TikTokの米国事業の8割を売却する交渉がまとまった。
2025年12月19日のロイターによれば、TikTokを保有する中国系IT企業バイトダンスが、米オラクル、米国の投資会社シルバーレイク、UAEのアブダビ政府系の投資会社MGXで構成する企業グループに対して、米国事業の80.1%を売却する。
バイトダンスは引き続き、米国事業の19.9%を保有するという。今のところ、米国の報道でも売却価格は明らかになっていないが、バンス副大統領が2025年9月、米国事業の評価額は140億ドル(約2兆2千億円)だと述べている。この取引は2026年1月22日までに完了する見通しだ。
今回の米国事業の売却の背景には、米政府がTikTokに対して抱いている安全保障上の強い疑念がある。中国系企業が米国民のウェブ上での行動や、位置情報、考え方などに関する大量のデータを収集し、TikTokを通じて中国側が米国の世論形成に介入するという懸念があった。
他国によるSNSを通じた世論操作は、日本の国会でも議論されるようになってきた。日本でのTikTokの事業は、引き続きバイトダンスが保有するが、今後、日中関係の悪化が深まった場合、米国と同様の懸念が浮上したとしても不思議ではない。
米国がTikTokに抱く懸念
バイトダンスがTikTokの米国事業の8割の売却に合意した前提には、TikTok禁止法と呼ばれる法律がある。2024年4月にバイデン前大統領が署名した法律で、TikTokの米国事業を米国側に売却しなければ、米国内でのアプリの配信を禁止する内容だ。
バイトダンスはTikTok禁止法が米国の憲法に違反するとして、米政府を相手に訴訟を起こしていたが、米控訴裁判所は2024年12月6日、禁止法は合憲だと判断している。その判決文には、米政府がTikTokに対して抱く懸念について詳細が記されている。
この裁判で米政府は、TikTokと中国政府の関係性について述べている。まず、TikTokの中国の親会社(バイトダンス)は、中国政府の支配下にある。中国政府はバイトダンスを通じて、TikTokの米国法人の情報にアクセスし、中国政府の指令に対する協力も強制することができると主張している。つまり、中国政府は必要であれば、TikTokの米国法人が保有する米国のユーザーの個人情報にもアクセスできるとみている。
そのうえで米政府は、「中国による数千万人規模の米国人に関する大量のデータ収集の試みに対抗」し、「TikTokプラットフォーム上で中国が密かにコンテンツを操作する能力を制限する」ためにTikTok禁止法が必要だと主張した。
米国人の大量のデータを集めると、中国側は何ができるのか。米国の政府職員や、政府から仕事を請け負っている企業の社員の個人情報を集め、自宅を特定し、場合によっては、他人には知られたくない情報を握って、脅しの材料にもできると米政府側は主張している。
裁判では、TikTokを通じた中国による世論操作のリスクについても、触れられている。米政府は、中国が米国のユーザーが受け取るコンテンツを形成し、政治的言説に干渉し、中国の国益との整合性に基づいてコンテンツを宣伝・拡散するリスクがあると主張している。
つまり、中国側がTikTokを保有する現状を認めれば、たとえば大統領や上院下院の議員、知事などの米国内の重要な選挙で、中国側にとって都合のいい候補者に有利な情報が拡散され、世論が誘導されるリスクがあるということだろう。

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