先週行なわれた「International CES 2017」の会期に合わせ、「さくらのIoT Platform」の世界展開を発表したさくらインターネット(関連記事:日本のIoTプラットフォームが世界へ、さくらインターネットが発表)。アスキー編集部の伊藤有が、CES会場のホテルでさくらインターネットの田中氏、小笠原氏、山口氏の3人に海外展開を含むさくらのIoT Platformの今年の戦略を聞いた。(インタビュアー 伊藤有 以下、敬称略)
BluetoothやWi-Fiでいいんですか?は米国でも通用した
伊藤:CES出展中にお時間とっていただき、ありがとうございます。初出展になるのですが、これはもともと計画されていたのでしょうか?
小笠原:昨年、さくらのIoT Platformの事業計画書を書くときには、すでにCES出展の予算は入れておきました(笑)。
伊藤:今回はスタートアップとともにさくらのIoT Platformを展示していましたが、ブースでの反応はいかがでしたか? 出展している場所は、フィットネス系のブースが多いところですよね。
小笠原:「TiNK」という製品名でスマートロックを発表したtsumugのブースにはディストリビューターの方が多かった印象です。「通信はWi-Fiでやっているの?」と聞かれて、「いいえ、LTEです」みたいに答える流れができてましたし、閉域網という点もセキュリティを重視するスマートロックであれば理解しやすいみたいです。一方、VRとの連携を進めているスマートシューズのOrpheは、メディアの人が多かったかな。両者の真ん中にあるさくらのIoT Platformのブースには、日本人がいっぱい来てくれました。朝一番は正直Cerevoの方に人が集まってましたが、今は途切れずに来ていますね。
田中:今回は最終商材をきちんと展示できているのがキモかなと。最終商材がないとさくらのIoT Platformの魅力が伝わりにくいんです。
小笠原:最終製品に通信モジュールを入れてくれたユーザーが「なぜさくら?」を語ってくれないと、サービスの魅力を伝播しづらいと思ったので。まあ、昔の「インテル入ってる」戦略ですね。特にCESはモジュールの話をしてもイメージしてもらえないお客様も多いですから。
田中:だから、これからも最終商材をグローバルで見せながら、共通基盤としてのさくらのIoT Platformをアピールしていきたいです。
小笠原:逆に欧米のスタートアップがさくらのIoT Platformを使ってくれれば、現時点でも日本での販売が可能になるということです。(スタートアップ出展の多い)Eureka Parkを2人でくるくる回って、世界のスタートアップを捕まえに行っています(笑)。
伊藤:えっ? これってBluetoothでいいの?みたいに(笑)。
小笠原:そう。えっ? これ(ユーザーに)Wi-Fi設定させる気?みたいに(笑)。たとえば、先ほど新興家電メーカーの社長がブースに来てくれて、IoT Platformを説明したのですが、「じゃあ、設定要らないのね」とすぐ理解してくれました。彼らもWi-Fiの設定が必要という段階で、通信はあきらめていた。でも、帰りにエンジニアと相談してみるねと言って帰ったんで、けっこうひきあるなと思いました。
山口:われわれのサービスは、ユーザーに能動的になにかやらせる必要がないので、電源入れたらおしまい。サービスを提供する側は、ユーザーからデータが上がってくるのを待っていればいいんです。しかも、あとからファームウェアを更新することもでき、自らサービスを構築する必要がありません。
田中:ただ、われわれのようなサービスがあることをみなさんは知らないんです。最初から価格でLTEあきらめていて、スマホ経由やホップバイホップで設計して、モバイル通信使わないように作っているところが多い。でも、われわれの話を聞くと「確かにそうだよね」と納得してくれます。LTE自体もこの10年、大容量の通信にフォーカスしてきて、IoTに関してはWi-FiとBLEですから。
伊藤:なるほど。安く使える通信モジュールがないというのは、日本でも、米国でも同じなんですね。そもそも日本くらいLTE自体が普及しているのは、韓国、台湾、シンガポールくらいで、米国は逆に普及してないです。米国ではCDMAを早く止めたいベライゾンが先行して始めているくらいですかね。
田中:たとえば、Amazon Kindleは最初から3Gが入っていますし、重機のトラッキングをやっているコマツさんでもモバイル通信を使っています。彼らのように大きいところであればいいのですが、スタートアップはイチから作るのは難しいですからね。
伊藤:コマツさんのような事例は相性いいですよね。カーシェアリングなんてすぐに使えそうですね。
小笠原:実際、Cerevoさんとは自転車にLTEモジュール載せようという話が進んでいます。GPSと加速度さえデータとして送れれば、自転車もわりと安心して駐車できますよね。
田中:それこそ盗まれたら、ブレーキかけておけばいいし(笑)。
小笠原:ギア変えられないようにするとか(笑)。
グローバル展開の中心を香港に据えた訳
伊藤:今回はさくらのIoT Platformの海外展開について発表されましたが、なぜ香港からのグローバル展開なんでしょうか?
田中:結局、通信網やレギュレーションなどを考えると、日本からグローバル進出するより、香港からの方がシンプルなんですよね。
山口:通信のライセンスを取得して、スタートアップの現地展開をサポートしていく会社になります。ライセンスの取得が速い香港の方が、グローバル展開するための時間が短く済むと考えています。
伊藤:足回り回線についてはどういう方針なんですか?
田中:一応、香港を中心にグローバルのネットワークを構築しようとしているんですけど、ライセンスの問題があって確定していないですね。ただ、日本をベースではなく、香港を中心に進めるのはだいたい決まっています。日本の通信事業者としてではなく、海外の通信事業者として動くことになります。香港の件に関しては、確定していないことが多くて、いろいろ話せないんです。すいません。
伊藤:とはいえ、香港の会社として、米国でも使えるようにするというイメージですかね。
田中:おっしゃる通りですね。アジアと米国で使えるSIMも同じにします。今までは通信規格もかなりいろいろあったのですが、今はLTEに統一されつつありますし。バンドに関しては、1、4、8になりますが、それだけあればかなりの地域はカバーできると思います。
伊藤:アメリカのように土地が広い地域の場合、特にB2BのIoT機器の場合はLTEが向いてますよね。Wi-Fiにつなぐためのネット回線がないような場所もありますから。
田中:そうですね。国土の狭い日本の場合、伝送距離の面でLoRaでもいいんでしょうけど、米国でいちいちLoRaのアンテナを立てていくのは現実的ではないです。あと、LoRaは国内でも参入が増えてくると考えていて、電波的に混んでしまうと、結局使い物にならなくなる可能性もあります。興味があるのは確かなんですが、免許や技適が必要なLTEに対して、LoRaの場合、スタートアップ自体がモジュールを組み込めるので、われわれがやる意味があまりない。
小笠原:LPWA(Low Power、Wide Area)の場合、オープンなLoRaとクローズドなSigFoxがあるので、LoRaの事業者は今後増えてくると思います。ただ、LoRa事業者が増えたあとどうなるかは未知数ですね(笑)。
伊藤:あと、記事への反応を見る限り、昨年のAWS re:Inventで米国進出を発表したソラコムと競合するのではという声もあるのですが。
小笠原:ソラコムは後から導入できるメリットがありますし、通信もかなり自由。われわれは最初から製品にインプリする前提で、より低価格な路線を狙っていきます。まあ、8バイト・16チャンネルのデータを閉域網に投げ込むという意味では、さくらのIoT Platformではできることが限定されているんですよね。その分、安いという特徴もあります。
田中:われわれの場合は、サービス自体が垂直統合型で、モジュールから上位のTCP/IPのレイヤーまではお客様に見せていないというのがポイント。ここが小笠原が今話した「できることが限定されている」という言い方につながっているんだと思います。
小笠原:SIMとバンドの話だけしたら、確かに比較されるのは理解できるのですが、おそらく商売のモデルが全然違います。ソラコムの場合は、ソフトウェアやクラウドの開発者が使うと思うのですが、さくらの場合はもう少し低レイヤのハードウェア開発者に向いています。今から機器に組み込むユーザーのためのサービスです。
山口:確かにキーワードを並べるとソラコムと競合するところはあるのですが、僕らはより組み込む方向に進んでいきたいなと。われわれのはシリアル経由で得られた電気信号をJSONに変換するようなサービスなので、そもそもソラコムとは根っこの思想が違うんです。
ハンズオンや地道な啓蒙活動をグローバルで展開していく
伊藤:グローバルでの具体的な展開に関してはいかがでしょうか?
小笠原:僕としては勝負の年なので、海外で5社くらいは採用してもらいたいなと。シードのスタートアップを口説いて組み込んでもらうのは僕の役割だし、大手に採用してもらうのはIoTチーム全体のもともとのミッション。両方やっていくことになると思います。
その流れの中で、日本のスタートアップといっしょにグローバルに出て行きたいですね。たとえば、AWSとさくらを両方利用しているユーザーがそのままアジアに展開できるようにすることも重要だと思いますし、逆にグローバルのお客様が日本に進出する際に、AWSとさくらを使っていただけるようにするための動きも必要。こうした全体の動きの中で、今回は一番わかりやすいIoT PlatformをCESでお披露目できたし、牽引力となるのがスタートアップだろうというのが現実的な考え方です。
伊藤:では、米国でもそういった地道な啓蒙活動を推進していくことになるわけですね。
田中:あとはアジアですね。シンガポールだったり、香港だったり。繰り返しになりますが、さくらのIoTが組み込まれた製品を見てもらって、「なぜこうしたユーザーエキスペリエンスが実現できるんだ」と感じてもらうことが重要。噂で広がっていくのが理想的。あとはハンズオンを展開して、実際に使ってもらうことですね。
山口:国内でもハンズオンはかなり評判いいですからね。今まで地方開催が多くて、都内では実は2回しかやってなかったのですが、今年は都内でも月に1回は必ずやりたいと思っています。
やはりWeb系の開発者にとっても、物作りの人にとっても、今までのスキルセットを変えないで、「えっ? こんなに簡単に」という感じで作れるのがさくらのIoT Platformの強烈なメリット。でも、これは実際に触ってもらわないと、理解してもらえないので、日本はもちろんですが、海外でこうした活動をいかに展開していくかは大きなテーマ。逆に米国のエンジニアに使ってもらって、日本やアジアに来ませんか?と提案するのも1つの活動だと思っています。
伊藤:なかなか毎月のように人を派遣してというのは大変そうなので、現地でいかにファンを作っていくかが鍵ですね。当面の香港オフィスの機能を教えてください。
田中:もちろん現地でのビジネス立ち上げというのが大きいのですが、もう1つは世界展開するためのライセンス取得や企画の立案ですね。ただ、まずは香港に法人を作りましたが、正直IoTだけで何人も常駐させるのは非現実的です。さくら自体がグローバルで展開するためには、IoT Platformだけでは難しいので、クラウドへの啓蒙もセットで考えています。