ロシアによるウクライナ侵攻が長期化し、緊迫した国際情勢が続く中、「経済安全保障」という言葉を目にする機会が増えた。
5月第1週には、経済安全保障に絡む政府の動きも相次いだ。
この経済安全保障という言葉を一言で整理すると、「信頼できない国への技術やデータ、製品の流出を防ぐ取り組み」ということになるだろう。
ロシアや北朝鮮、中国といった周辺国との緊張が増す中で、あらためてこうした動きについて理解を深めておきたい。
日本と英国が「デジタルグループ」をつくる
ゴールデンウィークを家族と過ごす時間とする人が多いと思うが、政府の要人たちにとっては、外交のため各国に出かけていくタイミングでもある。
5月5日には、岸田文雄首相が英国を訪問し、ボリス・ジョンソン英首相と会談した。
それに先立ち、日英両政府が4日に連名で「日英デジタル・グループ」の立ち上げを発表している。
総務省の発表によれば、「デジタル空間の安全性・信頼性の確保が一層重要になっている」との認識から、このグループの設置が決まった。
両政府の共同発表に明記はされていないものの、ロシアとウクライナがサイバー空間でも激しい戦いを展開していることが、念頭にあると理解できる。
安心してインターネットを使える環境を確保するために、両国の協力を深めていくとして、年に1回、会合を開くという。
共同発表文には、次のように書かれている。
「我々は本質的に、デジタル技術が市民、企業、社会にもたらす機会を重要視しているが、その一方で、人々や産業を危険から守るためのリスクと必要性については明確に認識している」
背景に「経済スパイ活動」の増加
半導体の不足が長引いているが、半導体を巡る動きもあった。
萩生田光一・経済産業大臣は現地時間4日に、米国の商務長官と会談している。
ロイターの報道によれば、日米両国は、半導体の製造能力の強化と多様化、半導体が不足する際の緊急対応の協調などで合意したという。
背景にあるのは、テクノロジーをめぐる米中対立の激化だ。
米FBI(連邦捜査局)が、研究に関連する情報を中国側に渡すなどしていたとして、米国の研究者らを逮捕・起訴する事案が相次いでいる。
日本の経産省が公表している資料には、「中国による経済スパイ活動は過去10年間で13倍に増加」との記述がある。
先端技術に関連する情報を、競合関係にある他国に盗まれる懸念が高まる中で、日米両政府には、信頼できる国との連携を深め、安定した半導体の供給網を築きたいという狙いがある。
とくに、半導体分野での低迷が目立つ日本にとっては、安定した半導体の確保は死活問題でもある。
すぐそこにある誘惑
米国などで「経済スパイ活動」が13倍に増えていると言われる中で、経済スパイへの警戒を呼びかける公安調査庁のリーフレットが興味深い。
メーカーや通信インフラなどに関わる仕事をしている人や、大学などの研究機関に所属している人たちにとっては、決して他人事とは思えない内容だ。
公安調査庁のリーフレットには次のような事例が紹介されている。
技術開発を担当している企業の社員に、リクルーターが接触し、倍の報酬を提示して引き抜きを図る。
研究機関に対して共同研究を持ちかけ、技術やデータの持ち出しを狙う。
展示会に出展する企業の従業員に、他社の従業員が接触。「今度、外でお会いしましょう」などと言って、一対一の関係構築を図る。
軍に所属しているスパイを、留学生として大学や研究機関に送り込む。
軍事転用を狙う取引かもしれない
このリーフレットには、企業間の取引も紹介されている。たとえば、こんな事例だ。
ある企業に対して、同じ製品を購入したいという引き合いが、同じ時期に複数の企業から入る。
個別の企業に対する取引は、少量であったとしても、これらの取引を合計すると、けっこうな数量を輸出することになる。
目の前の取引先は民間企業であっても、軍事転用が可能な製品の場合、背後に他国の政府や軍がいるおそれがあるという。
異なる企業から問い合わせがあったが、実は連絡先が同じだった場合、最終的にどの機関に製品が渡るのかを隠したい意図があるのかもしれない。
あの手この手で技術やデータ、製品の獲得を図る動きは世界中で起きていて、日本企業も無縁ではいられない。
世界情勢が緊迫する中では、取引先が信頼できる相手かどうかを見極める作業が、いままで以上に重要になっているのだろう。
海外展開の活性化とは両立しづらい
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