〜これからの人生を前向きに考えるヒント③〜
心理学者・山口創先生に聞く「幸せホルモン『オキシトシン』を分泌させる7つの行動」
「身体心理学」をご存じですか? 心と身体を切り離さずに、一体として捉え、身体の状態や感覚が、心の状態にどんな影響を与えるかを考える東洋的な発想の心理学の分野です。
特にミドル世代は、心身のバランスが揺らぎやすい時期。だからこそ、自分で自分を整えるための方法をいくつか知っておくことは、大きな支えになります。
身体心理学の考え方をベースに、日常生活の中で取り入れやすい5つのセルフケアとワーク、そして人との関係を少し楽にするためのコミュニケーションのポイントを心理学者山口創先生に教えていただきました。(シリーズ3/3)
不安やストレスへ、すぐに効く3つのセルフケア
不安や焦りを「気の持ちよう」でなんとかしようとするのは、ミドル世代にありがちな傾向かもしれません。しかし、心の状態を自力で変えるのは、実際にはとても難しいこと。だからこそ、心ではなく「身体」からアプローチすることが大切です。
その上で重要なのは「身体に意識を向けること」。身体の感覚に意識を向けることで、幸福感に関係するとされるホルモン「オキシトシン」の分泌がより増加します。
1)基本のセルフタッチ
まずご紹介したいのが、基本のセルフタッチです。1秒間に5センチ進む程度の、ゆっくりとしたスピードで自分の身体を撫でます。おすすめの部位は腕。上腕から手先に向かって、優しく撫でるだけでOKです。この動作を繰り返すことで、心も自律神経も整い、最もシンプルで、どこでも取り入れやすい方法です。
2)バタフライハグ
まず、手を胸の前でクロスさせ、クロスした状態のまま両手の指を鎖骨の下あたりに置きます。そこから、1秒に1回のペースで左右交互に「トントン」と優しく刺激を与えていきます。3分ほど続けると効果的です。
このバタフライハグには複数の効果があります。まず、自分で自分を抱きしめるような動きによって安心感が得られます。また、腕を交差させて左右交互に刺激を与えることで、右脳と左脳が同時に刺激され、バランスよくオキシトシンやセロトニンの分泌が行われます。
もともとバタフライハグは、トラウマケアにも用いられている手法です。イヤな出来事を思い出しながら行うことで、「不快な記憶」と「心地よさ」が結びつき、嫌なことを思い出しても身体がリラックスできるようになるのです。
3)生の音楽に触れる
少し視点を変えたセルフケアとして、好きなアーティストのライブに行くのもおすすめです。
皮膚という器官は、脳や腸と同じ細胞からできていて、非常に繊細な刺激を受け取る能力があります。私たちが普段耳で捉える「可聴範囲」の音以外にも、皮膚は振動として微細な高音・低音を感じ取ることができます。
同じ楽曲でも、イヤホンで聴く音とライブで聴く音は、体感としてまったく違います。ライブでは、耳だけでなく皮膚全体で“音の波”を受け取っており、これによってオキシトシンが分泌され、心が動かされるのです。ぜひ、好きなアーティストのライブに足を運ぶことも、セルフケアのひとつとして意識してみてくださいね。
「触れ合い」「姿勢」「口角」の小さな工夫で、心と体をととのえる毎日へ
家族や友人、親しい人との健全な触れ合いも、セルフケアとしておすすめです。ハイタッチのような軽いスキンシップでも良いですし、肩や背中にそっと手を当てて、労わる気持ちを伝えることも効果的です。触れる人も触れられた人も、自律神経が整い、オキシトシンが分泌されます。ペットを飼っている方は、優しく撫でることでも同様の効果が期待できます。ただし、相手が嫌がっているときに行うのは逆効果になりかねないため、注意が必要です。
また、「姿勢を正す」もセルフケアのひとつ。姿勢を保つために使われる筋肉は「抗重力筋」と呼ばれ、ストレスを和らげるホルモンであるセロトニンと関わっています。セロトニンが減少すると、気分が落ち込み、うつ状態になりやすいです。それに伴い抗重力筋の働きも弱まり、猫背になりがちです。
そのため、姿勢を意識して整えることが、脳への刺激につながり、セロトニンの分泌を促してストレスの軽減にもつながると考えられています。同様に、抗重力筋は「口角を上げる動き」にも関係しているため、気分が落ち込んだときやストレスを感じたときこそ、意識的に口角を上げてみてください。
小さな感謝で、心は整う。「感謝日記」のすすめ
忙しいミドル世代にとって、「感謝」に意識を向ける習慣は、心のバランスを保つうえで大きな助けになります。そこでおすすめしたいのが、一日を振り返って、感謝したいことを紙に3つ書き出す「感謝日記」。
毎日続けていると、自然と感謝できることを見つける癖がつき、オキシトシンが分泌されるようになります。また、「感謝する前に、自分が感謝されるような行動をとろう」という意識も生まれてくるでしょう。人のために行動する「利他的な行為」もオキシトシンの分泌を促し、幸福感が増し、ストレスの軽減にもつながります。
たとえば、「横断歩道で車が止まってくれた」といった小さな出来事でも構いません。まずはその時間をつくることから始めてみてください。
「たわいもない会話」でもオキシトシンは分泌される
ミドル世代は、親や子、職場など、複数の人間関係のあいだで立ち回ることが多く、コミュニケーションによるストレスや孤独感も生まれやすいものです。だからこそ、日々のささやかなやり取りの「質」を少し意識するだけでも、心のケアにつながります。
そこで大切なのが「たわいもない会話」です。参加している全員が、その場にしっかりと意識を向けていると感じられるような会話が理想です。できれば食事を一緒にとる時間の中で交わされると、より効果的です。
ただ同じ空間にいるだけでなく、全員スマホをしまってみてください。会話が続かず無言になっても、まったく問題ありません。沈黙の時間からでも、互いの気持ちを感じ取ることができますし、「みんなが同じ時間を共有している」という安心感が生まれます。「これ美味しいね」といった一言だけでも十分です。そんな会話や空間、時間を心地よく過ごしているときにも、オキシトシンは分泌されています。
とはいえ、忙しかったり、お子さんが思春期・反抗期だったり、更年期で体調がすぐれなかったりと、なかなか時間をつくりにくいご家庭もあるかもしれません。その場合でも、同じリビングにいる時間がほんの少しでもあるなら、相手に意識を向けて言葉を交わすだけでも十分です。「意識を向けて会話ができている」と感じられることが何より大切です。まずは、今の暮らしの中で無理のない範囲から、できることを少しずつ取り入れてみてください。
身体と心、どちらも整えることで“自分らしい幸せ”を見つける
3回にわたってお届けしてきた山口創先生のお話は、健康や幸福、これからの人生を見つめ直すきっかけを与えてくれました。
大切なのは、「こうあるべき」と自分を追い込むのではなく、自分にとっての心地よさをひとつずつ見つけていくこと。そして、少しずつでも行動に移してみること。その積み重ねが、これからの人生に穏やかな変化をもたらしてくれるのではないでしょうか。
完璧を求めなくて大丈夫。小さな行動でも、私たち人間は自分自身で心と身体を整える力を持っている、そう山口先生は語っています。
変化の多いミドル世代だからこそ、自分の声に耳を澄ませて、自分なりのペースで生きる選択を重ねていきたいものです。この連載が、その一歩を踏み出すきっかけになれば幸いです。
心理学者。桜美林大学リベラルアーツ学群教授。1967年静岡県生まれ。早稲田大学大学院人間科学研究科博士課程修了。専攻は健康心理学・身体心理学。主に「皮膚」や「タッチ(触れること)」について研究し、さらには幸せホルモン、オキシトシンの分泌メカニズムを科学的に検証している。子育て、看護・介護、セラピストなど様々な分野で研究や講演活動を行っている。著書に『手の治癒力』(草思社)、『子供の「脳」は肌にある』(光文社)などがある。
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