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田川欣哉、深津貴之、中村洋基——トップクリエイターが語る「体験」のデザイン

2018年05月16日 12時42分更新

文●D2Cスマイル

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日本を代表するトップクリエイターたちは体験(エクスペリエンス)をどう捉え、デザインしているのか? セミナーイベント「CODE Digital Creative Academy」で語れたその内容をお届けします。

デジタルを介して創造した「体験(エクスペリエンス)」により、成功したマーケティングコミュニケーション事例を顕彰する「コードアワード」。コードアワード事務局では、デジタルマーケティングやクリエイティブに関わるすべての方に向け、トップクリエイターのお話から業界の今と未来を考えるセミナーイベント「CODE Digital Creative Academy」を開催しています。

「コードアワード2018」から追加される「プロダクト&サービス」賞の新設を記念し、第3回は「体験(コト)のデザインとは何か。デジタルマーケティングと結びつくとき、XDは一気に花開く」をテーマに3月13日(火)開催しました。

日本を代表する体験デザインのプロフェッショナルとして、Takram代表であり英国ロイヤル・カレッジ・オブ・アートにて客員教授を務める田川欣哉氏、数々の企業コンサルティングやCXOを務めるTHE GUILD代表の深津貴之氏、話題のWebサービス『VALU』を手掛けるPARTYファウンダー/クリエイティブディレクターの中村洋基氏の3名をお招きし、& Co.の横石崇氏をモデレーターに、体験のデザインが必要とされる理由から、あるべきXDの描き方まで、多角的な視点からお話を伺いました。

トップ写真:左からモデレーターの& Co. 横石 崇氏、パネリストのTakram 田川欣哉氏、THE GUILD 深津貴之氏、PARTY 中村洋基氏

ネット時代の今、“モノ”のデザインだけでは足りない

コードアワードでは「デジタルを介して創造した『体験(エクスペリエンス)』」を大きなコンセプトとしていますが、デジタルが進化すればするほど、ユーザーに提供しうる体験の可能性は広がるばかりです。

& Co. 横石崇氏

しかし体験のデザイン、つまり「XD(エクスペリエンス デザイン)」とは何なのか。モデレーターの横石氏が「理解はできているのに、端的に説明する言葉がなかなか見つからない概念です」と表現するように、この抽象的なキーワードを具体化することが、一つのカギになるはずです。そこでセミナーは「体験のデザインとは何か、なぜ注目されているのか」をテーマにスタート。田川氏は経済産業省による「産業競争力とデザインを考える研究会」のために作成した資料を引用しながら、XDの重要性についてお話しくださいました。

田川氏は「ハードウエアの発明によって産業が発展した第1次産業革命、そこにエレクトロニクスの技術が加わった第2次産業革命。この第1次、第2次の段階に対応するために生まれたのがプロダクトデザインやグラフィックデザインなどのクラシカルデザイナーです」と、デザインの歴史を振り返ります。そして「ソフトウエアの誕生が招いた第3次産業革命、次いでウェブやアプリ中心のインターネット世代の登場においては、デザイン思考やデザインエンジニアリングが登場しました。そして、IoTやAIに代表される現代の第4次産業革命時代では、クラシカルデザイン・デザイン思考・デザインエンジニアリングの3つの組み合わせが重要になってきています。」と言います。

参考)第四次産業革命とデザインの役割|産業競争力とデザインを考える研究会|経済産業省

BTCの協働が可能にする“体験(コト)”のデザイン

Takram 田川欣哉氏

では、ハードウェアの時代とインターネット以降の今では、何が変わったのか。その最たる変化こそが、体験をデザインすることの必要性です。デジタルの進化によって、ユーザーの“体験”がプロダクトやサービスの成功を左右するファクターになったのです。

体験の提供が産業の核となった今、田川氏が提唱するのが“人材のBTCモデル”と題されたチャートです。新しい体験を提供していくためには、このBTCトライアングルをいかに調和的に作り上げていくかということがポイントとなります。Bはビジネス、Tはテクノロジー、Cはクリエイティブを意味しますが、例えばBとCが補い合うデザイン思考やTとCが融合するデザインエンジニアリングのように、「B・T・Cが独立して存在するのではなく、互いに重なり合い、補完し合うような組織作りが重要です」と田川氏は指摘します。


デジタルの進化によって“体験”の消費が当たり前となった現代では、ハードウエアのデザインだけでなく、“体験”のすべてをデザインするための協働=“BTCモデル”の構築が必要に

出典)第四次産業革命とデザインの役割|産業競争力とデザインを考える研究会|経済産業省

購買決定の因子が「機能・性能・価格」だった時代から、「機能・性能・価格・体験」の時代へ。ネットの登場によって体験という要素が新たに加わり、この要素こそが重要となった今、田川氏は「これまで企業イメージを支えていた従来型のVI(ヴィジュアルアイデンティティ)は、体験の質の面にもデザインの対象を広げ、 XI(エクスペリエンスアイデンティティ)に進化する必要があります」と明言。例として、田川氏は「コーポレートサイトの表示にかかるローディング時間が何秒まで許容されるかなども含め、デザイナーが気を配るようにしていかないといけない」と指摘します。

ネットの普及によって購買決定の因子に“体験”がプラスされ、コーポレートアイデンティティのあり方も、従来型のVIから体験ベースの“XI”へと進化

そして田川氏は、XIを確固として築くための手段として、体験をデザインすることの最高責任者となる「CXO(チーフエクスペリエンスオフィサー)」の導入にも言及。このCXOのポジションに立ち、Webサービス『note』のXDを担うのが深津氏です。

CXOがデザインする、ユーザー目線を内包した利益戦略

THE GUILD 深津貴之氏

深津氏は「あくまでもnoteチームでの場合ですが」と前置きしながら、「ユーザーにとっての素敵な体験を考えることはもちろん、その素敵な体験とは何かをユーザー自身から抽出するため、リサーチ活動も行っています」と、その役割を明らかにしています。また、素敵な体験を叶えるための要素として「素敵なコンテンツがあること、その素敵なコンテンツが見つけやすいこと、そしてコンテンツを作るユーザーさん、コンテンツを読むユーザーさんの双方が継続して使いやすいこと」の3つを挙げています。

しかし田川氏の提唱する“BTCモデル”に当てはめるなら、CXOの役割はユーザーが最も直接的に体験するUXだけでなく、ビジネスにおける利益戦略までデザインする必要があります。そこで深津氏は、「例えば『note』の場合、コンテンツを作る著者が多くいれば良質なコンテンツが生まれる確率が上がり、良質なコンテンツが多く生まれれば、より多くの読者が集まります。そして多くの読者が集えばバズの発生率が上がり、バズの発生率が上がれば、それなりの流通金額を得ることができます。要はユーザー目線を内包したエコシステムを描くことが、僕のやり方です」と、収益構造のデザインにも触れています。

こうしたエコシステムの構築は、従来であればマーケティングの専門分野。そのためセミナー参加者から上がったのが、「CXOとマーケッターは仲良くなれるのか?」という声です。この疑問に対し、深津氏は「マーケティングの部署にいる人たちが話す、“その国の言葉”で伝えることを意識しています」と回答。

「マーケッターと話すときには『タッチポイントが上がるごとにユーザーの好感度が上がり、好感度が上がれば、購買確率も上がりますよね』と伝えますし、エンジニアと話すときには『スピードとECサイトの売り上げは正の相関関係にあるので、0.1秒くらい速められれば、これだけの収益につながります』という伝え方をします」と、CXOが描くXDを企業全体に浸透させるためのコミュニケーション術についてもお話しくださいました。

PARTY 中村洋基氏

また、電通勤務の時代から数々のクライアントワークが高く評価される一方、独自開発のフィンテックサービスである『VALU』を立ち上げた中村氏は、日本でXDが軽視されがちな企業において、その状況を打開にするには「体験を重視するカルチャーをつくるための地道なロビー活動は大事ですね」と言います。

「XDの必要性が、なかなか理解してもらえない。その理由は組織が悪いのかもしれないし、田川さんが敢えて『BTC』を再定義しなければならないほど、XDに疎い企業のカルチャーがあるのは当たり前です。実際、「体験が改善されて売り上げが落ちた」というのは、あまり意味がありません。しかし、経営者はだいたい「そこは弱点だ」ときちんと認識しています。小さな成功体験の積み重ねが、コミュニティ内での説得力につながってきます」と、XDという新たな領域にチャレンジする人たちの背中を押してくださいました。

“お気に入りの事例”から学ぶ、生きた体験のデザイン

さらにセミナーでは、3人が選ぶ「最近、お気に入りのXD」もご紹介しましたが、田川氏は「最近、ネガティブな体験をした場所」として、タクシー待ちの大行列ができる東京駅八重洲口のロータリーを挙げています。「快適な新幹線から降りた矢先に出くわすのが、この行列。こういったユーザーがイラッとする体験をすくい上げ、こつこつ改善していくのもCXOの仕事」と、誰しもが経験する“不合理によるイライラ”を例に説明くださいました。ちなみにこのネガティブ体験をツイートされた数ヶ月後、同じ場所を訪れた際には、列のシステムが導入され体験が大幅に改善されていたそうです。

次に深津氏が挙げたのが、浮気を謝罪する言葉が掲げられたトラック。「僕はアドトラックがあまり好きではないのですが、これを見たとき、あまりに巨大な謎を振りまいて走り去っていったので、ついググってしまいました(笑)」と、不可解という体験がもたらすプロモーションの可能性についてお話しくださいました。

そして中村氏は、人気のバーチャルYouTuber「キズナアイ」をピックアップ。「既存のYouTuberの魅力を抽象化・言語化すると、『毎日会える、手の届くタレント』のようなことだと考えていた。また、ディズニーシーの「タートルトーク」はたいへん面白いが、あの面白さはインタラクティブな会話にある。バーチャルである彼女たちに同様の意識が芽生える理由がよくわからないので、体験として非常に興味をもっています。この基礎技術のおかげで、YouTuberになる敷居がぐっと下がる可能性がある」と、XDの新たなる可能性を示唆しました。

最後は一人ずつ参加者へのメッセージで締めくくられました。「ホモサピエンス全史や古事記を始めとした歴史書を読み、メタ視点を鍛えること」(田川氏)、「向き合う案件の世界に飛び込み、とにかく自分自身が体験すること」(深津氏)、「新たな何かに出合ったときには、その体験や生じた疑問をとにかくメモすること」(中村氏)と、XDのスキルを伸ばすために必要なアドバイスをくださいました。

(記事提供:D2Cスマイル

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