まつもとあつしの「メディア維新を行く」 第59回
ハイブリッドアニメが表現する“交渉”の行方
「10本に1本当たれば良い」には与しない――『正解するカド』野口P
2017年06月25日 17時00分更新
「交渉劇をCGでやりたい」から始まった
―― 前編では、ハイブリッドという制作手法について語っていただきました。今回は企画周りのお話を伺いたいと思います。まず……企画立案にあたっては、手法ありきだったのか、それとも“交渉劇”というストーリーが先にあったのでしょうか?
野口 交渉劇をやろう、というのが先にありました。それをCGでやりたい、という話をして、そして予算が決まったのでハイブリッドという流れですね。
―― 巷では『シン・ゴジラ』と並べて論評されることもありますが、企画の段階では“震災後の日本”を念頭に置かれていたのでしょうか?
野口 企画段階ではなかったと思います。脚本の野﨑まどさんもそういったスタンスではなかったと思います。『シン・ゴジラ』との共通項は“交渉劇”の部分で、そこは偶然重なった感じです。
シナリオ打ち合わせの際に、ずっと話していたのは“進化論”についてでした。人類の進化とはなにか? 技術の進歩や、人間が進化するというのは正しいことなのか? 突然変異を我々はどう捉えるべきなのか? といったことですね。ザシュニナはその進化の過程をギュッと縮める存在なわけです。
そういった議論をしていたので、スタートとしてはかなり俯瞰した――広い範囲をみたものであったと思いますね。
じつは交渉じゃない!?
―― 無限のエネルギーを生むワムという存在が、どれほどインパクトがあるのか、というのは原発事故や計画停電を経験したからこそ、とも言えそうですが。
野口 ああいった存在は野﨑さんが定義してくれたもので、シナリオ段階では“人間の進化を促進するもの”として、あくまでガジェットの1つという建て付けなのです。その次はサンサ=眠らなくても活動し続けることができるアイテムであったわけで。そういったものを与えられて、右往左往する人間を描いていきましょう、ということではあります。
確かに原発問題は視聴者の記憶には新しいと思いますが、企画段階ではそういった言及はありませんでした。どうすれば無限のエネルギーを生むモノの存在やインパクトを理解できるのか、という議論がメインでした。それを理解し、手に入れたときに、人間は何をするだろうか、と。物語ではワムを巡って国際問題が勃発していますが、エネルギーを巡る戦争に至るのか? 人類は何を得て、何を失うのか? といったところに注目してほしいなとは思いますね。
―― これも勝手な深読みになってしまうかもしれませんが、私にはザシュニナが植民地時代の宣教師のような存在にも見えます。布教と並行して、麻薬や酒を与え人間の快楽に訴えかけて支配したという歴史と重ねると、この物語はどこに向かうのだろうかと。つまりは、今のところ、異方側にメリットがないんですよね。
野口 異方側も何らかのメリットがあると考えている、という話ではあるのです。詳しくはネタバレになってしまうので、僕は現時点では話せませんし、物語の中でもそれは明かされていません。
―― 交渉の基本は、お互いが得たいメリットをテーブルに並べて、利害が一致しない部分の着地点を探るというものですが、今のところ人類側に与えられるメリットが大きすぎて、コスト(代償)が見えなくなっているという感じですよね。
野口 ここまで散々交渉劇と言っておきながら、交渉じゃないんですよね(笑)
―― そうなんですよ(笑) だから、観ていて気持ちが悪くて、でもその気持ち悪さがいつ解消されるのか、気になって観てしまう、という。
野口 交渉しているのは、人間同士。日本と国連だったり、政府と報道機関だったり、といった具合ですよね。進化をさらに進めようとするザシュニナを真道が押しとどめていますからね。
―― 「人間はそんなに速く進化できない」と。
野口 沙羅花と真道の交渉劇などもこれから描かれますが、ザシュニナからすればそもそも“交渉”という概念すらないのかもしれない。だけれど、文化やそれを生み出してきた進化というものに彼(か)の存在はすごく興味を持っていて、人間がどう変わるのかを見たがっている。その先にあるものは――ぜひ視聴者の皆さんが見届けて欲しいと思います。
―― 睡眠やエネルギー、寿命といった制約があるからこそ、その文化が生まれてきたわけで、便利ガジェットで制約が無くなってしまうと彼らが興味を持っていた要素そのものが失われるのではないか、と思ったりもしますが――そういった矛盾も気になって、やはり見てしまう作品です(笑)
野口 それはそうですね。異方側を詳しく描かないからこそ、人間側を描くとその本質が見えて来るのではと思っています。
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