おわかりいただけただろうか……。
フィンランドのイベント「SLUSH」取材の折、「これは食べなくてはならないのではないか」という使命感にかられ、地元のスーパーでレジに持っていった真っ黒いアイスだ。その名も、ファッツェルのサルミアッキ・アイス。
サルミアッキとは何か。「フィンランド名物って?」と言われたら、静かに手渡すべき逸品だ。生薬として知られる甘草リコリスをベースに、咳止めに使われる塩化アンモニウム(SAL AMMONIAC)を配合した闇のキャンデーだ。
強烈な甘み、刺すようなえぐみと苦み、力強い塩っ気。それらが絶妙な割合でブレンドされた風味と、できたてのゴムのような悩ましい香りが特徴だ。
とても個性的な商品だが、フィンランドでは大人気。スーパーでは1つのレーンまるごとサルミアッキ、品ぞろえも価格帯もバリエーション豊富、大人も子どもも、おねーさんも、みんな大好きサルミアッキという状態だ。
わたしも初めてサルミアッキを食べたとき、味覚のカルチャーギャップにひざをついた人間のひとり。しかしアイスなら、という希望があったのだ。
フィンランドの闇をアイスに感じる
もともとフィンランドは年間アイスクリーム消費量欧州ナンバーワンのアイス大好き国。屋台やデパートで売っているアイスは普通においしく、量が多くてもぺろりといけて、これならなんとか大丈夫ではないかとふんだのだ。
(ガイド記事にもサルミアッキアイスは「初心者も安心」と書かれていた)
しかし、包みをぺりぺりはがしていくと、あらわになっていく黒くて大きな影に顔がこわばってくる。非常にいやな予感がしてくる。闇だ。これは北欧フィンランドの闇そのものだ。
ええい往生際が悪い! 自分を奮い立たせ、エイヤでガブッとかじる。……おっ? バニラ風味の……これはもしかして、おいし──
……と思ったのもつかのま。だめだ。これはだめだ。なんでそうなるんだ。喉の奥がしびれる甘さが来たあと、猛烈なえぐ味がひろがり、そして塩っ気が「俺も忘れちゃ困るな!」と主張してくる。やめてくれ。主張はいらないんだ。
たかが棒アイス、食って食えないことはない! と噛み進めていくほど、味は長く口にとどまり、重層的に広がっていく。混沌のマリアージュだ。最後は「もう許して……」とアイスに命乞いをしながら、なんとか完食までたどりついた。
よろよろしながらホテルに着き、ジンで口をゆすいだあと、17時なのにもう真っ暗な外を眺めながら、しばらく茫洋とした気分になってしまった。
▲地元の映像制作会社Cocoa Helsinkiがサルミアッキアイスをいろんな人に食べさせた動画。みんなわたしと同じような顔をしていて安心した
フィンランドの国民的叙事詩『カレワラ』によれば、世界のはじまりは暗黒の海だ。身ごもったまま海をただよっていた乙女のひざに、どこからか飛んできた小鳥が巣をつくった。やがて小鳥は卵を生んだが、卵は巣から転げ落ちた。こわれた卵の殻は天と地となり、黄身からは太陽、白身からは月が生まれた。
それがどうということはないのだが、フィンランドの神話にさえ登場する深い深い闇と、どこまでも黒いサルミアッキの間にどこか因縁めいたものを感じてしまった。もしかしたらこれは“あちらの世界”の味なのかもしれない。
ちなみに編集部におみやげとして買った初心者向けのリコリスキャンデー「ラクリッツ」でも、「え?タイヤ?」「食べものくれるって言いましたよね」「お茶は? ねえお茶はどこ???」と暴動が起きかけた。
このままだとフィンランドの不名誉になるので挽回しておくと、フィンランドにも普通においしいものはたくさんあるのだ。