評論家の麻倉怜士先生が、現在配信中の最新音源から、注目かつ高評価な楽曲をピックアップし、じっくり聞いて評価する本連載。
9月は、ベートーヴェンの「悲愴・月光・熱情」など、クラシックを中心にセレクト。特選となる数曲はすべてDSD音源となり、音源の濃密さや情報量の多さもひとしおです。
ハイレゾ入門にも、クラシック入門にもオススメのセレクトとなっていますので、ぜひe-onkyoをチェックして、お気に入りの作品を見つけてください!
Over Crystal Green
Will & Rainbow
2002年にEighty-Eight'sレーベル第一弾として、CDでリリースされたフュージョン作品。Eighty-Eight'sとは有名なプロデューサー、伊藤八十八氏の名前から取ったもの。伊藤氏が1976年に制作した「クリスタル・グリーン/レインボー〜フィーチャリング・ウィル・ブールウェア」の続編にあたるので、「Over Crystal Green」がタイトルになった。パーソネルは76年のアルバムにも参加していたスティーヴ・ガッド(ドラムス)、マイケル・ブレッカー(テナーサックス)、ウィル・リー(ベース)、ランディ・ブレッカー(トランペット)、故ボブ・バーグ(テナーサックス)。
目が覚めるほどの鮮烈さ。音像があるべき位置にきちんと定位し、音場感もコンボスタイルにしては格別に豊かだ。センター位置のドラムス、センターやや左に位置するソロサツクスとソロキーボードからの発音が濃密で有機的な合奏的響きとなり、音場に拡がる。ソノリティの良い会場にてリラックスして聴いているような、すがすがしい空気感だ。7曲目の「ワルツ・フォー・デビー」。サックスが美しく、ピアノが、DSD的なヴィヴットさ。
DSF:2.8MHz/1bit
Sony Music Artists Inc.、e-onkyo music
ベイシー・イズ・バック
Count Basie Orchestra
これもEighty-Eight'sレーベル音源のハイレゾ化だ。オリジナルは2006年、カウント・ベイシー・オーケストラの来日公演に合わせ、Eighty-Eight'sレーベルにてSACDでリリースされた時のDSDマスター。バンド結成70周年を記念した2005年10月28日、仙台は電力ホールでのライヴ収録だ。当時はSACDに加え、アナログ盤でもリリースされている。
トロンボーン奏者でリーダーのビル・ヒューズの指揮の下で、カウント・ベイシーの名曲13曲が演奏された。1曲目の「コーナー・ポケット」からすでにエモーション全開だ。スウィングの快活、ブラスのはち切れんばかりの咆哮、トランペットのハイノートの先鋭……。
素晴らしい録音だ、音の伸びが気持ち良く、トランペットソロの立ち方も明然。サックスの偉容さ、粘っこさは耳の快感だ。トゥッティでは各楽器の鋭角感、音色のブレンド感が華やか。ライブ的な濃密なソノリティの下、音が会場に広がる様子も、たいへん明瞭。各楽器の音像が屹立する。12曲目の「ワンオクロックジャンプ」冒頭のMCのビロードボイスぶりがとてもDSD的だ。音場の彩りが華麗で、カラフルな空気感に包まれたライブの熱気と臨場感を、本DSDはよく伝えている。
DSF:2.8MHz/1bit
Sony Music Artists Inc.、e-onkyo music
ベートーヴェン:悲愴・月光・熱情
Valery Afanassiev
1947年モスクワ生まれのピアニスト、ヴァレリー・アファナシエフの異端的、個性的な音楽は世界的に人気が高い。NHKは彼をテーマにしたドキュメンタリー「漂泊のピアニスト アファナシエフもののあはれを弾く」を制作。本ハイレゾはハノーファーのベートーヴェンザールにて収録された。
「悲愴」第一楽章冒頭。ハ短調和音を構成する一音一音がまるで個別に見える如く聞こえ、それらが同時に発音し、ハ短調の厳粛な響きと成る……と、アファナシエフの打鍵は分析的だ。弱音と強音の間のダイナミックレンジがきわめて広大。パッセージを滑らかに、すがすがしく奏でるのではなく、障害を無理に超えるような、デコボコ道を重たいクルマで疾走するようなギクシャクした表現がアファナシエフの真骨頂。第2楽章もロマンティックでは全然なく、ごつごつしたガテン系。左手の伴奏が荒々しい。第3楽章。思いのたけをぶつけるような激しさ。ハイレゾは、このピアニストの思索の森を高解像度で探求する。
DSF:2.8MHz/1bit
Sony Music Artists Inc.、e-onkyo music
藤倉大オーケストラル・ワークス「世界にあてた私の手紙」
藤倉大/名古屋フィル
今をときめく、藤倉大。そもそもクラシックの現代作曲家はひたすら書くだけで、演奏されることなどほとんどないというのが通り相場である。しかし、藤倉は違う。これほど演奏機会の多い現代作曲家、しかも日本人は、そうはいない。本ファイルは 2014年4月から、コンポーザー・イン・レジデンスに就任している名古屋フィルハーモニー交響楽団による最新ライブだ。
ホールの空気感が、濃い。センターのフルートを囲み、奥行きと左右の拡がりを持ったオーケストラが、大袈裟に言うと立体的な音場感を持つ。まるでバイノーラル的に音場がスピーカー位置から手前に張り出している。2曲目のバリトンは、音源的にはセンターからやや左に位置し、声は響きが広い会場に濃密なまま拡散する。DSDらしく、音の粒立ちがスムーズで、温度感が高い。ライブ的な豊潤な空気感が横溢する。オーディオ的には、「濃密な空気感」を聴くタイトルだ。
DSF:2.8MHz/1bit
Sony Music Artists Inc.、e-onkyo music
シルクロードブームのきっかけとなった『NHK特集シルクロード−絲綢(しちゅう)之路−』(1980年)のオリジナル・サウンドトラックが、そのままハイレゾ化された。シンセサイザー奏者、喜多郎が1980年に発表し、大ヒットになった4枚目のアルバムだ。
有名なNHK番組の主題歌が、これほど美しい音であったのか、改めて驚く。ステレオ音場の再現が実にリアルだ。フアントムセンターからはシンセの旋律が、左右のスピーカーからはリズムと和声が流れ出る音場的な華麗さが面白い。メジャーとマイナーコードを繰り返す和声感を、シンセならではのクリヤーさで、耳が認識。背景に流れる持続音を土台にしてハーモニーとメロディが紡がれる音場的な音楽構成が、ハイレゾでさらに明確に。
7曲目の「シルクロード幻想」。山々を背景にした砂漠、そこに続く一本道というステレオダイブなイメージが実に鮮明だ。背景の持続音が遠くの山々で、センターのメロディが隊商か。
WAV:96kHz/24bit
FLAC:96kHz/24bit
ポニーキャニオン、e-onkyo music
井筒香奈江のこれまでの「時のまにまに」5作はソロのみで敢行したが、今回はピアノとウッドベースと共に楽興している。3曲目「卒業写真」。人がマイクにどれほどの感情を文字通り吹き込めるかの実験のような叙唱だ。ベースひとつをバックにし、これほども叙情的な、しっとりとした日本的な感情を込められるのか。ヴォーカルの音調は暖かく、伸びがクリヤー。音場はエコーに頼らずウエットな質感でヴォーカルを引き立てている。4曲目「シュガーはお年頃」。コケティッシュで、ラブリーな井筒も素敵だ。4ビートのスウィングが、うきうきさせる。
WAV:96kHz/24bit
WAV:192kHz/24bit
FLAC:96kHz/24bit
FLAC:192kHz/24bit
SCHOP☆RECORDS、e-onkyo music
ニューヨーク在住のジャズギタリスト、吉田次郎の3年ぶりのニュー・アルバム。ドビュシーやラベルなどの印象派音楽のテクスチュアに触発されたという。6曲目「朝日のごとく爽やかに」。まさに、この曲名のような「爽やか」なアコースティック感の耳触りがよい。
エレピが絡むが、音色的な同質性から、爽やかな肌触り。即興演奏では音価が短く(より速い音符になる)なるが、心地よさは不変。12曲目「YOU MUST BELIEVE IN SPRIG」。ビル・エバンスも採り上げる名曲。メローな曲調でも輪郭がしっかりと描かれ、音像がくっきりとし、響きや空気感より楽器の直截でシャープな音色感が魅力だ。
DSF:2.8MHz/1bit
Sony Music Labels Inc. e-onkyo
1曲目「命結-ぬちゆい」。 ピアノの低弦が雄大だ。声質が太く、沖縄的な歌い回しが濃いヴォーカルも低音が安定し、ピラミッド的な音調。ヴォーカル音像はセンターに確実に定位。バックはベースの偉容さを基調にし、これまた安定した音調でヴォーカルを支える。5曲目、沖縄ことばで歌われる「さとうきび畑 ウチナーグチver.」。まさに名曲再発見だ。森山良子の都会的なすっきりさとは異なる土色のアーシーなこぶしの抑揚が、ハイレゾでよりクリヤーに語られる。
WAV:96kHz/24bit
FLAC:96kHz/24bit
日本コロムビア、e-onkyo music
Missa Solemnis in D Major, Op. 123
Nikolaus Harnoncourt
粒立ちが細かく、ソノリティが実存的だ。2つのスピーカーに広がるオーケストラと合唱の位置関係が濃密。手前にオーケストラ、少し奥に合唱、その間にソリストが陣取り、横方向も奥行き方向も緻密な音場を形成している。音の粒子の流れがステイブルなトーンだ。1曲目「キリエ」はスクウェアに開始されたが、2曲目のグロリアから、アルノンクールのらしい音楽的な表現力全開の、鋭角的に隈取られた楽器音と人声のクロスオーバーが音場に堂々と轟く。2016年3月5日、86歳で生涯をとじたアーノンクールの最晩年の演奏。2015年7月4日〜6日、グラーツのシュティリアルテ音楽祭、シュテファニエンザールでのライヴ・レコーディングだ。アルノンクール畢生の名盤がハイレゾになったことを喜びたい。
WAV:96kHz/24bit
FLAC:96kHz/24bit
DSF:2.8MHz/1bit
Waon Records、e-onkyo music
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