まつもとあつしの「メディア維新を行く」 第59回
ハイブリッドアニメが表現する“交渉”の行方
「10本に1本当たれば良い」には与しない――『正解するカド』野口P
2017年06月25日 17時00分更新
「10本に1本当たれば良い」には与しない
―― 後半の展開を楽しみにしています。連載のテーマ的には、冒頭に伺ったこれからのビジネス展開についても、もう少しだけお話を伺ってもよろしいでしょうか。
野口 正直なところ「これだ!」という正解には辿りついていませんね。僕にとっても初めての深夜アニメのテレビシリーズで、いろんな人に「これって儲かると思いますか」と聞いてます(笑)
―― (笑)

野口 でも皆さん仰るのが「10本に1本当たれば良いんだ。そういうスキームなんだよ」と。そんなにリスクのある投資なんだ、と改めて思い知らされます。
でも、これだけ作品数が多いなか、今のこのアニメ業界・ビジネスのあり方って正常なのだろうか? とは思ってしまいます。制作現場のキツさももちろんのこと、ビジネスそのもののあり方が投機的なものになっていないかと。
プレイヤーの多くが淘汰されないなか、漫然とアニメブームだということもあって、視聴者も観ているから、なんとなく回り続けている。僕が手がける作品は1つ1つが勝負だと思っていますので、『楽園追放』『正解するカド』それぞれで回収しなければいけないと考えています。10本に1本ではダメで、これで回収しなければという状況だと思っているのです。
そうすると、やはりパッケージに頼る部分というのはありますし、今の数字を見ているとある程度は行くと思っています。
―― じつは物語後半で、楽園追放みたいに大バトルが始まったりはしませんか(笑)
野口 ロボットは出ないのでそれはありません(笑) ただ、パッケージに代わるもう1つの収益源が配信や海外・遊戯機だったはずなのですが、遊技機や海外の収益は冷え込んできています。アジアマーケットはこれから開拓というなかで、Amazonプライム・ビデオやテレビ放送はマーチャンダイジングのための一種の宣伝であり、これをもとにザシュニナと真道を買ってもらわないといけない。でもこういう交渉劇でそこが跳ねるかと言えば疑問ですよね。
そう考えて行くと、こういった物語――交渉劇を描く意義というのがどうしても下がってしまいます。
以前、MAPPA代表の丸山(正雄)さんには「作家を信頼し、作りたいものを作らせて、いずれ回収できれば良い」という風にお話いただいたことがあります。暖かい目で見守っていれば、今敏さんや細田守さんや片渕須直さんのような才能が花開いていく、そういうビジネスも確かにあるかなとは思います。東映アニメーションは長い目で見られる会社ではありますので、10年で回収できれば良いという考え方もあるとは思います。
しかし目先だけ考えると、自由にアニメを作れない世界にはなっています。やはり、もう少し世界市場とマーチャンダイジングを考えたアニメ作りをしないと。自分がこれからのキャリアのなかで仮に5本の作品を作るとしたときに、1本は『正解するカド』的な作品で良いと思っています。でも、これが3本になることはないな、と。
―― まさに『楽園追放』は残り4本の方向付けでしたね。
野口 『楽園追放』をやったので、今回逆方向に振れたというのはありますね。そういう意味での挑戦、つまりCGでドラマを前面に描くというチャレンジで、実際、一定の手応えを得られています。一方でやはりビジネスとして考えると難易度が高い、というのもわかっています。
ビジネスという観点では、『正解するカド』については制作とは別の次元でのチャレンジですね。
―― 1本1本でリクープは図っていくけれど、『楽園追放』とは狙いが異なり、ビジネスとしての展開も違ってくるということですね。最後に、視聴者の方々に物語後半の見所などをいただければと。
野口 『正解するカド』は、人類としての正解を出そうというところに向かっていますが、とはいえ野﨑まどさんのシナリオですから、皆さんが思う正解とは全然違う回答になるはずです。それを楽しみに物語とその回答の行く末を見届けていただければと思います。
〈前編はこちら〉
著者紹介:まつもとあつし

ネットベンチャー、出版社、広告代理店などを経て、現在は東京大学大学院情報学環博士課程に在籍。デジタルコンテンツのビジネス展開を研究しながら、IT方面の取材・コラム執筆などを行なっている。DCM修士。
主な著書に、堀正岳氏との共著『知的生産の技術とセンス 知の巨人・梅棹忠夫に学ぶ情報活用術』、コグレマサト氏との共著『LINE なぜ若者たちは無料通話&メールに飛びついたのか?』(マイナビ)、『できるネットプラス inbox』(インプレス)など。
Twitterアカウントは@a_matsumoto
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