高市政権として初めての経済対策がまとまった。
政府は2025年11月21日、一般会計の歳出で17.7兆円、総額21.3兆円の規模となる経済対策を閣議決定した。2020年のコロナ禍以降では、最大規模の経済対策だ。主要メディアの報道では、おもに物価高に苦しむ生活者への支援策に注目が集まった。
電気代・ガス代への支援は2026年1月〜3月の間、1世帯あたり7000円程度の負担軽減を図る。18歳までの子どもがいる世帯に対しては、1人あたり2万円の「子育て応援手当」を支給する。2026年春ごろには、1人あたり3000円相当のおこめ券を配布する。
経済対策は、生活者への支援だけでなく、テクノロジーや安全保障、防災といった分野に対する「投資」も含まれる。「総合経済対策」の文書をじっくり読むと、高市早苗首相とその内閣が今後、どのような政策を進めていきたいのかが、見えてくる。この連載のテーマであるテクノロジーに関わる政策では、どのようなメニューが盛り込まれているだろうか。
経済安全保障に位置づけられたAI政策
今回の経済対策は、先端テクノロジーへの補助、投資に関わる政策を、安全保障や危機管理に関連する分野に位置づけているという特徴がある。
「AIの開発・社会実装とそれを支える半導体・データセンターの支援」という項目があるが、この項目も経済安全保障に関わる政策としてリストアップされている。政府が、AIを「経済安全保障」に関わる分野と位置づけているのは、次のような背景からだろう。
現在、AIをめぐって米国と中国が激しい競争を展開している。中国との政治的緊張が高まる中で、中国のIT企業が提供するサービスに個人や企業の情報を預けるのはリスクが高い。また、米国の企業に依存しすぎるのもリスクがある。突然、よくわからない理由で特定のアカウントの利用が制限されたり、個人情報の取り扱いに関わる利用規約を改訂されたりといった心配はぬぐえない。
政府の意図としては、米国のIT大手が提供するサービスに依存する構造は、すぐには変えられないが、中長期的には、せめてデータセンターは日本に置き、データを日本国内にとどめておく枠組みがつくれないか、といったところではないか。
日本に限った話ではないが、データセンターの建設に関わる業界は、AI特需と言える状況にある。首都圏を中心に、日本各地で多くのデータセンターの建設が進んでいる。データセンターは、AIの開発や活用をハード面で支えるインフラだ。経済対策では、必要な電力インフラや通信インフラの整備を進めることで、データセンターの建設と活用を支援するというメニューが盛り込まれている。
今後、AIについては、米国、中国、欧州などで国産化が進む可能性があるという予測がある。経済安全保障やデータ主権の観点から、欧州域内の企業や個人は主に、欧州の企業が開発したAIを使い、中国を中心とした経済圏では中国産のAIを使うという未来像だ。近い将来、この予測が現実になるとすれば、日本でも日本語に強い国産のAIが必要だということになる。国産AIの開発について経済対策は「AI研究開発力の戦略的強化」と述べてはいるものの、具体的な政策には踏み込んでいない。
「量子技術の加速」も盛る
経済対策は、「量子コンピュータ、量子暗号通信、量子センシングの研究開発」も重点項目に挙げている。
量子コンピュータは、そろそろ社会への実装に近づいているフェーズにある。理化学研究所と富士通などが2023年3月、クラウド経由で量子コンピュータの計算能力を利用できるサービスの提供を始めている。2025年7月には、大阪大学が、主要なパーツやソフトウェアをすべて「国産」で開発した量子コンピュータの稼働が始まったと発表している。こうした流れを踏まえ、経済対策も「国内において国際競争力ある産業化を目指す」と、国産化を強調した書きぶりだ。
この分野は、日本発の明るいニュースがそれなりにあるが、やはり、米国と中国が激しい競争を繰り広げている。最終的には、投資の規模の勝負になる可能性がある。
量子コンピュータの開発が進むことで、既存の暗号技術が使いものにならなくなると心配されている。仮想通貨やステーブルコインの基盤となるブロックチェーンは、現在のコンピューターの計算能力では、「ほぼ改ざんが不可能」と言われているが、ブロックチェーンも量子コンピューターで破られる可能性があると指摘されている。この点について経済対策は、金融システムや政府のシステムについて、「耐量子計算機暗号への円滑な移行を図る」としている。量子技術に関わる暗号技術の部分が、経済対策が強調する「危機管理」や「経済安全保障」に関連するというのが政府の理屈だろう。
経済対策は具体的な支援メニューや支援策の規模には触れていないが、今後、どのような規模で、どのような支援策が具体化されるだろうか。
財政への懸念も増す

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