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特集:ホテル・旅館産業に激震 Airbnbの脅威 第1回

500万円儲ける一般人も出た「自宅民宿」 旅館業界を激怒させる「Airbnb」とは

2014年12月24日 16時00分更新

文● 盛田 諒(Ryo Morita)/大江戸スタートアップ

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 自宅を「宿」として営業し、年商500万円をあげている──

 編集部の取材に応じたのはA氏だ。持ち物件であるマンション2部屋をそれぞれ4人部屋、2人部屋の宿泊先として宣伝し、インターネットで客を取っているという。

 A氏が泊めた客の国籍は幅広い。中国・韓国・シンガポール、アメリカ・イギリス、最近は渡航ビザの緩和があった影響でタイ人の客も増えているという。A氏が使っているのは、米国生まれのサービス「Airbnb」だ。

 「それまでは賃貸で貸していましたが、Airbnbに登録してから家賃収入が格段に上がりました」(A氏)


誰でも使える「民泊」プラットホーム

 Airbnbは物件を宿泊施設として登録、営業できる「民泊」プラットホームだ。利用は個人・法人を問わず、北米のバックパッカーたちを中心に火がついた。世界80万件以上の物件が登録され、宿泊客は今年だけで2000万人を超えている。昨年度、訪日外国人の延べ宿泊数が全体で約3350万件と考えると絶大な規模だ。

 Airbnbは客が部屋の予約をするたびに6~12%の手数料収入を得ている。1泊あたりの平均単価を仮に3000円と推計すれば、年間総取扱高は600億円超。うち36~72億円がAirbnbの年間収入という予測も成り立つ。

 今までの旅館やホテルと異なり、施設への設備投資もいらなければ、施設で働くサービスマンへの人件費もかからない。世界展開もたやすく、Airbnbは現在、日本を含む世界190カ国以上で展開している。その成長性は目を見張るものがある。

 日本国内でも宿泊施設の登録はざっと数千件以上。既存の宿泊施設より安く「東京スカイツリーから徒歩10分の下町」といった部屋は外国人観光客に好評だ。業界関係者は「外国人観光客の10人に1人が使っていてもおかしくない」とさえ話している。

 問題はサービスが岩盤規制の隙間で運営されている点だ。Airbnbは営業許可の取得を利用者側に委ねており、宿の営業についてはサービス利用者の自己責任となる。

 通常、旅館や民宿のような宿泊施設の運営には自治体の許可が必要だ。施設は旅館業法の定めに従う必要があり、たとえば旅館であれば部屋数が5室以上が必要といった細目がある。防災・防火設備の要件も細かく、素人がすべての条件を履行するのは困難だ。

 Airbnbは利用者と宿泊客の間のトラブルを避けるための保険を整いつつあるが、防火・防災設備の投資、営業許可まで自分たちで責任を持とうという気はない。グレーゾーンの宿泊仲介業が、米国から乗り込んで稼いでいる形になっている。


逮捕もありうるグレーな事業、旅館業界は猛反発

 今年5月、足立区内にある住宅を宿泊施設として営業していた英国人男性が旅館業法違反の疑いで逮捕された。宿泊施設の宣伝文句は「スカイツリーが見える」だった。足立区保健所は宿泊施設として許可を得るよう10回にわたり男性を指導していたが、無視して営業を続けてきたのが逮捕のきっかけになったという。

 逮捕された英国人と「格安自宅宿」を運営するAirbnb利用者の間に明確な違いはない。A氏もやはり営業許可は取っておらず、報道を見て悩みはじめたと話す。

 「正直なところ来年すでに入っている予約を消化した後は以前のように賃貸に戻るかもしれません。最初の逮捕者には誰もなりたくないですから」(A氏)

 「無法者」に怒りを募らせているのは、旅館業法を遵守してきた旅館産業と監督官庁である厚労省だ。

 旅館・ホテル組合の全国組織である全国旅館ホテル生活衛生同業組合連合会(全旅連)に至っては、全国大会で「急増する民泊を阻止しよう」というスローガンさえ掲げている。営業許可を取らず、法的に防災・防犯に必要な設備を持っていない民泊業者が、重大な事故や事件を起こしてからでは遅いというのが言い分だ。

 「私たち(旅館業)は人命の尊重、安心・安全を第一に考えてやっている」(全旅連 清沢正人 専務理事)

 2011年、佐賀で学生が集団食中毒を起こした例もあり、農家民宿や民泊の安全性は旅館業界の課題となっていた。防災設備・衛生管理への対策がとられていない民泊業者を大量生産するAirbnbは、彼らにとってみれば悪の温床というわけである。


日本政府も「民泊特区」で空き部屋解消を狙う

 しかし、外国人観光客の間でAirbnb型のゲストハウスに泊まりたいというニーズがあるのは事実。みすみす利益を逃すわけにはいかないと、政府は特区構想の枠内で規制緩和を進め、Airbnb対策を進めている。

 観光庁には2020年の東京オリンピックに向けて、外国人観光客を年間1000万人から3000万人へ3倍に増やすという計画(訪日旅行促進事業)を掲げており、今年度の概算要求では同事業におよそ51億円の予算を割りあてている。今年の訪日外国人客は1300万人を超える見通しだ。

 訪日外国人の多くは現在も東京・大阪・北海道の3都市を訪れているが、例えば東京のホテル稼働率は平均9割を超えており、ピーク時には宿泊施設の絶対数が不足するという試算がある。

 そのため内閣府では、国家戦略特区構想の1つとして、旅館業法の特例を設けている。特区指定された自治体が条例を制定すれば、現行の規制を緩和し、運用を認可する。要は、自治体が許せば「空き部屋」を宿泊施設に転用できるというものだ。

 都内では住友不動産が、有明・国際展示場そばのテナントを外国人向けの宿泊施設として使おうという計画を進めている。ITベンチャー「百戦錬磨」傘下の「とまれる」(TOMARERU)も名乗りを上げ、すでに事業を開始している。

 だが、この特区構想ではAirbnbをどうこうするという話になりそうにない。


なぜか与党が自己否定した「特区構想」

 特区構想における最初の問題は、認めるのが7日間以上の宿泊のみ、事実上の「ウィークリーマンション特区」である点だ。

 内閣官房 地域活性化統合事務局の藤原豊次長によれば、政府・与党内の議論の中で「2日以下」の宿泊を認める案も出された。だが一方、他方で感染症予防やテロ対策など安全面への懸念から「10日以下」にすべきとの慎重論が多く、最終的に現行案に落ち着いた。

 政府観光局によれば、訪日外国人の平均宿泊数は昨年時点でおよそ1.59泊。7日間以上も同じ宿泊施設を使うというケースは国際会議や展示会への出張などビジネス用途しか想定できず、1~2泊の「民泊」を認めるAirbnbとは勝負にならない。

 当然ながら、業界団体からの反発も激しい。

 今年9月には大阪市議会でも条例が検討されたが、本会議で否決された。橋下徹市長が提出した条例案を自民・公明が却下した形だが、与党が進めた構想を自分たちで否定するのは不自然だ。市議会と地元がまったく連携できていない様子が見てとれる。

 業界団体との反目という点について、今年8月、業界紙「トラベルニュース」で興味深い鼎談が掲載されている。大阪・京都・兵庫の旅館ホテル生活衛生同業組合代表が集まって「特区構想なんてふざけたものは廃案にすべきだ」と息巻いているのだ。

 若干長くなるが、記事から重要と思われる発言を引用させていただく(「……」は省略部分)。

 「外国人の宿泊を主たる目的にはしているけれども日本人が泊まっても、その違法性を問うことはできない、ということを国が言い出している」

 「厚生労働省はこれまでウィークリーマンションや1週間程度で短期賃貸するものは、宿泊業に限りなく近いグレーゾーンとして指摘してきました。これが適用除外になると、大っぴらにやってもいいということになります」

 「例えば新入社員研修で長期滞在するのを受け入れているホテルは打撃を受けます。長期滞在客がマンションに行ってしまう可能性があります」

 「海外の旅行会社が『部屋を全部買います』と言ってマンションの空室を抑える。それを1泊ずつ売って1週間滞在したことにする。そんな場合、誰がチェックできるんですか。もっと言えば、風俗に使われることも容易に想像がつく」

 「我々は旅館業法、消防法、風俗営業法に基づいていろんなコストをかけている……どんだけコストが違うのか。税金も、固定資産税は住居と我々とでは全然違うんです。消費税も事業に使う分に関してはかかりますが、一般住居の家賃には消費税はかからない。それなら、今回の特例ではどうするのか」

 「そういった施設はゲストハウスを含め簡易宿所という名前で営業許可を取ってやられているではないですか。京都府下でも簡易宿所の営業許可は年々増えて、今や900軒あるんです。我々、旅館業法の許可を取っている数より多い」

 「我々も営業許可を取得することなく、自主的に消防法に鑑みてちゃんとした設備を整え、自分たちで点検をしてお客様の安全を確保し、保健衛生上の基準も絶えず我々の手で管理してやったらいいじゃないですか。なんで、突然参入してくる業界の方だけが特典を受けられるのか」


穴の開かないドリルがはらむ問題

 はしょって言えば「新人がいい加減な商売をするのをおカミが認めているのは気に入らない、民業圧迫だ。こっちにも考えがあるぞ」という話である。

 さらに特区構想で「認定業者」を定めることで新たな問題も出てくる。上述の対談にも登場しているが、ベッドや布団を何らかの手段で客に提供して運営しているウィークリーマンション、また24時間営業のネットカフェなど、客の深夜滞在を認めて格安宿泊をさせている業者をどう取り扱うのか。

 特区構想で条例が定まれば、業態の違法・合法がはっきり分かれる。Airbnbが登場する前から「規制の抜け穴」のグレーゾーンで商売をしてきた業者は「違法」扱いされることになる。旅行業界の関係者は、大阪で条例が通らなかった背景には「既存業者への配慮があったのでは」と推測する。

 まとめると、問題は「大阪のような都市部では現状の特区構想が使いものにならず」、「都市部の旅館産業がAirbnbで個人が運営する『宿』に客を奪われる問題」を実験的にも解決できないことだ。

 中途半端に規制を残したままエイヤで出してしまった構想が、かえって自分たちの足を縛る形になってしまっている。特区構想がはらむ課題について前述の内閣官房・藤原次長に尋ねたが「運用実態や関係業界への影響については、所管官庁の判断に委ねたい」と投げやりだ。

 特区構想は、業界のしがらみを脱して既存産業の限界を超えるべく、先んじて岩盤規制に穴を開けるドリルの役割を担うはずだ。ろくに穴の開かないドリルがはらむ問題は大きい。

 Airbnbのような「インターネット民泊」ビジネスが波紋を広げる旅館業界だが、実は足元でさらに深刻な問題が顔を覗かせている……(後編につづく

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