尿素回路に異常のある患者を助けるために、アンモニアを吸収するように遺伝子を改変した大腸菌を経口投与する「生きたバイオ療法製品」の安全性試験が始まった。治験ボランティアたちを3週間、病院の施設に缶詰めにして、排泄物のDNAを分析する。
メリーランド州ボルチモアのどこかで、治験ボランティアたちが遺伝子組み換え生物(GMO)、正確にいうと遺伝子を改変した大腸菌バクテリアが詰まったカプセルを飲み込んでいる。
この突飛な研究はマサチューセッツ州ケンブリッジに拠点を置くシンロジック(Synlogic)が実施しているものだ。同社が「合成生物機能学(synthetic biotics)」と呼ぶ、人間の腹の中で特定の仕事をするように遺伝子操作されたバクテリアの試験である。
このカプセルの中には、アンモニアを十分に速く排泄できない人の内臓の中でアンモニアを吸い取るように遺伝子操作された大腸菌が入ってる。人の体内に何兆もの微生物が住んでいることが解明されるにつれ、マイクロバイオーム(体内の微生物の集合体)を活用しようとする機運が遺伝子工学者たちの間で高まっている。
シンロジックが開発している経口薬は、「尿素回路」の疾患に苦しむ人びとを助けることを目的としている。尿素回路とは、余分な窒素を排出するため肝臓の中にある新陳代謝のはずみ車だ。尿素回路に異常がある人びとの体内では、余分な窒素がアンモニアに変わってしまう。台所の流し台の下にあるのとちょうど同じものであり、まったくもって同じくらい危険な代物である。
稀な疾患だが、重篤であり、肝臓移植が必要になる人もいるほどだ。
2017年6月に始まったシンロジックの研究に、患者はまだ参加していない。安全性試験を実施している段階だ。治験ボランティアたちは、安全性に関する知見を得るために、代金を受け取って遺伝子組み換え菌を飲み込む。排泄物を回収してDNA分析ができるように、同社の技術者の監視の下で、試験施設に約3週間住み込みで暮らす。
試験に参加する50人から無作為に選ばれた「多く」の者は、新しい遺伝子組み換え経口薬をすでに摂取したと、シンロジックのJ・C・ゲティエレス=ラモスCEO(最高経営責任者)は話す。他の者は偽薬を摂取した。試験はメリーランド州のある病院で実施されている。
シンロジックの医薬品は、有機体の代謝系を操作して燃料や医薬品、香水などの化学薬品を製造しようとする合成生物機能学の代表的な適用例と言える。過去には、ヨーロッパ企業のアクトジェニックス(ActoGenix)が乳酸連鎖球菌という細菌の遺伝子を操作して、蛋白質薬剤を放出するように改変した。米国でもマリーナ・バイオテック(Marina Biotech)が、同じように遺伝子改変した抗がんバクテリアの小規模な安全性試験を実施した。
米国食品医薬局(FDA)はこうした医薬品を「生きたバイオ療法製品」とみなしており、人間で試験するというシンロジックの申請に今夏、ファスト・トラック(重要な案件の審査を他よりも優先させること)を適用した。シンロジックは12月までに医薬品の安全性を確認し、2018年には実際の患者での研究を始めるつもりだとゲティエレス=ラモスCEOは話す。