スマホの利用時間が長くなるほど「学力の低下」が見られる——。薄々は感じていたことだが、具体的なファクトを突きつけられると焦ってしまうという人も多いのでは? ただでさえ、集中力を奪う誘惑が多いのが受験生。通知が気になって集中できない、気づけばショート動画を見続けてしまう。結果、時間が溶けて、学習時間や睡眠時間が奪われる。そんな課題にどう向き合えばいいのか。
ITジャーナリストの高橋暁子氏は、およそ年50回になるという学校・自治体・企業などでの講演や啓発活動を通じて、こうした悩みを抱える受験生と保護者の相談に接してきた。最新刊『スマホで受験に失敗する子どもたち』(星海社新書)はこうした講演の情報をギュッと凝縮した実践的なノウハウが詰まった新書になっている。スマホ依存の実態から具体的な対策までを幅広くまとめた本書を執筆した背景や“スマホと受験”の現在地について話を聞いた。
「スマホに振り回される」悩みは大人から子供まで共通
高橋氏が講演をするたびに寄せられるのは「スマホに振り回されている」「怖い」「依存が不安」といった切実な声だ。それはローティーンからシニアまで、年代を問わず共通する悩みになっているという。
「大人の場合は自己責任でコントロールしていくしかありませんが、未成年はそうはいきません。特に受験生は、生活リズムが崩れただけで成績に直結します。だからこそ“早めに使いこなす力を身につけてほしい”という思いで、本書をまとめました」
スマホは誰もが持つものだ。小学生のスマホ所持年齢は平均10.3歳、高校生では9割以上が使用しているという調査もある。一方で“使う”のではなく“使われている”状態に陥っているケースも多く、「気づけば数時間が溶けていた」という事態も発生しやすい。そんな息子・娘の様子を見て心配に感じる親からの相談が後を絶たない。
では、受験生にとってスマホはどんな影響を与えるのだろうか? 本書の冒頭に掲載されたデータは衝撃的だ。複数の自治体や研究機関による調査結果が引用され、スマホ利用時間の長さと学力の低下に相関が見られることが明確に示されている。高橋氏自身もこのデータに驚いたという。
「(SNSやゲームといった)“スマホ利用が長いほど成績が下がる”という調査結果が国内外で報告されています。自治体が数年かけて1万人以上の小中学生を追跡した結果でも同じ傾向が出ています。私自身、それを知ったときに衝撃を受け、“これは伝えないといけない”と感じました」
本書では “スマホが視界にあるだけで集中力が落ちる”という研究結果も紹介されている。これは米テキサス大学オースティン校の心理学者エイドリアン・ウォード氏によるもの。①スマホの通知やバイブレーション機能を切った状態で画面が見えないように伏せて置いたグループ、②ポケットやカバンにしまって見えなくしたグループ、③別室に置いたグループに分け、「数学の問題を解きながらランダムな数字を覚える作業」と「いくつかの選択肢の中からひとつを選び図形を完成させる作業」を実施したところ、③の結果が最もよく、①の結果が最も悪く、電源を切っても結果は変わらないという結果が出たというのだ。
いずれもスマホからの通知や音が聞こえないと言う点では同じだが、近くにあると認識しただけで集中力が落ちる。その影響は睡眠不足でテストに及んだ場合と同程度だという。
また、スマホの“使いすぎ”が学習能力や文章力の低下につながる可能性も示唆されている。AIの過度な利用が思考力の低下につながるという研究もあり、「思考の筋肉を使わなければ衰える」というのが専門家の共通認識のようだ。
親世代の受験との決定的な違いは“つながり”から離れられないこと
スマホは受験生にとって有害であると聞こえるような一見強いメッセージを発しているようにも見える本書だが、高橋氏は決して「子供にスマホを持たせてはいけない」と言っているわけではない。
「私は“スマホ反対派”では全くありません。むしろ、今の時代にスマホを持たないのは現実的ではないし、友人関係も成り立ちません。GIGA端末も配られ、AI活用が推進されている時代に“使わない”選択肢はありません」
現在の受験生が抱える最大の特徴は、スマホが単に娯楽を提供するデバイスではなく、SNSなどを通じて友人とつながるためのデバイスでもあるという点だ。ここも問題を少し複雑にしている面があるのだろう。
「親世代の受験は“誘惑に耐える”ことが中心でした。でも今の子たちは、“つながりから離れられない”という新しい悩みを抱えています。スマホを手放すことは“仲間から孤立する”ことにつながるため、死活問題だと捉える子供たちも多いでしょう」
やはり問題は“スマホをツールとして適切に使いこなせているかどうか”ということだ。現状、多くの子供がスマホに“使われている側”になってしまっている点に問題があるという。勉強に集中するために、スマホを“忘れられる時間”を意識的につくることが重要だ。
「大事なのは“距離感”です。ICT教育が推進されている中、スマホを使わないという選択肢はあり得ません。しかし、『活用』と『依存』は違います。学習用のSNSアカウントを使ったり、YouTubeの『Study With Me』で勉強している人の動画を見ながら自習したりとスマホと上手に接している子供たちもいますが、一度“触ったら終わり”という子には、スマホは親や先生に預け、時刻を知るためには時計を使う、音楽は専用のプレイヤーで聞くなどして、スマホを物理的に遠ざける方が向いていると思います」
使い方の正解は1つではない
本書では、受験生それぞれの“向き・不向き”に合わせた多様な対策が紹介されている。
「通知オフや(ゲームなど)アプリ削除、親や先生に預ける……いろんなレベルの方法があります。中にはスマホを解約した子もいます。大切なのは『これならできそう』と思える方法を選ぶことです。合わなかったら、別の方法を試せばいいのです。スマホ対策に“唯一の正解”はありません。ある子は母親に預けることでうまくいき、別の子は友達同士でロックを掛け合う方法が効果的でした」
やってみてしっくりくるもの”を選ぶことが一番大切であり、「そのための選択肢をたくさん用意したかった」と高橋氏は話す。
利用時間を“見える化”するだけで改善することも多いという。iOSの機能である「スクリーンタイム」を活用し、実際にスマホをいつどのぐらい使ったかを把握し、客観的に判断できるようにする。
「若い子のスマホ利用時間は、比較的利用時間が少ない層の平均で1日4時間ほどです。これを1年続けたと考えると丸2カ月の時間をスマホに捧げていることになります。このようにデータとして可視化した結果、『この時間、本当に使っていいのかな』と初めて気付く子も多いです」
スマホを解約した受験生もいれば、通知オフだけで集中力が戻ったケースもある。「レベルと本気度」に合わせた方法選びが重要だということだろう。
行動を変える最大の原動力は“仲間”の存在
現代のデジタルサービスは、ユーザーの可処分時間を奪う設計が驚くほど巧妙だ。TikTokの無限スクロール、YouTubeの自動再生、SNSの絶え間ない通知——これらはすべて“やめられない仕組み”として機能されている。
「大学生への調査でも『一日の中で最も無駄だと思う時間はショート動画』という結果が出ています。これらのサービスに対して受験生は、時間を奪われる前提で付き合う必要があります」
そんな受験生にとって、最大の誘惑であり最大の支えにもなるのが“友人関係”だ。
「今の子たちはLINEやSNSが連絡手段なので、完全に断つことは不可能です。ただ、受験生になってくると、周りが“勉強モード”になり始めることが多い。仲間が頑張っている姿を見ると“自分もやらなきゃ”という気持ちになるんですよね」
印象的なのは、高橋氏の息子さんの例だ。部活の仲間が英検に続々と合格したという情報を聞いたことで、本人のやる気にスイッチが入ったのだそうだ。
「親が“やりなさい”と言うより、仲間が頑張っているという“事実”の方が100倍効きます。だからこそ、親は“今の仲間がどんな状況か”という客観的な情報を集めて伝えることが大切なのです」
子供自身が決められる環境を作ることが最大の支援
最後に、受験生のいる保護者へのメッセージを聞いた。
「スマホは強制的に取り上げるのではなく、データや情報を示して子供自身が“どうしたいか”を決められる環境をつくることが重要です。本人が納得して決めたとき、行動は一番変わります」
スマホは大きな力にも、時間を奪う存在にもなり得る。その境界線を引くのは、結局のところ、それを使う人次第だ。受験期は単に学力を上げる時期ではなく、“自立の練習期間”でもある。スマホとの距離感を考えることは、すなわち“自分をどうコントロールするか”を学ぶことにつながっている。
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