料理家・馬場靖乃さんが考える、「ライフシフト未満」期間の過ごし方

文●山野井 春絵

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 子育て、更年期、親の介護など、次々と降りかかる課題と日々向き合うミドル世代の女性たち。「私もライフシフトしたい。これからの人生、やりたいことにきちんと取り組みたい」と望みながらも、実際にはなかなか動き出せない人が多いのが実情です。

 90代のお義母さんと同居している鎌倉の料理家・馬場靖乃さんも、同じ悩みを抱える一人。「私も、いわば“ライフシフト未満”。思うように動けない毎日の中でも、『私にしかできない何かがあるかもしれない』と考えるようにしたら、心がラクになりました」と語ります。

 今は、毎日の暮らしをこなすことに精いっぱい。

 何も成し遂げていない気がして、自分に焦りを感じてしまう……。

 そんな「ライフシフト未満」の時期も、明るく前向きに過ごせる考え方を、馬場さんと一緒に探っていきます。

「手作りすることで見えてくるもの」を大切に、たくさんの人と「おいしい・楽しい」を共有したい、と語る馬場さん。

馬場さんが提唱する「三世代ごはん」とは?

「蒸し煮」の方法を使って、食べやすくしたきんぴらを、土鍋で炊いたご飯に混ぜた「きんぴらご飯」。食べ飽きないおいしさ。

 鎌倉市で料理教室「New Table」を主宰する料理家の馬場靖乃さん。現在は、出張レッスンやワークショップなどを中心に活動し、WEBメディアで料理提案なども行っています。馬場さんが熱心に取り組んでいるのが、「三世代ごはん」のコンセプトに沿ったレシピ作り。

 「“三世代ごはん”は、高齢者、現役世代、子どもたちがみんなで食べられる食事。食べやすく、消化吸収しやすいように調理したものです。年齢が異なる家族は、それぞれ必要な栄養素の分量も異なりますが、全員で食べられるおかずなら安心。作る人の手間、負担も減ります」

 現在93歳のお義母さん、育ち盛りの子ども2人と同居する馬場さんが「三世代ごはん」を考えるようになったのは、13年ほど前のこと。

 「義母が80代を迎えたころ、食べづらいものが増え、家族の食事が難しくなってきました。高齢者、私たち夫婦、幼い子どもそれぞれの食事を用意するのが大変で。何を作っていいかわからず、いつも迷っていました。そこでなんとか工夫をして、同じ料理を食べられないものか、と考えたことが、三世代ごはんのはじまりです。今では、介護食の要素も取り入れています」

コロナ禍と介護で気づいた、「今できること」

友達の誕生日のために作った、イチジク&モンブランケーキ。馬場さんのケーキは、味はもちろん、デザイン性も魅力。

 地域では料理上手で知られていた馬場さん。特にケーキが評判で、「お店を出してほしい!」と言われるほどでした。

 「私が作ったお菓子を、友達が『おいしい』と言ってくれるのがうれしくて。子育てと家のことでいっぱいいっぱいで、ビジネスは考えられなかったのですが、リクエストに応えて少しずつレッスンをはじめるうちに、やはり『料理を仕事にしたい』と思うようになりました」

 そんなころ、世界をパンデミックが席巻。同居するお義母さんへの感染を防ぐために、馬場さんはほとんど外部と接触できなくなってしまいました。比較的元気だったお義母さんも、長いステイホームの影響から、要介護度が上昇……。

 「ほとんど、自助が不可能になってしまいました。コロナが明けて、少しずつみんなが動き出しても、やはり義母が心配で、以前のようにレッスンをしたり、友人たちと交流することも憚られて。本当に、何年も会えない友達もいました。仕方がないことだと理解していましたが、正直、すごく孤独でした」

 SNSを開けば、友達と集まったり、旅に出かけたり、思いきり仕事に打ち込んで輝いている人たちの姿が。「ライフシフト」の経験談も、眩しくて読むことができなかったといいます。

 「介護では、心を折られることもあります。隠れて、こっそり泣くこともたびたび(笑)。私の人生は、このまま家族に尽くして、誰にも感謝もされずに終わるのかなと……。それでも、義母が完食してくれたり、夫や子どもたちに『おいしいよ』と言われることで、また立ち直って。そうか、この時期、私がやるべきことはこれなんだ。誰かに認められなくてもいい、まずは『三世代ごはん』の研究を続けて、家族の健康を守ること。そのデータをとっていくことが、今の私にできること。そう考えるようになったんです」

 お義母さんの食の進み具合だけでなく、介護での汚物処理では、消化状況もチェック。誰もが進んで引き受けない作業も研究対象と捉え、自分の料理のヒントにするべく、馬場さんは前向きに取り組むようになったといいます。

お義母さんも大好物だというおひたし。やわらかく、かつ形を残して、食べごたえのある調理法を模索したそう。

自分らしいペースで、料理家としての道を歩みたい

秋刀魚のやわらか煮は、骨までほろほろ、身はふっくら。子どもたちからも大人気のメニューです。

 静かに力を蓄えるように、馬場さんは「三世代ごはん」のレシピを作り、記録し続けてきました。

 「旬の食材と季節に合った調理法、日々のごはんが『養生食』という考え方。昔から続いてきた和食の知恵は、本当にすごいなあ、と思い知らされます。大家族が多かった昔は、三世代が一緒に食事をすることが当たり前でした。自然と『三世代ごはん』になっていたものが、核家族化が進むことで変化したんだなと思います。昔ながらのレシピを紐解いていくと、やっぱり和食に立ち返ります。義母も料理上手だったので、料理ノートや古いレシピ本は大切に受け継いでいるんですよ」

 コロナ禍が落ち着き、ようやくお義母さんが介護サービスを利用するようになると、馬場さんは少しずつ出張レッスンをスタート。1年ほど前から、インスタグラムとnoteでの投稿をはじめ、レシピや日々の思いを綴りはじめました。フォロワーはまだ少ないなか、馬場さんのまっすぐな言葉が編集者の目にとまり、WEBメディアでレシピ提案をするように。

 「『義父母の介護』の著者である村井理子さんも、ジェーン・スーさんとの対談で、今後、日本の介護システムが崩壊すれば、ふたたび家族が介護を担うことになるかもしれない、と語っていましたが、本当にそう思うんです。誰もが、介護食を作らなければならないときが、ある日突然くるかもしれない。でも、『三世代ごはん』ならば、毎日無理なく世代の異なる人たちが一緒に食事できます。この考え方とレシピは、男女、年齢問わず、たくさんの人たちに伝えたい。これが、私の生涯の仕事だと思っています」

 まだまだ、道なかば。今は、ライフシフト未満。でも、この過渡期にこそ、きっと将来の芽があるのだと信じたい、と馬場さんは言いました。

 「自分らしいペースで、料理家として歩んでいきたい。でも、きっと成功するだろうという、いい予感はあるんです」

 仕事を変えて成功することだけが「ライフシフト」ではありません。環境の変化はゆるやかでも、心が晴れやかにシフトしていくならば、それはその人にとって、すでに「ライフシフト」なのではないでしょうか。

 誰もがその人らしいライフシフトを目指すこと。その基盤となるのは、毎日の健やかな暮らしであることを、馬場さんから教えられました。

食べる人のことを思う馬場さんの料理は、どれもほっとする味。忙しい毎日に疲れているすべての人におすすめしたい、体にやさしいレシピばかり。ぜひ、試してみてください。

 

Profile:馬場靖乃

ばば・やすの 料理家。鎌倉で料理教室New Tableを主宰。キャッチワードは「自ら手づくりすること」。アレルギーに対応するグルテンフリーのお菓子・パン・料理のレッスン、ワークショップを手がける。同居する90代の母と中高生のこども、そして大人たちも満足して食べられる「三世代ごはん」を提唱、日々研究中。


馬場さんのインスタグラムはこちら。
馬場さんのnoteはこちら。

馬場さんがレシピ提案するのHOUSTOおウチの収納.comはこちら。
 

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