パソコン少年から社長へ。約1年前、サードウェーブの新社長に就任した永井正樹氏に、「パソコン少年の次の夢は?」と題し、パソコン黎明期からパソコン市場とともに歩み、ドスパラや「GALLERIA(ガレリア)」といったブランドを育ててきた実体験を中心としたお話しを伺った(取材は6月下旬)。
そして約1年が経過した現在、生成AIが一部の先進的なユーザーだけが使う技術ではなくなった一方で、部材不足や価格高騰が重なり、パソコンを必要としていても簡単には購入できない状況も生まれている。今回は、社長就任から1年の変化、サードウェーブの現状、そしてAI時代にサードウェーブはどう変わろうとしているのかについて永井氏にお話を伺う。聞き手はASCIIブランド総編集長の小林 久。
「チャッピー」が当たり前に、AI民主化がもたらした変化とは?
小林:昨年のインタビューでは、永井社長のパソコンとの出会いや経歴、サードウェーブをどのような会社にしていきたいかという展望をお伺いしました。あれから1年が経ちましたが、何か変化はありましたか。
永井:この1年間で大きく変わったものの一つは、やはりAIでしょう。「誰でも使っている」と言うと言い過ぎかもしれませんが、若い人も含めて、多くの人が何かしらの形でLLMを使うようになりました。この1年で、AIはかなり身近なものになったと思います。
小林:LLMという言葉は知らなくても、ChatGPTを「チャッピー」と呼んで使っている人も増えました。
永井:チャッピーと呼ばれていること自体、AIが民主化した証拠だと思います。私は娘が3人いますが、みんな普通にチャッピーと言っています。それぐらい一般的なものになったということでしょう。
小林:永井社長自身も使われていますか。
永井:使ってます。めちゃくちゃ使っています。要約で使うことが多く、仕事でも使います。AIを使うとスピードが上がるので、業務の中で使う機会は増えています。
小林:AIが一般に普及したことで、サードウェーブ製品を購入するお客様からも「AIに強いパソコンが欲しい」という要望が増えているのでしょうか。
永井:そこはまだ強い実感はありません。AIが身近になったことと、すぐに「AIのために高性能なパソコンを買おう」という動きが広がることは、必ずしも同じではないと思っています。ただ、当社が開催しているイベントを見ていると、AIを使ってものを作る人たちの変化は、かなりはっきりと感じます。
以前は、プログラムを自分たちで書くことが前提でしたが、今は1時間程度でも作品を形にできるようになりました。プログラムを自分で「書く」のではなく、AIに「書かせる」ようになったからです。画像も音もAIに作らせ、それぞれのパーツを組み合わせて作品にするという作り方へ変わってきています。
どういうアイデアで作品を作るのか、完成したものをどう評価するのか。そうした、本来人間が考えるべき部分へ時間を割けるようになってきた。AIそのものが進化しただけでなく、AIの使い方も進化した1年でした。
逆風の市場でも変わらない、PCメーカーとしての使命
小林:AIが身近になる一方で、この1年のパソコン市場は、必ずしも追い風ばかりではなかったと思います。
永井:そうですね。追い風とは言い難い環境です。
小林:AIを使いたいという関心は高まっていますが、実際に高性能なパソコンを購入しようとすると価格が高い。部材の供給についても、厳しいという話をよく聞きます。
永井:当社は何とか部材を確保できていますので、製品を供給できないという状況にはなっていません。オーダーメイドのBTOパソコンでも基本的に2日で出荷するという体制を続けており、できる限り守ろうとしてきました。ただ、さすがに昨年12月だけは、急激に注文が増えました。各社とも同じような状況だったと思いますが、納期を延ばさざるを得ないほどの需要が一気に押し寄せました。
小林:Windows 10のサポート終了を前にした、駆け込み需要ですね。あの時期は、受注や販売自体を一時的に止めたメーカーもありました。
永井:当社は販売停止ではなく、注文残や今後の納期予定をきちんと確認しながら、お客様へ案内する納期を調整する形で対応しました。ただし、需要が想定を上回っていたことは事実です。昨年12月に「今、買わなければならない」と判断した方々が、一気に動いたのではないでしょうか。現在は、その瞬間的な需要増は落ち着いています。納期について、特にお客様へご迷惑をお掛けするような状況ではありません。
ただ昨年末で、Windows 10使用の個人のお客様が100%入れ替えを終えたかというと、そこは疑問があります。本来であれば買い替えようと考えていた人でも、パソコンの価格が上がったことで、購入にブレーキが掛かった部分はあると思います。
小林:メモリー不足も続いていますね。
永井:市場全体ではそうだと思います。ただ、当社では何とか集めています。「32GBに増やしたいのに、メモリーがない」という状況を少しでも減らしたいという思いがあります。先日も、777円でメモリーを倍増できるアップグレードキャンペーンも実施しました。
小林:この市場環境で777円ですか。
永井:身を削って頑張っています(笑) メモリーが高く、手に入りづらい状況だからこそ、少しでもお客様がカスタマイズしやすい環境を選択肢として提供したいと思っています。お客様が必要としているものをきちんと用意し、できる限り早く届ける。そのために部材を確保し、幅広い製品をそろえることが、パソコンメーカーとしての役割だと思っています。追い風とは言い難い市場だからこそ、どのような選択肢を提供できるかが問われているのではないでしょうか。
価格高騰でも「欲しい1台」を届けるBTOと豊富な選択肢
小林:パソコン価格の高騰では、最近は30万円を超える価格帯のノートパソコンが増えてきており、ハイエンドモデルでは70万~80万円、中には100万円近いものも出てくるようになりました。
永井:パソコンが必要でも、価格を見て購入をためらう方は増えていると思います。私が店員だった頃(1990年代は、40万~50万円のパソコンは当たり前でしたし、100万円近い製品も、特別珍しいものではありませんでした。もちろん、当時と今では時代背景が違います。ただ、高性能なパソコンには、それだけの価値があるという考え方自体は昔から変わっていません。
小林:それでも、パソコンが安くなった時代を長く経験したユーザーにとっては、現在の価格は大きな負担です。
永井:「この性能が欲しい」「この価格帯がいい」と、必要な性能や用途はお客様によって求めるものが違います。全員が高価格な製品を購入できるわけでも、購入する必要があるわけでもありません。だからこそ、メーカー側は一つの製品や価格帯だけに寄せるのではなく、幅広い選択肢をきちんと用意する必要があり、その中から自由に選んでいただけることが大切だと思っています。そのために、どの価格帯でも短納期で提供できる状態を作ることが基本です。
小林:BTOメーカーはパーツ構成に頭を悩ませていると思います。例えばGeForce RTX 3050など旧世代の製品を使い、価格を抑えたモデルを増やすといった話も聞きました。
永井:当社は、特定の製品へ大きく寄せるというより、上から下まできちんとラインアップを用意するという考え方です。そういうモデルも販売しますが、それだけを強化するわけではありません。
小林:法人向けでも、その考え方は変わりませんか。
永井:同じですね。BTOですから、「この構成で作れますか」「GPUを追加できますか」といったご相談にも柔軟に対応できます。既製品では難しい構成でも、お客様の用途に合わせて提供できる。それが当社の強みですね。
また、当社はPCパーツも販売しているので、「どのCPUが動いているか」「どのGPUが人気なのか」といった市場の変化を比較的早く把握できます。その動きを見ながら、必要な製品をそろえています。
AIワークステーションへの取り組みは?
小林:先日のCOMPUTEXでは、NVIDIAがRTX Sparkを発表して大きな話題を集めました。こういったAIの新しいカテゴリーについてはいかがでしょうか。
永井:(AI向けワークステーションや、NVIDIA DGX Sparkといったものを含めて)そういったカテゴリーにも、もちろん取り組んでいきたいと思っています。価格は高くなりますが、必要としているお客様は必ずいらっしゃいます。AI用途も含め、ニーズがあるところには応えていきたいですね。
今は詳しい方が自分で環境を整えて使っている段階ですが、これからは「もう少し本格的にAIを使いたい」という方も増えてくると思います。そうした方へ、快適な環境を提供できるような取り組みを続けていき、必要とする選択肢を幅広く用意することが重要だと考えています。
中古市場やリファービッシュ品は改めて注目を集めるか?
小林:最近は価格高騰の影響で、中古PCやリファービッシュへの関心も高まっています。
永井:新品だけではなく、中古や下取りも含めて、お客様に選択肢を提供していきたいと思っています。以前は価値が低いと思われていたパソコンでも、メモリーを32GB積んでいたり、GPUを追加したりすれば、十分使えるものになります。下取りした製品や市場から買い付けた製品の構成を見直し、新たな価値を持ったパソコンとして提供する取り組みも進めています。
小林:学生向けのゲーミングPCなどでも需要がありそうですね。
永井:そう思います。新品だけでは手が届きにくい方でも、中古やリファービッシュという選択肢があります。もちろん、中古は新品のように同じ製品を作り続けられるわけではありません。在庫が読めない難しさはあります。それでも、お客様にとって選択肢が増えることは大切です。
テレビCMで変わった「サードウェーブ」の存在感
小林:昨年は法人市場にも力を入れていきたいというお話がありました。この1年間で、法人向けビジネスで何か変化を感じていますか。
永井:一つ確実に言えるのは、当社の認知度は上がったことです。
小林:やはりテレビCMなどの効果ですか。
永井:はい。テレビCMだけではなく、交通広告やタクシー広告も含めて、「見たよ」と言っていただく機会が増えました。法人のお客様からも反響がありましたし、以前より「サードウェーブ」という会社を知っていただけるようになったという実感があります。
これまでは「ドスパラ」「GALLERIA」というブランドの方が認知されていて、「サードウェーブってどこの会社ですか」という状態でした。それが、「サードウェーブ、聞いたことがあります」「テレビCMをやっていましたよね」と言っていただけるところまでは来たかなと感じています。
小林:それだけでも商談の進み方は変わりますか。
永井:実際に変わりますね。代理店さんもそうですが、知っているメーカーと知らないメーカーでは、そもそも選択肢に入るかどうかが違ってきます。会社を知っていただけること自体が、大きな意味を持っています。まだ十分ではありませんが、少なくとも下地はでき始めたのかなという感覚があります。
もう一つ印象的だったのが、新卒採用の場面です。入社式の後に新入社員と昼食を取るのですが、その時に「親御さんはサードウェーブという会社をご存じだったの?」と聞いてみたんです。すると、一人は「内定を伝えたら、『CMをやっている会社だね』と言われました」と。もう一人は、最初は知られていなかったものの、その後CMをご覧になって、「あの会社なんだね」と言われたそうです。どちらも親御さんの反応として、「ちゃんとした会社なんだね」という安心感につながっていたようでした。
小林:会社名が知られること自体が、採用にもプラスに働いているわけですね。
永井:想像以上に、伝わるところには伝わっているんだなと感じました。もちろん、まだ十分ではありません。でも、会社として一歩前に進めたという手応えはあります。
小林:今回のCMは、単に製品を宣伝するというより、「サードウェーブとはどんな会社なのか」を伝える内容になっていました。少しドキュメンタリーのような雰囲気もありましたね。
永井:まさにそこを伝えたかったんです。サードウェーブは、小さなパソコンショップから始まりました。Appleがガレージから始まったという話がありますが、当社も一軒のPCパーツショップからスタートしています。そこから、お客様に支えられ、お客様の声に応えながら少しずつ成長してきました。そして現在も国内で生産を続けています。そうした会社であることを知っていただきたいという思いがありました。
小林:今、日本では「国内でものづくりを続ける」「新しいことに挑戦する」といった価値が改めて見直されているように感じます。そうした時代の空気にも、今回のメッセージは重なっていたように思います。
永井:そう受け止めていただけたのであれば、とてもうれしいですね。ブランドづくりというのは、一朝一夕にはできません。ですが、サードウェーブという会社を知っていただき、「何か困ったら相談してみよう」と思っていただける会社になっていくことが大切だと思っています。そのための第一歩として、この1年間の取り組みには一定の手応えを感じています。
AI時代を見据えた、未来を支える人材への投資
小林:新卒採用の話がありましたが、昨年、社内にAI開発室を立ち上げ、インドから約70人規模の新卒エンジニアを採用されたと伺いました。どのような狙いがあったのでしょうか。
永井:AIはこれから間違いなく進化していきます。お客様へAI環境を提供するだけではなく、自分たちもAIを使いこなす会社にならなければいけない。そのためにはエンジニアが必要です。ただ、日本ではAI人材が本当に少ない。中途も新卒も、どの会社も欲しがっています。だったら国内だけを見ていても仕方がないと考え、海外に目を向けました。
一口に海外と言ってもいろいろな国がありますが、IT人材という点ではやはりインドは魅力があります。そこで現地の大学と話を進めたところ、日本で働きたいという学生も多かった。それなら一緒にチャレンジしてみようということになりました。
小林:AI開発室では、どのような取り組みを進めているのでしょうか。
永井:まずは社内のAI活用ですね。PoCを進めながら、社員検索や業務改善など、実際にAIを使えるところから取り組んでいます。最終的には社内業務のかなりの部分をAIで効率化したいと考えています。もちろん、人を減らしたいわけではなく、単純作業をAIへ任せて、人にはもっと創造的な仕事をしてもらいたいという考えです。
小林:AIを導入する企業は増えていますが、社長ご自身もかなり積極的に触られている印象があります。
永井:自分で使わないと分からないですから(笑) AIフェスティバルの初心者向けハッカソンでは、実は私も参加していました。「プログラムを書いたことがなくても作品は作れますよ」と説明しながら、自分も横で一緒に作っていました。「せっかくだからやってみよう」と思って。
実際にやると、本当に短時間で動くものができるんです。最後は皆さんの前で、自分の作品も発表しました。ちょっと恥ずかしかったですけど(笑)
小林:昔、BASICで初めてプログラムを書いて動いた時のような感覚ですね。
永井:まさにそうでした。しかも今は、何時間も掛からない。アイデアさえあれば、形になるまでの時間は驚くほど短くなっています。だから私は、まず経営者自身が体験することが大切だと思っています。技術を知っているつもりになるのではなく、自分で触って、「これは本当に変わる」と実感する。その上で会社としてどう活用するかを考える。
AI開発室もインドでの採用も、その延長線上にある取り組みです。AI時代に必要なのは、新しい技術だけではなく、変化を受け入れ、それを使いこなせる人材と組織を育てることです。そのために人材への投資を進めており、それが、サードウェーブの次の成長につながると考えています。
AIで人が集まり、新しい挑戦が始まる。目指すのは「挑戦の場」
小林:話に出たAIフェスティバルは、この1年でかなり存在感が増しました。初心者向けの体験会からハッカソン、コンテストまで幅広い企画がありますが、イベントを続ける理由はどこにあるのでしょうか。
永井:AIを知っていただくこともありますが、一番は人が集まることですね。実際に会って話をして、「そんなこともできるんだ」と刺激を受ける。そこから新しいアイデアが生まれたり、一緒に何かを作る仲間ができたりする。そういう場を作ることに意味があると思っています。
小林:オンラインだけでは生まれない価値がありますね。
永井:そうですね。私は以前から、「AIのコミケ」のようなものができたら面白いと思っているんです。みんなが作品を持ち寄って、「こんなの作ったよ」と見せ合う。そこから新しい作品やサービスが生まれていく。そんな文化が育てばいいなと思っています。
このイベントでは「AIゲームセンター」も登場します。クラウドファンディングも実施され、100万円集まったらやりますと募集したら、なんと700万円もの支援が集まりました。
ゲームを遊ぶ場所というより、AIでものづくりを楽しむ場所にしたいと思っています。AIでゲームを作る。映像や音楽を作る。その場で体験して、発表して、また新しい作品が生まれる。そんな場所があれば面白いですよね。
小林:期待を上回る反響が得られたということですね。
永井:そうですね。実際にはどういう筐体、どういうソフトウェアができるかはこれからなのに、そんな取り組みをするのだったら一口乗るよという方がそれだけいた。多くの方に応援していただけたのは、本当にありがたかったです。
集まった支援をもとに、どんな作品や体験を生み出せるのか、私自身も楽しみにしています。「それは面白い」と思っていただけるものを形にして、多くの方に体験していただきたい。私たちだけで作るものではなく、皆さんと一緒に育てていく場所にできればと思っています。
小林:こうしてお話を伺っていると、パソコンを販売すること自体が目的ではなく、その先にある「挑戦」を支えることが目的になっているように感じます。
永井:パソコンは道具です。もちろん、良いパソコンを作ることは私たちの仕事です。でも、お客様がそのパソコンで何を作るのか、どんなことに挑戦するのか、その部分まで応援したい。だからイベントもやりますし、コミュニティも作りたい。人が集まる場所も作りたいと思っています。
小林:前回のインタビューでは、「好きなことを仕事にできる会社にしたい」というお話が印象的でした。この1年で、その考えはさらに広がったように感じます。
永井:そうかもしれません。AIはこれからも進化しますし、市場も変わり続けるでしょう。でも、人が新しいことへ挑戦したいという気持ちは変わらないと思います。私たちは、その挑戦を支える会社でありたい。
パソコンを提供することも、その一つです。AIを学ぶ場を作ることも、その一つです。新しい仲間と出会い、新しい作品が生まれるきっかけを作ることも、私たちの役割だと考えています。サードウェーブは、パソコンメーカーとして成長してきました。しかしこれからは、それだけではありません。「挑戦したい人が集まり、新しい価値が生まれる場所を作る会社」。そんな存在を目指していきたいと思っています。
小林:本日はありがとうございました。
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