモデル」だ。

 応援といえば、映画の「応援上映」は無視できないだろう。2018年に公開された映画の興行収入1位は『ボヘミアン・ラプソディ』だが、東宝シネマズが「“胸アツ”応援上映 」というのをやっている。サイトを見ると「拍手OK!手拍子OK!発声OK! 映画本編の歌曲部分に英語字幕をのせた、応援可能な特別バージョンの上映です」とある。映画館で騒ぐといえば、私の世代だと『ブルースブラザーズ』を上映中に後ろで踊っている連中がいたくらいの記憶しかないが。

 クラウドファンディングも「応援」に関係してくる領域だ。私は、ちょうど1年ほど前に米国のKickstarterで自分のプロジェクトを立ち上げた。Kickstarterでは、プロジェクト立ち上げから終了までアドバイスをたくさん送ってくるのだが、最初に「自分の回りの人たちに応援してもらいなさい」と言ってきて驚いた。私は「家族・友人に頼っていたらダメだろう」と考えたのだが、そうではなかった。これは、アメリカの地域社会的なコミュニティ的な応援かもしれない。あるいは、80年代はじめの生産消費者の世界に通ずるものなのだろうか?

 先日、興味深いと思ったのはビジネス書の女性編集者が、自分が作った本が売れたといってFacebookに「応援してくれた人ありがとう」とポストしていたことだ。たしかにいい本なので「いいね」とは思っていたが、誰がどんな形で応援したのだろうか? 少なくとも応援というメンタリティがそうした人たちの間にはあったからだろう。

 いろいろな応援が、あちこちで発生しないるわけなのだが、先日、「応援」についてのあるメカニズムというものに出会った。弊社がTwitterのエンタメ関連に関する全量リアルタイム解析というものを提供している。これによってあるネット広告の反響を分析していたときのことだ。

 ツイッターで、タレントAさんを使ったある広告のことがつぶやかれる。このとき、タレントAさんの名前や広告主の会社名や商品名をきちんと含んだツイートがされている。通常ソーシャルメディアは、自分のコミュニティにしか通じないような言い方になりがちだが、SEO対策されたともいえるつぶやきがされていたのだ。これは、Aさん本人がエゴサーチして自分のポストを見てくれることを期待しているからだとされる。そして、広告主に対しても「よくぞAさんを起用してくれた」というメッセージにもなっている。

タレントAを使った広告主とファンの関係

 応援は、かつては運動会の声援のように1つ1つまで分かる解像度ではなっかた。それが、いまはツイッターによってカウンタブルな投票のようなものになったのだといえる。それがまた、ネットでは丸見えになっているから、「応援上映」と同じような同時性をともなう応援にもなっている。また、クライアントがからむことでお金の動きをともなう「応援ポイント」的な行動にもなっているわけだ。

 これらが総合的に「応援」のいまの形をつくりあげつつあるのではないか? 「応援」とお金の関係は、お相撲さんのタニマチの世界に象徴されるように昔からあるものだ。それがネットによって形を変えてきているように思う。ドローンで可能になる精密農業ではないが小さく精度の高い応援もできるようになっている。

 などと言って言っていたら、「エンドウさんそんなことも知らなかったのですかぁ」と言われてしまった。海外の音楽やアートなどのユースカルチャーに詳しい人物と話をしていたら。日本では大企業は超有名アーチストや大イベントにしかスポンサードしない。ところが、海外では若いアーチストのライブや小さな活動を「えっ?」というくらいの大企業がごくありふれた形でサポートしているというのだ。

 とくに英国などは良い例なのだが、たしかに、私が好きなテクノロジー×アートの境界領域でも、それを感じさせるニュースを見かけるように思う。その底辺にあるのは、応援したいものをサポートしてくれたという感覚である。日本の大企業は、そこがもうひとつ分かっていないという話だった。

遠藤諭(えんどうさとし)

 株式会社角川アスキー総合研究所 主席研究員。月刊アスキー編集長などを経て、2013年より現職。雑誌編集のかたわらミリオンセラーとなった『マーフィーの法則』など書籍の企画も手掛ける。アスキー入社前には80年代を代表するサブカル誌の1つ『東京おとなクラブ』を主宰。『カレー語辞典』(誠文堂新光社)に名前で項目が立っているカレー好き。著書に、『近代プログラマの夕』(ホーテンス・S・エンドウ名義、アスキー)、『計算機屋かく戦えり』など。趣味は、神保町から秋葉原にあるもの・香港・台湾、文房具作り。

Twitter:@hortense667
Mastodon:https://mstdn.jp/@hortense667


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