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WordPress+AWSで疾走する小さいけどすごいクラウド会社

神戸のデジタルキューブが実践するコミュニティ、ビール、たまに仕事

2017年07月11日 09時00分更新

文● 大谷イビサ/TECH.ASCII.jp

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創業時からリモートワーク、コミュニティ重視だったデジタルキューブ

 デジタルキューブは、働き方も、ビジネスモデルもユニークだ。もともと「WordPressをビジネスにしたい」というコミュニティメンバーが集まって会社が生まれたこともあり、CEOの小賀さん自体もコミュニティに貢献している。プロジェクトスタイルの仕事自体もコミュニティメンバーで回しており、いわゆる会社組織というより、「コミュニティドリブンなギルド組織」という表現の方がしっくりくる。

港に近い神戸オフィスはコワーキングスペース代わりに使っているイメージで、普段はオンライン

 こうした組織形態であるため、デジタルキューブは創業当初からリモートワークだった。「僕が神戸に住んでいて、デザイナーとコーダーは東京、プラグインを開発していたメンバーが新潟」(小賀さん)とのことで、当初からリモートワーク前提だった。でも、コミュニティ内のやりとりはオンラインが普通で、非同期での開発効率もいいし、無駄なコストがかからないのもわかっていたため、障壁はなかったという。

 コミュニティへのコミットも自然の流れだった。「会社を立ち上げたのと、WordBenchがスタートしたのがほぼ同時期くらい。うちのメンバーがWordPressのドキュメント翻訳やプラグイン開発に携わっていたので、WordCampのオーガナイザーをやってた。ビジネスでは目立った事例もないしユーザーがいない、そもそもオープンソースなんて大丈夫かという時代だったので、そういう活動で市場を拡げていくしかなかった」と小賀さんは振り返る。一方、JAWS-UGに関しては、幅広い人とコラボできるプラットフォームとして重視している。「JAWS-UGはインフラの人、プログラマー、Webデザイナー、ハードの人などいろいろな人が関わっているので、あらゆるところにコネクトできるのが大きな魅力」と小賀さんは語る。

コミュニティで集まるデジタルキューブの愉快な仲間達

 こんなデジタルキューブだけに、集まるメンバーもコミュニティでつながった仲間だ。

 JAWS-UG神戸でAlexa勉強会を主催しているIto Tomoharuさんは、2013年のデブサミで玉川憲さんの話を聞いて、AWSにダイブしたくちだ。当時、Itoさんは関西のソフトハウスでエンジニアとして働いていたが、サーバー管理で心が折れていたときに、玉川さんのクラウドの話がヒットしたという。

 「当時、サーバー管理は社内で僕1人。よくあるやつですよね。普段は客先に出てて、インシデント発生と同時に夜戻ってきて、サーバーメンテするっていう。そんなときに、調達10分、全部リモート管理できますって聞いたら飛びつきますよ(笑)」と振り返るItoさん。クラウドで全部を自分の手の内に掌握できる感覚を得たことで、同じ境遇の人も絶対助かると思ったという。「それまでは僕も『サーバー社内で持つべき』という内向き思考だったんですけど、とにかく自分もサーバーも含め、外に出ることのメリットをアピールするようになりました。いろんな意味で、外に目を向けるようになったきっかけですね」(Itoさん)。

日本を飛び出し、オランダに向かったIto TomoharuさんはAlexa Daysの仕掛け人

 当時は大阪、京都、神戸のJAWS-UGが共催した「JAWS-UG三都物語」や、京セラドームでの「JAWS Festa」が成功した頃。AWS HUBも始まって、関西のJAWS-UGが盛り上がりまくっていた時期に、Itoさんも小賀さんに会っている。「AWS HUBの飲み会で、神戸の組長と紹介されて、びくびくしていた」というのがItoさんの印象。一方の小賀さんは、「うちの会社もクラウドやりたいけど、全然載ってくれないみたいな話をしてた覚えがある」と振り返る。今ではJAWS-UG神戸の運営を手がけ、Alexaの企画を率先して手がける頼もしいメンバーだ。

 たけしたかずとさんとはWordBenchつながり。「僕も割とハードなSIerでWindowsのアプリを作っていたのですが、もともと未経験だったので、システム開発ってこんなと思っていたんです」というたけしたさんだが、Web系の開発でPHPとWordPressを知り、WordBenchに参加。気づいたら、3年前くらい前に会社を辞め、WordBench神戸の運営を任され、AWSを使っていたという。

神戸と宮古島を行ったり来たりするたけしたかずとさん

 Ando Atsushiさんは長野でギターを作っていたという異色のデザイナー。現地の景気が悪くなったことで、神戸に戻ってデザイナーとして職を転々。「大阪のパソコン修理会社でデザイナーとして雇われたのに、会社のインフラを全部やってた。そこで、サイトを作るのにCMSが必要になって、WordBenchに行ったら、怖い人に会った」というのが小賀さんとの出会いだ。「コミュニティに行くと、トラブったこととか書籍に書いてないことを学べるし、ナレッジを持っている人もいっぱい集まる。コードを書けないデザイナーとしては、聞ける人が集まっているのは重要」とのことで、コミュニティにもどっぷりだ。

元ギター職人という異色のデザイナーAtsushi Ando

 そして彼らのような伸びしろのあるメンバーをグローバルに向けさせたのは、小賀さんのまさに「組長力」と言える。「去年は『航空券買っといてね!』とだけ伝えて、韓国のイベントで飛び込みLTさせたり、re:Inventにも巻き込んで連れて行った。だから、彼らは海外のイベントで話すとか、外国人と話して企画作るとかは、全然抵抗ないはず」と小賀さんは笑う。そんな結果として、たけしたさんは宮古島と行ったり来たりという働き方を楽しみ、Itoさんにいたっては7月からオランダに移住してしまう。「一度壁を越えてしまうと、距離や時差というものにハードルを感じなくなった。だから、それをまさに体現しようと思っています」(Itoさん)。

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